足が速くなるよ!スマホ口裂け女
文字数 3,146文字
「タケルって、ほんと走るの速いよなー」
マラソン大会の帰り道、さとるがうらやましそうに言った。
「去年も一位だったし。今年はぶっちぎりだったな」
「まーな」
タケルは走るのが大好きだ。そして、得意でもある。
陸上大会では表彰台に上ったことは何回もあるし、今年は全国陸上大会も控えている。
「おれさー、中学生になったら陸上部に入るんだ」
「タケルっぽい。いいなぁ。おれは何にしよっかな」
今年で小学6年生。来年の春には中学生になる。地元の中学校の陸上部はかなり強いらしく、タケルは入部するのが今から楽しみだった。
「オース!何の話?」
「結城、お前おそっ!何してたんだよ」
「おれ今日腹の調子悪くてさ~、そこの保育所のトイレ借りてたんだよ」
「ダッセー。小6で保育所のトイレつかうとか」
「うるせー。で、何の話?」
「来年中学だろ?タケルは足が速いから、陸上部に入るって」
「あーそうだな。お前はそうだな。」
結城が大きくうなずく。
お前はどうするの?タケルが聞こうとすると、突然「あ!」と、結城は声を上げた。
「もしかしたら、タケルだったらいけるかも」
「何が?」
「これこれ」
結城が、買ってもらったばっかりの青いスマホを見せる。
「これにさー、怪談アプリって、めっちゃ面白いやつがあるんだよ」
「何だそれ」
「マジで怖いんだって。でさ、こんなかに、スマホ口裂け女ってのがあんの」
口裂け女。
昔流行ったらしい都市伝説……としか聞いたことがない。
「古いー。いつの時代だよ」
「いやいや。これ、マジでスマホの画面に口裂け女が映って、追いかけてくるんだってさ。で、それに逃げ切れたら、クリアってやつなんだけど」
「どうせただのゲームなんだろ?」
「ほら、こうやって、アプリを開くと、画面がこうなるんだ」
結城が自分のスマホを使って説明する。
スマホの画面が、まるで鏡のように、タケルたちや、その背景を映し出す。
「この後、画面に向かって、スタートって言うと、おれたちの後ろに、赤い服着てマスクした女が写るんだ。で、私キレイ?とか聞いてきて、追いかけてくるんだ」
「だから、ゲームじゃん」
「でもめっちゃ怖いらしいぜ。追いかけてくるのがリアルでさ」
「タケル、やんの?」
さとるに聞かれて、タケルは首を横に振る。
「やらねー。めんどくさそう」
ゲームをやる暇があるなら、走りこみたい。
「あーあ。タケルだったら、クリアできると思ったんだけどな」
結城は、残念そうにつぶやきながら、ポチっと、スマホの電源を落とした。
「お母さんさー、口裂け女って知ってる?」
家に帰ってから、タケルはなんとなく気になって、母親に聞いてみた。
「あら、なつかしい。タケル、知ってるの?」
「さとるたちが話してて。都市伝説なんでしょ?」
「まぁね。今となれば、ただのうわさだったんだなって思うけど。あのころはみんな信じてたから」
「ふーん」
「大きなマスクに赤い服。耳まで裂けた口。足がすごく速くて、誰も逃げられないっていうから、お母さん友だちとべっこう飴を持ち歩いて学校に通ったわ」
「べっこう飴?」
「そういう飴があるのよ。口裂け女はその飴が大好きだから、それをあげている間に逃げれるってうわさもあったのよ」
「ふーん」
「あとね、ポマードって三回言えば、追い払えるって。いったい誰が考えてたのかしらね~」
なつかしい、なつかしい。
トントン、トントン、包丁で野菜を切る手だけは止めずに、母親は繰り返しそう言うだけ。
(なーんだ。やっぱり、あんまりやる気しないな……)
全国陸上大会に向けた、地元での出場者の合同練習、タケルはいつも通り走っていた。
だけど、なんだか体が重い。
タイムが、縮まない。
「よー、タケル」
「ヒロキ」
隣町の小学校に通うヒロキが声をかけてきた。
「速いなー。相変わらず」
「なんか今日はダメだ。ヒロキの方こそ、新タイム出てたじゃん」
「まーね。おれ最近、特訓してるから」
自信ありげな笑顔を見せる。
「特訓?」
「そっ。最近さ、おれスマホ買ってもらったんだよ。でさ、そんなかに入ってるアプリで超おもしろいのがあってさ」
タケルが見せられたのは、結城と同じ、スマホ口裂け女だった。
「あ、これ知ってる」
「マジ?お前もやってんの?」
「まだ。友だちに、やってみないかって誘われただけ」
「やった方がいいぜ。赤い服着て、耳まで口の裂けた女が、追いかけてくるのをスマホで見ながら走ると、ちょー速くなる」
「えー、でもゲームなんだろ?」
「そうなんだけど。ほんと、追いかけてくる音とか、息遣いも超リアルに聞こえてくるんだよ。つかまったら殺されるーって感じで!おれまだつかまったことないんだけど、これに逃げ切ろうと思って走るようにしてたら、タイム伸びてんだ」
「へー。効果あるんだ」
「そっ。お前もやってみろよ。あ、そうだ。やるなら、注意することだけ言っとくぞ」
「注意?」
「そのゲームをする時、口裂け女から逃げ切るまでは、絶対に立ち止まらないこと、そして振り返らないこと」
(よし!やるか)
休日の早朝、タケルはいつも練習のために走る道で、1人意気込む。
しっかり準備体操をしてから、スマホを顔の前に持ってくる。
昨日、結城から借りたのだ。説明された通り、怪談アプリの口裂け女を開く。画面が鏡みたいに、ばっちりタケルの背景を映し出す。
大きく深呼吸してから、画面に向かって言う。
「スタート!」
数秒経ってから、画面の下に赤いハイヒールのくつが見えた。
(き、きた……!)
本当だったんだ。
タケルはおびえながらも、全身が見えるようにスマホを上にあげる。
「ひぃ!」
たしかに、赤いワンピースを着て、白い大きなマスクをかけている。目は、長い黒髪のせいであんまりよく分からない。
「ねぇ、君」
女が話しかけてきて、耳がぞくっとした。
スマホは前にあるのに、すぐ後ろにいるみたいに聞こえる。
「な、何ですか……?」
「私って……」
女がマスクに手をかける。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、外す。
「キレイ?」
「ぎゃ!」
悲鳴が上がった。
スマホにくっきり、耳まで裂けた口の女が笑っている。
(逃げないと!)
タケルは地面を蹴って走り出す。
スマホを見ると、みんなの言うとおり、女も追いかけてくる。それもだいぶ速い。タケルの後ろをぴたっとくっついてきている。
(お、追いつかれる……)
ゲームなんてものじゃない。
スマホが鏡みたいになっているおかげで、本当に自分の後ろにいるみたいだ。
カツカツカツカツ!
足音もリアルに聞こえる。
ハッハッハッハッ!
息遣いもすぐ後ろではっきり聞こえる。
(やばい、やばい)
タケルは腕を振り、太ももを上げ、必死で走った。
逃げ切るクリアの条件は、スマホの画面から女の姿が消えること。だから、思いっきり引き離すか、角に曲がったりして口裂け女の視界から自分が消えなくてはいけない。
タケルは走ることに必死になり過ぎて、建物もないまっすぐな道に出てしまった。
(ど、どうしよう……どこかに、隠れるところは?)
辺りは畑と田んぼ一面。
さらに、タケルは目の前の先の道を見て、愕然とした。
まさかの上り坂!
(でも、これってただのゲームだよな。別にクリアできなくても……)
とうとうタケルは立ち止まった。
膝についた手をついて、息を整える。
「はぁはぁはぁ……」
たしかに特訓になるかもしれない。
タイムが伸びるっていうのも、分かる気がする。
もう一度やり直してみようと、ふり返る。
「わっ!」
女が立っていた。
スマホ越しなんかじゃない。タケルの目の前に、リアルに。
女は、白く長い指を五本、震えるタケルの肩に置いた。
そして、にやっと、真っ赤で大きな口で笑った。
「つかまえた……」
マラソン大会の帰り道、さとるがうらやましそうに言った。
「去年も一位だったし。今年はぶっちぎりだったな」
「まーな」
タケルは走るのが大好きだ。そして、得意でもある。
陸上大会では表彰台に上ったことは何回もあるし、今年は全国陸上大会も控えている。
「おれさー、中学生になったら陸上部に入るんだ」
「タケルっぽい。いいなぁ。おれは何にしよっかな」
今年で小学6年生。来年の春には中学生になる。地元の中学校の陸上部はかなり強いらしく、タケルは入部するのが今から楽しみだった。
「オース!何の話?」
「結城、お前おそっ!何してたんだよ」
「おれ今日腹の調子悪くてさ~、そこの保育所のトイレ借りてたんだよ」
「ダッセー。小6で保育所のトイレつかうとか」
「うるせー。で、何の話?」
「来年中学だろ?タケルは足が速いから、陸上部に入るって」
「あーそうだな。お前はそうだな。」
結城が大きくうなずく。
お前はどうするの?タケルが聞こうとすると、突然「あ!」と、結城は声を上げた。
「もしかしたら、タケルだったらいけるかも」
「何が?」
「これこれ」
結城が、買ってもらったばっかりの青いスマホを見せる。
「これにさー、怪談アプリって、めっちゃ面白いやつがあるんだよ」
「何だそれ」
「マジで怖いんだって。でさ、こんなかに、スマホ口裂け女ってのがあんの」
口裂け女。
昔流行ったらしい都市伝説……としか聞いたことがない。
「古いー。いつの時代だよ」
「いやいや。これ、マジでスマホの画面に口裂け女が映って、追いかけてくるんだってさ。で、それに逃げ切れたら、クリアってやつなんだけど」
「どうせただのゲームなんだろ?」
「ほら、こうやって、アプリを開くと、画面がこうなるんだ」
結城が自分のスマホを使って説明する。
スマホの画面が、まるで鏡のように、タケルたちや、その背景を映し出す。
「この後、画面に向かって、スタートって言うと、おれたちの後ろに、赤い服着てマスクした女が写るんだ。で、私キレイ?とか聞いてきて、追いかけてくるんだ」
「だから、ゲームじゃん」
「でもめっちゃ怖いらしいぜ。追いかけてくるのがリアルでさ」
「タケル、やんの?」
さとるに聞かれて、タケルは首を横に振る。
「やらねー。めんどくさそう」
ゲームをやる暇があるなら、走りこみたい。
「あーあ。タケルだったら、クリアできると思ったんだけどな」
結城は、残念そうにつぶやきながら、ポチっと、スマホの電源を落とした。
「お母さんさー、口裂け女って知ってる?」
家に帰ってから、タケルはなんとなく気になって、母親に聞いてみた。
「あら、なつかしい。タケル、知ってるの?」
「さとるたちが話してて。都市伝説なんでしょ?」
「まぁね。今となれば、ただのうわさだったんだなって思うけど。あのころはみんな信じてたから」
「ふーん」
「大きなマスクに赤い服。耳まで裂けた口。足がすごく速くて、誰も逃げられないっていうから、お母さん友だちとべっこう飴を持ち歩いて学校に通ったわ」
「べっこう飴?」
「そういう飴があるのよ。口裂け女はその飴が大好きだから、それをあげている間に逃げれるってうわさもあったのよ」
「ふーん」
「あとね、ポマードって三回言えば、追い払えるって。いったい誰が考えてたのかしらね~」
なつかしい、なつかしい。
トントン、トントン、包丁で野菜を切る手だけは止めずに、母親は繰り返しそう言うだけ。
(なーんだ。やっぱり、あんまりやる気しないな……)
全国陸上大会に向けた、地元での出場者の合同練習、タケルはいつも通り走っていた。
だけど、なんだか体が重い。
タイムが、縮まない。
「よー、タケル」
「ヒロキ」
隣町の小学校に通うヒロキが声をかけてきた。
「速いなー。相変わらず」
「なんか今日はダメだ。ヒロキの方こそ、新タイム出てたじゃん」
「まーね。おれ最近、特訓してるから」
自信ありげな笑顔を見せる。
「特訓?」
「そっ。最近さ、おれスマホ買ってもらったんだよ。でさ、そんなかに入ってるアプリで超おもしろいのがあってさ」
タケルが見せられたのは、結城と同じ、スマホ口裂け女だった。
「あ、これ知ってる」
「マジ?お前もやってんの?」
「まだ。友だちに、やってみないかって誘われただけ」
「やった方がいいぜ。赤い服着て、耳まで口の裂けた女が、追いかけてくるのをスマホで見ながら走ると、ちょー速くなる」
「えー、でもゲームなんだろ?」
「そうなんだけど。ほんと、追いかけてくる音とか、息遣いも超リアルに聞こえてくるんだよ。つかまったら殺されるーって感じで!おれまだつかまったことないんだけど、これに逃げ切ろうと思って走るようにしてたら、タイム伸びてんだ」
「へー。効果あるんだ」
「そっ。お前もやってみろよ。あ、そうだ。やるなら、注意することだけ言っとくぞ」
「注意?」
「そのゲームをする時、口裂け女から逃げ切るまでは、絶対に立ち止まらないこと、そして振り返らないこと」
(よし!やるか)
休日の早朝、タケルはいつも練習のために走る道で、1人意気込む。
しっかり準備体操をしてから、スマホを顔の前に持ってくる。
昨日、結城から借りたのだ。説明された通り、怪談アプリの口裂け女を開く。画面が鏡みたいに、ばっちりタケルの背景を映し出す。
大きく深呼吸してから、画面に向かって言う。
「スタート!」
数秒経ってから、画面の下に赤いハイヒールのくつが見えた。
(き、きた……!)
本当だったんだ。
タケルはおびえながらも、全身が見えるようにスマホを上にあげる。
「ひぃ!」
たしかに、赤いワンピースを着て、白い大きなマスクをかけている。目は、長い黒髪のせいであんまりよく分からない。
「ねぇ、君」
女が話しかけてきて、耳がぞくっとした。
スマホは前にあるのに、すぐ後ろにいるみたいに聞こえる。
「な、何ですか……?」
「私って……」
女がマスクに手をかける。
ゆっくり、ゆっくり、ゆっくり、外す。
「キレイ?」
「ぎゃ!」
悲鳴が上がった。
スマホにくっきり、耳まで裂けた口の女が笑っている。
(逃げないと!)
タケルは地面を蹴って走り出す。
スマホを見ると、みんなの言うとおり、女も追いかけてくる。それもだいぶ速い。タケルの後ろをぴたっとくっついてきている。
(お、追いつかれる……)
ゲームなんてものじゃない。
スマホが鏡みたいになっているおかげで、本当に自分の後ろにいるみたいだ。
カツカツカツカツ!
足音もリアルに聞こえる。
ハッハッハッハッ!
息遣いもすぐ後ろではっきり聞こえる。
(やばい、やばい)
タケルは腕を振り、太ももを上げ、必死で走った。
逃げ切るクリアの条件は、スマホの画面から女の姿が消えること。だから、思いっきり引き離すか、角に曲がったりして口裂け女の視界から自分が消えなくてはいけない。
タケルは走ることに必死になり過ぎて、建物もないまっすぐな道に出てしまった。
(ど、どうしよう……どこかに、隠れるところは?)
辺りは畑と田んぼ一面。
さらに、タケルは目の前の先の道を見て、愕然とした。
まさかの上り坂!
(でも、これってただのゲームだよな。別にクリアできなくても……)
とうとうタケルは立ち止まった。
膝についた手をついて、息を整える。
「はぁはぁはぁ……」
たしかに特訓になるかもしれない。
タイムが伸びるっていうのも、分かる気がする。
もう一度やり直してみようと、ふり返る。
「わっ!」
女が立っていた。
スマホ越しなんかじゃない。タケルの目の前に、リアルに。
女は、白く長い指を五本、震えるタケルの肩に置いた。
そして、にやっと、真っ赤で大きな口で笑った。
「つかまえた……」