仇討ちの姉弟

文字数 1,476文字

 数日前の暑い日、昼過ぎの一番日差しの強い時刻のこと、遠州屋の丁稚が集金を終えて店に戻ったところ、後から声を掛けられたそうでやす
「すみません、どこか水を頂ける処はございませんか……? 姉が持病の(しゃく)を……」
 丁稚が振り向いて見ると、旅姿の前髪残した若侍が苦しむ娘さんを連れて困っているじゃありませんか? 丁稚は急いでお(たな)に入って、水の入った柄杓を持って若侍に渡したそうでございます。
「少し休まれてはどうですか? 主も『中で休まれては』と申して居りますけど?」
「忝い……」
「為りませぬ……。見ず知らずの人のお情けに頼るなど、武士の恥……」
 若侍が遠州屋の勧めを受けようとしたのですが、お姉さんの方が青ざめた顔をしてるにも関わらず、お断りに為られたそうでやす。
 丁稚がそいつを遠州屋に伝えると、遠州屋としても放って行く訳にゃ行きやせん。店から出てきて、無理にでもと、店の中で休むようにと勧めたそうでございやす。
「何言ってんですか! 武士の恥だか何だか知らないですけどね、ここは江戸、将軍様のお膝元なんだ。その江戸で行き倒れなんか出す訳に行かないんですよ。もし店先で行き倒れにでもなられたりしたら、あたしゃ恥ずかしくて世間様に顔向けが出来やしないじゃありませんか! 四の五の言ってないで、さっさと中にお入りください!」
 結局、娘さんは、若侍と遠州屋に引き摺られ、今あっしらがいる、お店の部屋を借り、横になって休むことにしたそうでやす。
 ま、遠州屋が特別親切って言う訳じゃねえが、娘さんと弟の若侍は随分恐縮していたそうでやすよ。
 で、単に横になっているのを見ていても仕方ないので、遠州屋は二人の身の上話を聞いたんだそうでやす。
「訳ありのご様子でございますね? こうなったのも何かの縁。差支えなかったら、ご事情をお聞かせ頂けませんか?」
 お二人はご姉弟だそうで、志乃様と弦之介様と仰るとのことでやした。
 志乃様の方は委細を語るのを嫌がっておいでだったのですが、弦之介様が「何ぞ小十郎の手掛かりが見つかるやも知れません」と仰るので、志乃様も折れて同意なされ、遠州屋にお二人の経緯をお話になられたそうでやす。
「私たちは、藩名は伏せさせて頂きますが、とある藩の家老家の者にございます。その父が殿のご命令で布施小十郎なる者に切腹を申し渡したところ、小十郎は殿のご命令に従わず、父を殺めた上に、領国から出奔致したのでございます……」
「つまり、上意討ちの旅と云う訳で?」
「いいえ、殿のご配慮により、私と弟にて仇討ちするようにと、仇討ち赦免状も頂いております」
「仇討ちねぇ……。で、手掛かりでもあるのでございますか?」
「とある御旗本の御屋敷に、それらしい浪人が隠れ住んで居るとの噂があるのです。確証は無いのですが、確かに布施小十郎は、江戸詰めの際、そのお方と懇意にされていたと、家中の者も申しておりました」
「そうでございますか……」
「これより、その御屋敷にお伺いしようかと……」
「会って頂けますかねぇ……」
「是非にとお願いし、其の者が布施小十郎であるかだけでも、私は確かめさせて頂く所存にございます」
 遠州屋は、その時思ったそうでやす。
「その人物がお相手でなければ、会わせてくれるかも知れないでしょうが、もしお相手本人であれば、会わせてくれる筈がありはしません。それどころか……」
 その後、起き上がれるようになった志乃様は、遠州屋が引き留めるも聞かず、弦之介と二人、「ありがとうございます。御恩は決して忘れは致しません」との一言を残し、夕暮れの町へと出て行ったとのことでやした。
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