序章 お隣さんと二度目の春
文字数 4,746文字
道端で朝の井戸端会議をしている奥様方……
そんな中、わたしはいつもと変わらぬ気持ちで歩いていた。
勿論、隣にはお馴染みのお隣さんがいる。
「灯、昨日雨が降ったからな…転ばない様気を付けて歩け。あ、こら、余所見をするな。転ぶぞ。」
「……」
「全くお前は…二年になっても変わらないな…いや、春で頭がぽやぽやして益々目が離せなく…なんだ?その目は??不満か??」
「…ぽやぽやって何か可愛い響きだなぁって……」
「俺は真面目に言ってるんだ…」
「わたしも真面目に歩いてるんだけどなぁ……」
いつもと変わらぬ様子に、わたしは朝からうんざりしていた。
そして…ちょっとぼんやり気を抜いていると……
やはり何かに躓いた……
「足元には気を付けろ…危なっかしい奴だな……」
「面目ない……」
「詫びは良いからちゃんと歩いてくれ。頼むから……」
はぁっと深いため息を朝から漏らし、お隣さんはわたしの腕をがっしりと掴み歩き出した。
この過保護……いや、心配性っぷりはやはり二年になっても変わらない。わたしも今更驚きも怒りもしない。
朝の春風に乗って桜の花びらがふわりと散っていく…
その度に彼のサラサラの黒髪を揺らし、更にイケメン度を増していくのが何だか納得いかない。
今も行き交う女性達が目を輝かせて彼を見ている。何だか納得いかない。
だって彼はこんな文句の付けようの無い外見でも……
中身は御覧の通り。先ほどのやり取りを聞いていれば分かるだろう。彼の過保護…いや、心配性っぷりに。そしてさっきから小言をグチグチ言っている様には見えぬこの無表情…まるで感情が分からない。
涼やかで凛とした蒼は、表情が非常に乏しいクールな少年なのだ。かと言って別に冷酷な性格と言う訳でも無い。意外と面倒見の良い世話焼きだ。几帳面で頭も堅いけど。
「…桜餅食べたいなぁ……」
「作るか?」
「作れるの!?」
「東雲先生から教わったんだ。春休みからバイトしてるの知ってるだろ?そのついでにな。」
「いいなぁ~!!あの東雲先生の元でバイトなんてさぁ…やっぱわたしもしよっかなぁ…」
「駄目だ。俺が仕事にならない。」
東雲先生とは、人気の若手実力派作家先生の事だ。変わった恰好をしているが、爽やかイケメン好青年でしかもとても紳士的で優しいという…それはそれは素敵過ぎるお方である。
何故蒼がそんな凄い人の元でバイトをしているのか??それは彼の母、紫さんが東雲先生の担当編集さんだからだ。昔から顔馴染みなんだとか。羨ましい限りだ。
その素敵過ぎる先生に蒼の真面目さを買われたのか…先生が経営する古書店での手伝いを頼まれたんだとか。それがいつの間にかバイトと言う形で雇われているのだから凄い。
勿論『わたしもしたい!!』と言ったが蒼に断固として反対され阻止されたので諦めた。
何せわたし、
そんな冴えないわたしとパーフェクトに近い(中身はちょっと残念だけど)お隣さん蒼は、ほぼ一緒に時を過ごしている。
そして今は……昔とは少し違うのだ。
このお隣さんはわたしの彼氏でもあるのだ。
きゃっ!言っちゃった!!
と……まぁ…未だに口に出すと照れるけど……
「わぁ~!!あれうちの制服だよね??新入生かなぁ~!!」
「…多分な。そうか…お前も先輩になるのか……」
「心底心配そうな顔してしみじみと呟かないで…」
「…大丈夫か?お前…後輩になめられる…いや、同類と見なされたり……いや、なんでも無い…。まぁ、頑張れ。」
「…蒼ってたまにさらりとわたしの心を刺すよね……」
「…すまん……」
「別にいいけど……」
まだ真新しい制服に身を包んだ女子学生達の眩しい姿を見ながら、今度はわたしも蒼と揃って深いため息を吐いたのであった。
ああ、今日から二年かぁ……
どうせ蒼と同じクラスなんだろうけど……
何せ生まれてこの方蒼と違うクラスになった事が無い。これも運命の赤い糸って言うのか…それとももっと違う執念深い太い糸で繋がってるのか……
いや、でも今回は意表を突いて神様がわたし達を離れ離れになんて事も!!
ああ!!それも嫌!!
わたしは人見知りなのだ。初対面の人達の中に投げ込まれたら間違いなく固まる。
「あ!!やっと来た!!」
校門を抜け、昇降口前の掲示板へと向かうとそこには既に生徒達の群れが出来ていた。
その中からぴょこんと現れた一際輝くのツインテールの美少女……
あ~…奈々ちゃん相変わらず美少女だなぁ……
「あかり~ん!蒼~!!俺ら皆同じクラスだぜ!!」
「あ!なんであんたが先に言うのよ!!馬鹿日向!!」
「うごっ!?す、すいません姐さん……」
奈々ちゃんはアニメヒロインの様な愛らしい美少女だが中身は逞しく男前なのだ。
奈々ちゃんは背後からぬっと現れ、飛び切り明るい笑顔を浮かべた長身の金髪少年の鳩尾に、迷う事無く肘鉄を食らわせていた。
「新学期早々の初肘鉄…あざ~す!!」
ポ、ポジティブだな…この人も……
鳩尾を押さえながらも、笑顔で嬉しそうに頭を下げる金髪少年。見た目はどう見てもヤンキーでチャライが、良く見れば彼も中々愛嬌のある顔立ちをしている。
彼、
ああ、今日も嬉しそうに尻尾振って奈々ちゃんにめげずにアタックしてるのが微笑ましくもあり、痛々しい……
奈々ちゃん!いい加減日向君の気持ちに気づいてあげて!!
そう……日向君は、逞しき美少女奈々ちゃんにぞっこんらしいのだ。見て分かる通りめっちゃ懐いている。
「お前ら相変わらず元気だなぁ~!」
「楽しそうで何よりじゃない。」
新学期早々、生徒達が集まる掲示板の前でいつもの様に騒いでいると(奈々ちゃんと日向君が)、またまたひょっこり現れた見慣れた二人の姿。
黒髪短髪の爽やかスポーツ少年風のイケメンと、ふんわりボブの赤茶色の髪をした可愛らしい少女。
揃って暖かな眼差しを向けて…この二人も相変わらず仲が良さそうで何よりだ。
「まさか皆一緒のクラスになるなんてな!ま、よろしく頼むわ。」
水城君はにっと笑い『頼りにしてるぜ!蒼!』と、やたら馴れ馴れしく蒼の背中を叩いた。
日向君と水城君、そして蒼は同じ陸上部員だ。ついでに美波ちゃんも陸上部。わたしと奈々ちゃんはミステリー研究部という怪しげな部に所属している。
と言うか…水城君、いつの間に蒼を呼び捨てで…??
「本当、みんな一緒で良かったぁ!私結構ドキドキしてて…」
「何?三島も緊張して眠れなかったのか?」
「そうなの!…ってまさか水城君も!?嘘でしょ??」
「俺は繊細なんだよ。」
「嘘でしょ!?」
うふふ…本当仲が良さそうで……。
そんなやり取りをし始めた二人を見ていると、何だか心がほわわわんとする。
でも水城君がまさかそんなデリケートボーイだったとは。
水城君は普段大らかで細かい事は気にしない大雑把君なのだ。やることも日向君ほどでは無いけど豪快だし、結構ずぼらで蒼が手を焼いている。けど人の感情の微妙な変化とか場の空気はちゃんと読める人だと思う。それが日向君との違いだ。
それにいざって時も何かどんと構えてるから頼りになるし…同い年だけどお兄さんみたいな人だ。
「灯ちゃん、大丈夫?さっそく転んだりしてない??」
「…したけど蒼が阻止してくれた……」
「…したのね……。うん、でも雛森君がいれば…そうよね、良かった。」
え??なんで美波ちゃんまでわたしの事新学期早々から心配してくれているの??気持ちは嬉しいけど!!
美波ちゃんはしっかり者お姉さんタイプ。普段はほんわかして優しい癒し系なんだけど、繊細で良く気が付くし。でも言う時はきっちりはっきり言う。
昔委員長をしていたからその時の世話焼き癖が再発してしまったんだろうか??わたしの日々繰り広げるおっちょこちょいな行動を見て。
心配性は蒼だけで十分なんだけどなぁ……。美波ちゃんも可愛いし癒されるから良いけど。
「さてと…皆揃ったところで行こうぜ!!新しいクラス!!」
「張り切んなよ馬鹿日向…暑苦しいわね…」
「俺も結構舞い上がってるぞ?」
「水城君も…日向君に釣られてはしゃがないでね。」
馴染みのメンバーが思い思い、他愛の無い会話を交わしながらもどこか浮足立ったこの感じ……
これからまたわたしの新しい生活が始まるんだ。そして今年から二年…先輩か。実感が湧かないなぁ。
昇降口へと入って行く皆の背中を見つめながら、わたしはふと立ち止まりそんな事をしみじみと考えたのだった。
また一年…今度はどんなことが待っているのか……
心ときめく様な事とか結構あったりして??
ふふふ……まさかね……
「灯、また何ぼーっとしてるんだ?行くぞ?」
「あ、うん!」
「またロクでもない妄想してたんだろ?」
「ち、違うよ!!」
「…してたんだな……」
ヒンヤリした蒼の視線の痛い事……
い、良いじゃない!!妄想くらいしたって!!
「ほら…行くぞ。」
「うわっ!?」
急にぐっと手を握られ、そのまま引っ張られる……
っていきなり手繋ぎとか!!いや、これはただ単に引っ張られてるのか??
手を握ったまま真っすぐ前を見てズンズン歩いて行く蒼は、変わらず涼し気で無表情で良く分からないけど…
なんだろう…このほんわかした感じ……
「何だ?にやにやして……」
「え!?嘘にやにやしてた?」
「してる……」
「あはは…やっぱわたし顔に出るんだなぁ……」
恥ずかしい…無意識ににやけてたなんて!!
でも…春の陽気のせいか、新学期の浮足立った気持ちのせいか…
わたしの心もドキドキして少しだけ浮かれているみたいだ。
「蒼、また一年間よろしくね。」
「…何だ急に?」
「なんとなく?」
「なんだそれ…」
今度は分かる。自分がまだ笑っている事が。
そしてそんなわたしを見て、蒼は呆れているみたいだ。
「…相変わらずそっけないなぁ……ま、良いけど。」
「お前は俺に何を期待してたんだ??」
「特に何も期待はしてないけどさぁ…こう、胸キュンする要素とか??ま、蒼には無理か!あはは!!」
まぁ…元から期待なんてしてないし。
何せお堅い蒼君だしね……
今度こそ完全に呆れたのだろう。握っていた手を離すと、蒼は再びスタスタと歩きだした。
そしてわたしも…なんとか追いつき隣に並んで笑って見せる。足が長いから追いつくのも大変だ。
その瞬間、蒼が手を伸ばし…わたしの頭にふわっと手を置いた。
「…何これ??」
「…胸キュン要素とやらを提供しようかと……」
「…いつもと変わらないんじゃ……」
「…これが俺の精一杯だ。」
「…はぁ…、まぁ……良く出来ました?」
「頑張りましょうって事だな。その顔は。」
「…い、いや!蒼は頑張らなくて良いよ!!何かすっごくロクでもない事考えて頑張り過ぎちゃうから!!」
「…わかった頑張る。」
「いや!だからいいって!!」
再びスタスタ歩き出した蒼の背中に向かって、わたしは心の底からの言葉を投げつけた。
わたしのお隣さんは二年になっても通常通り。無表情で、生真面目過ぎる心配性。
それが良くもあり、悪くもあり……
けど愛おしくもあり……
さてさて??二年の始まり。
進展はあるのか??どんな日常になるのやら??