第3話 お隣さんと梅雨の合間
文字数 3,850文字
朝からザーザー降りの雨、どんよりとした空……
そして、湿気で思う様にまとまらない髪!!
わたしは、朝からそんな頑固な湿気と闘っていた。
「うう……まとまらない……」
わたしの髪は細くて柔らかい上に、普段はストレートに見えるが湿気には弱く毛先がうねり全体的に広がるらしい。
従姉の蕾ちゃんは羨ましいくらいの真っすぐなストレートなのに……雨の日でも綺麗にぴんと毛先まで綺麗だ。それがどんなに羨ましいか!!
「…そう言えば奈々ちゃんもそうだったなぁ……いいなぁ……」
鏡の前で必死に広がる髪を押さえつけ呟くと尚更惨めだ。このわたしの髪質が憎い!!毎年のことながら!!
コンコン……
「灯、起きて……ないな?」
「起きてるよ!!でも入って来ないで!!今は絶対に!!」
いつもの様に蒼の声がノック音と共に聞こて来たので、慌ててドアを抑えた。
こんな頭……いくら幼馴染で日々手を焼かせているとは言え見せられない!!乙女としてのプライドがあるんだ!わたしにだって!!
「…何をまた訳の分からない事を……いいから入るぞ?」
「ダメダメダーメ!!」
「おい…お前抑えてるだろ?どけ、開けなさい。」
「絶対ダメー!!」
「…今更何を隠す必要があるんだ?大抵のことじゃ俺は驚かない…自信がある。」
「そんな事に自信持たないで!!」
ガタガタガタッ!!
ガチャッ!!
し、しまった……!?
蒼も変な意地を発揮したのか……ドアはわたしの全体重を掛け抑えつけたのも虚しく開かれてしまったのだった。
ああ……小柄で貧弱な自分が憎い!!
蕾ちゃんに弟子入りでもしようかなぁ……
「…悪い、大丈夫か?」
「大丈夫じゃない……」
ドアが開いた振動で、わたしは尻餅をついてしまった……
が!!そんな事はどうでもいい。蒼が珍しく気遣わし気な表情を浮かべ、手を差し伸べても今はきゅんとなんてしない。
「…なんだ?足でも挫いたのか?見せてみろ…」
「…違うもん。無傷だもん。」
「そんな強がっても……なんだ?その目は??」
蒼はイケメンで文武両道で…基本無表情で冷静沈着で…そんでもって意外と世話焼きで凄く几帳面で真面目で……
でも…時折見せる優しさが好きで……今も……ってそんな事はどうでもいい!!
「蒼のスカポンタン!!」
「は?ス……お前またそれを言うのか?」
「デリカシーってもんが無いのよ!蒼には!!乙女心とか知らなさ過ぎる!!」
「…いきなり何を怒ってるんだ?」
「もういい!!学校行く!!」
きょとんと見下ろす蒼をキッと睨むと、わたしは立ち上がり足音鼻息荒く部屋を出た。
髪の事などすっかり忘れて怒りにまかせ……
その後階段から落ちそうになり蒼に助けられたけど。
蒼の馬鹿!!鋭いくせになんでこういう所は鈍いかな!!馬鹿馬鹿馬鹿ぁ~~~~!!
「……で、あんたはその広がりまくった髪の事を忘れて怒りを振りまき登校したってわけね……」
「だって!!蒼が……!!開けるなって言ったのに……」
わたしは何とか登校し、今朝の出来事を早速奈々ちゃんと美波ちゃんに報告した。
広がりまくったって……奈々ちゃん酷い。わたしが気にしているの知ってるくせに!!
「…確かに雨の日は嫌だよね。私もわりと髪柔らかくて癖付きやすいから…灯ちゃんと同じでよく湿気で広がる。」
「美波ちゃん……!!だよねだよね!本当、嫌なんだよ!!こんな髪…見られたくないのに……!」
「好きな男の子ならなおさらだよね。でも…雛森君は気にしないと思うけど……」
「わたしが嫌なの!!」
美波ちゃんだってこんな広がった髪…水城君に見られたくないはずだ。
まぁ……彼こそ気にし無さそうだけど……
「あ、灯ちゃん!」
「花咲さん!?」
そんな悩ましい乙女トークをしていた時だった。教室のドアからひょっこり一人の美少女…可愛い可愛い花咲さんがわたしを見て笑顔で手を振ったのは。
花咲さんとも結構仲良くなったんだよね。わたし。それにあの七瀬さんとも……。あの子、初めは怖かったけど話すと意外と普通だし、なんか通ずるところもあって。
あ……後ろに七瀬さんもいた……相変わらず不気味なオーラを放ってるけど……。
「昨日お菓子作り過ぎちゃって…良かった、奈々絵ちゃんと美波ちゃんも一緒ならちょうどいいや。」
「…クッキー?でもすっごく可愛い!!カラフルだし…」
「アイシングクッキーだよ。最近はまってて夢中になったらつい……」
「しかも美味しい……!!花咲さんて本当何でも出来るよねぇ~!!羨ましい……」
しかもやっぱり可愛いしいい子だし……
素敵女子はこんな風にちゃちゃっとお菓子なんか作って来ちゃうんだもん。美波ちゃんもたまにお菓子作って来てくれるけど殆ど水城君に食べられちゃうし。
カラフルで可愛いアイシングクッキーは、わたしだけならず美波ちゃんは勿論、奈々ちゃんまでもが目を輝かせていた。
いいなぁ…わたしがお菓子作りするとちょっとした事件…事故が起きるからなぁ……やる前に蒼に止められるし。と言うかわたしが作るくらいならって代わりに作ってくれるし。
「…そう言えば…蒼も最近お菓子作りレベルが上がってるんだよね……」
「え!?雛森君お菓子作るの!?」
「持って来て!!是非食べたい!!」
うわぁ……二人とも食い付くなぁ……
花咲さんと七瀬さんが一気にわたしの方へ迫って来てなんだか怖くなった。
そう…蒼は物覚えが良い……最近は東雲先生のお店でバイトをしてはついでにお菓子作りも学んでくるんだとか……本当あの人も何者なんだろう。
おかげでいつもわたしはその美味しい手作りお菓子を食べて、それはそれは甘く幸せな日々を送っていた。
普通は彼女が彼氏に手作りするものだけど……蒼の場合多分わたしより女子力が高いから……オトメンと言うんだろうか?
「…灯、朝から菓子をそんなに食べるな。虫歯になるぞ。」
「…出たお母さん……」
と、これは奈々ちゃん。
「…ならないもん。」
「…お前、一昨日虫歯治したばかりだろ。あと、甘い物は食べ過ぎるなとも言われてたよな?」
「…聞いてたの!?」
「一緒に行ったんだ。聞こえても仕方がない。」
「そ、それは蒼が『俺も行く』って頑なだったから!!」
「そうじゃなきゃお前途中で絶対逃げるだろ……昔から歯医者嫌いだったからな……」
「いつの話してんの!?もう大丈夫だよ!さすがに!!」
「…涙目だったのを俺は見逃さなかったぞ……」
「やめて!!」
もう…本当デリカシーってもんがないんだから!!これで悪気が無い天然だからたちが悪い……責めるに責められない。
「ま、まぁまぁ!!女の子は甘い物が好きだから仕方ないわよ雛森君。あ、本当このクッキー美味しい~……」
「三島は灯に甘すぎる……」
「それ、雛森君が言っちゃうのね……」
「俺は厳しいぞ……」
「…そう言う事にしといてあげるわ。はぁ……」
美波ちゃん、本当強くなったなぁ……
駒井さんに虐められていた時とは大違い、堂々としてしっかり者のお姉さんっぷりが更に最近上がっている気がする。
「あれぇ?何してんのぉ~?杏奈もまぜて~!!」
それに駒井さんも……
「わぁ~!!可愛い~!!これって美波ちゃんが作ったのぉ?」
目をキラキラさせ手を組みはしゃぐ姿のなんとも可愛らしいこと……
そして横でそれを見る奈々ちゃんの表情の冷たい事……
「…こいつ呪う?」
「七瀬さん落ち着いて……」
さすが七瀬さん…駒井さんの黒さにもう気づいたのか……ぼそりと恐ろしい事を……
「…こっちもこっちで黒いわね……」
「…な、七瀬さんは良い子だよ!?確かにこんな黒い服着てるから誤解されるけど……」
「花咲さんは良い子ね…本当に……」
うん…本当に……
あの奈々ちゃんが引くくらいの七瀬さんを常にフォローしているのがまた……
「…あ~!!あんた、なんで普通に一緒にいんのよ!ストーカー女!!」
「…ひっ!?」
あ…駒井さん…黒いバージョンだ……
七瀬さんにようやく気付いたのか、彼女を見るなり駒井さんの可愛い表情が一変…鬼と化した……
「…お~、黒駒井久しぶりに見たわぁ……」
「黙れ水城!」
「…俺、お前のそのキャラ好きなんだよなぁ…結構…面白いし。」
「お、面白いって何よ!!水城君ひどぉ~い!!」
「…で、いきなりぶりっ子になるのな。」
あ……水城君いつの間に……
花咲さんクッキーを頬張りながら、駒井さんの華奢な肩を叩き笑うのが彼らしい。
「俺はぶりっ子の杏ちゃんの方が好きだぜ!可愛い!!」
「もぉ~!日向君ったらぁ~!!杏奈照れちゃうじゃん!!」
「か~わ~い~い~!!」
そして日向君は……うん、日向君だね。
でも後で奈々ちゃんに怒られるよ?
「…灯。」
「何?」
いつの間にか集まって来たこの成り行きメンバー…皆が騒いでいると、蒼が急に真面目な顔をしてわたしをじっと見つめた。
な、何いきなり?まさか今朝の事を気にして……?
で、でもこんな急にみんないる前で何を??
「…髪、広がってる……ちょっとこっち来い。」
「……」
「…たく……雨の日は髪を結んだ方が良いと言っただろ。三つ編みくらい出来る…よな?」
「……出来るよそれくらい……」
もういいや……
何も言うまい。今日のところは。
蒼は手先の器用さを活かし、わたしの広がった髪を綺麗に結ってくれた。可愛い編み込みにして。
あれ……??蒼ってわたしの彼氏であってお母さんじゃないよね??
そんなこんなで…わたしの学校生活は変わり映え無く、しかし確実に賑やかになって行くのであった。