第3話 楽太の涙

文字数 2,896文字

 家が近くて旧知の間柄ということで、おれはカスミの死を同級生の中で一番に知ることができた。
 けど、誰にも伝えなかった。
 これは、お気楽を演じているおれに扱える案件じゃない。
 ただ、一人で後悔する。
 メッセージを見て、どうしてすぐに返信しなかったのだと。
 もしこんなのが最後に送ったメッセージだったら、カスミが可哀そうだった。
 そしてなんの嫌がらせか、後日本当にそうであったことをカスミの母親から聞かされた。


 カスミの事故死から一週間が経ち、学校は早くも日常に戻っていた。
 ただ、演劇部はそうもいかない。
 とてもじゃないが、カケルは舞台にあげられなかった。最後まで一緒にいたこともあり、色々と悔やんでいた。
 実際、おれにも謝ってきた。
 悲劇の主人公でも気取っているのかと揶揄したくもなったが、誰も笑えない悪口は趣味じゃなかったので、止めておいた。

 それに悪いのはおれだ。
 いつもみたいに一緒に帰っていれば、防げたかもしれない。おれが変な気を回さなければ、カスミは死ななかったかもしれない。
『傘、ありがとね』
 その結果がこれじゃ、最後の言葉はぜんぜん響きはしなかった。
 おれは感謝されるようなことをしていない。
 そうだ。おれが分際を弁えなかったから、こんなことになってしまったのだ。

 だけど、現実のおれは醜い端役でしかない。
 だから、おれを責める者もいなかった。
 それに悲劇の主人公に浸る真似なんて、おれにはできやしない。
 そんなことをしても似合わないし、おれがカスミのことを好きだったなんて知られたくなかった。

 思い返せば、おれは昔から宝物を大事にしまっておくタイプであった。
 誰にも見せないで、自分一人で楽しんでいた。

 でもそれは、

鹿


 
 容姿に対する嘲りは慣れている。
 挙動を笑われるのもいい。

 でも、



 その為に、楽観主義者の仮面を被ったのだ。
 毎日を偽り、演じる術を身に付けたんだ。

 本当に大切なモノを守る為に、汚されないように――
 
 おれは道化(ピエロ)を演じ続ける。
 何事もなかったかのように――いや、いつも以上にはしゃいで、笑って、ふざけまくる。
 それでキレられることもあったが、おれは止めなかった。
 演じていなければ、おれはここにはいられない。
 
 それにカスミは言っていた。
 ――おれは本物になれるかもしれないと。
 だから、演じずにはいられなかった。


 時間が経つにつれ、カケル以外の部員たちは立ち直っていった。
 そのタイミングで、おれは配役の変更を訴えた。
「私は別に構わないけど?」
 暗にヒロインはどうするの? と、リコは訊いていた。周囲を見渡すも、誰一人として目を合わそうとしない。
 そりゃ、そうだ。
 おれがロミオなのだから、誰もジュリエットになりたがるはずがない。

「リコがやってくれないか?」
「私は一年の頃、端役で舞台に立ったのが最後なんだけど?」

「構うもんか。おれが主役をやるんだ」
 自意識過剰の発言を聞かされても、リコは怒らなかった。

「そっ。じゃぁ、私でもいいか」
 むしろ、それを言い訳にするようにヒロインの座を引き受けた。

 他の部員たちも文句を言わなかった。
 皆、カスミが言っていたことを憶えていたのかもしれない。
 おれを二枚目役に推薦していたことを――つまり、これはカスミの遺言でもあった。


 そうして、舞台の上でおれは愛を囁く。
 そのすべてが偽りでありながらも、本物だと錯覚させる演技をする。
 もっとも、序盤はただ笑われていた。
 おまえみたいな醜男(ブサイク)がロミオかよ、と。

 けど、終盤は違った。
 時にジュリエットまで笑わせ、シリアスな場面すらギャグへと陥れる場面もあったが、観客を引き込んでいた。

 ――恋は人の容姿にするものなのか、それとも内面にするものなのか。

 それは恋する誰もが、一度は通る道。
 今回の演目――いや、おれの演技はその問題を改めて提示したようだった。


「リコ、以前言ったことだけど撤回する」
 舞台を終えるなり、おれは投げかける。

「なに?」
「高校生活、誰かを笑わせるだけで良かったのかって質問の答えだ」
「本望ってやつ?」

 さっきまで、真剣に恋をしていた乙女の姿は微塵も残っていない。リコは面倒くさそうに、おれの相手をしている様子。

「あぁ、違った。本望じゃなくて、

だった」
「……え? 撤回なのにパクり?」
「そういうこと」

 

――いや、


 つまり、演じ続ける覚悟を決めた。

「どうでもいいけど……一応、お礼は言っておく」
「なんで?」
「舞台の上に立てたから。それもヒロインとして。たぶん、もう二度とないと思うからさ。ありがとう」
「どういたしまして」

 何か気の利いた台詞でも吐いてやろうかと思ったが、素直に返しておいた。
 きっともう、リコと話すことはないと思ったから。
 おれたちはこれで引退。演劇部がなければ、おれとリコが顔を会わせる場はなかった。
 それは他の部員たちも同じ。
 だから、どれだけ陰口を叩かれても平気だった。

「楽太の奴、酷くない?」「カスミとは幼馴染だったんでしょ?」
「なのにあんなに笑ってるなんて、信じらんない」「もう病気だよ、あれ」 

 今日まで、おれはどこまでも明るくてカケルは暗かった。
 なので、部員たちの反応は当然であろう。
 なにしろ、おれの演技力は半端ない。化粧(フルメイク)の上に仮面を被っているようなモノなので、誤解されるのも致し方なかった。

 出し物が終わった後、おれは扮装を解いていたにもかかわらず、沢山の人たちが声をかけてくる。
「あ! ロミオだ、ロミオ!」
 そう呼びながらも、まるでピエロ扱い。
 とても、恋愛悲劇の主役にかける音色とは思えなかった。

 でも、それでいい。
 日常のおれは三枚目の道化役。
 二枚目の仮面は舞台の上だけで充分だった。


 文化祭が終わり、演劇部でもささやかな打ち上げが行われた。
 ここでもおれは演じ続け、嫌っている相手すら見事に笑わせてやった。
 そうして、帰り道。
 おれは一人でカスミが事故に遭った場所へと赴く。
 もう一ヶ月が過ぎたから、供物はほとんど見当たらなかった。

「カスミ、おまえの言っていた通りだったぞ」
 
 おれはアスファルトに座り込んで、今日の成果を報告する。

「今までにないほどの大爆笑だ。それだけじゃなくて、なんか届いた気がするんだ。ただの台詞じゃなく、その役の魂が。おまえのおかげで、おれは……」

 萎れた花の上に新しい花を添えて、おれは空を見上げる。

「――カスミ、今夜は月が奇麗だぞ」

 もし、誰かがこの光景を見たらなんと思うだろうか? 
 仮面も化粧も落としたおれの素顔は直視に耐えがたいほど、酷いに違いない。

 ピエロの涙ならぬ、ブサイクの涙。

 このご時世だと、写真を撮られてネットに拡散されかねないが構わなかった。
 それで誰かが笑ってくれるのなら、おれは満足だった。
 目を閉じると、拍手の音が聞こえてくる。
 そして、カスミのしたり顔と偉そうな声。 

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