再会

文字数 1,672文字

 衛と博美が離婚して10年あまり、明日美が中学に行くようになると、小学生までのように父親に会うのをあまり喜ばなくなった。毎月だった”デート”がほぼ隔月くらいになって、博美はその度に衛に電話で詫びを入れるようになった。
 とは言っても、博美は事務的に明日美が行かないことを伝えるだけだったし、衛も
「わかった、いつまでも親父が良い方がおかしいからな」
と言って電話を切るだけだ。
 それでもまだ、中学時代は文句を言いながら明日美は父親と会っていたのだが、高校には行った後すぐ、彼女はそれを全面拒否するようになった。
「じゃぁさ、お母さんも今のお父さんに会ってごらんよ、あたしの拒否る気持ち絶対に分かるからさ」
せっかくの衛の楽しみを取り上げるようになると、つい声を荒げた博美に明日美はそう言い返した。
 今の衛がどう変わったというのだろう。子供の反抗期だというのを抜きにしても、それは少し引っかかる発言だった。
 博美はそれこそ離婚後初めて、衛と会うことにした。実家付近でちらっと見かけたことはある。それも明日美が小学校4年の頃だ。
 待ち合わせはターミナル駅。最近では明日美はそのまま名古屋にまで足を延ばして、ちゃっかりとバッグや服などを買わせていたらしい。
 辺りを見回してみる。衛はまだ来ていないようだ。どうせ会うというのに、それが少しでものばされるとホッとする。
 しかし、次の瞬間明日美は大きな声を上げて
「あ、お父さん、こっちこっち!!」
と声をかけた。
 その声に反応して、やってきたのはー

 博美の見知らぬ人だった。

-*-*--*-

「お、今日は珍しいな、母さんまで一緒か」
そう言って近づいてきた男は、よく見ると衛に似ているといえばそんな気もする。だが、年を重ねた事以上に違っているのは、博美が記憶している彼よりも横幅が2倍近くもあることだった。
「そうだよ、お母さんからも少し言ってよ。もう、一緒に歩けないよ」
「父さん、そんな妙なカッコウしてるか?」
「そうじゃなくて、そのお腹! 何とかしてよ!!」
「何とかしてよって言われてもなぁ、こればっかりは今すぐどうとかできるもんじゃないぞ」
そんな親子のやりとりを目を瞑って聞いていると、幾分くぐもってはいるものの、やはり衛の声に間違いない。どうしてこんなことになってしまったのだろうか。そんなことを考えながら目を閉じたまま怪訝な顔をしていた博美に、「どうした、博美。気分でも悪いか?」
と、衛と思しき人物の心配げな声が聞こえる。
「ううん、別に」
「そうか、それなら良いけど。で、どこに行く?」
「うーん、やっぱ名駅。こっちよりアクセとかやっぱかわいいんだもん」
「博美は、それで良いのか?」
「お母さんはあたしの付き添いだよ。いいじゃん、あたしの行きたいところで」
「でも、折角久しぶりに会ったんだから、母さんの意見も聞いてだな」
「衛、良い訳ないじゃない!」
他愛のない親子の会話をしていた衛と明日美は、何の脈略もなくいきなり声を荒げた博美に、一旦互いの顔を見合わせ、それからきょとんとした面持ちで自身の元妻や母を見る。
「ねぇ、あの人は一体どうしてるの!」
「あの人って誰だ?」
「あの人はあの人よ!!」
博美の言うあの人とはもちろん冴子のことだ。しかし、衛はそれを意に介さないばかりか、
「おまえ本当に大丈夫か、震えてるぞ」
という始末だ。これが怒りに震えずにいられるだろうか。
「体調が悪いんだったら、もう今日は帰るか」
「えーっ、帰っちゃうの? アクセ買ってほしかったんだけどな」
博美の体調を心配する衛に、明日美は口をとがらせてそう返した。一緒に歩きたくないと言う割にはちゃっかりとおねだりしているところが今時の高校生というところだろうか。すると博美は何やら決心したように、
「帰る、ううん行くわ」
と言って頷いた。
「帰る? 行く? どっちなんだ、それ」
「だから、今から衛の家に行く」
博美の発言に首を傾げた衛に、彼女は思い詰めたようにそう答えた。
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