第三一話 大幅加増と打倒家康

エピソード文字数 3,727文字

 ◆天文十四年(一五四五年)十月上旬 尾張国(おわりのくに) 那古野(なごや)

「父上がワシにこの那古野城を任せ、新領地として四万貫与えるとのことじゃ」
 クスクスッと楽しそうに話す信長ちゃん。表情は『パパにねえ、この洋服を買ってもらったの』と話す現代の女の子そのものだ。だが元からの一万貫と合わせれば五万貫。石高に直すと約十万石。現在の価値でいえば約五〇億円という莫大な価値がある領地なのだ。

「姫様、すごい! おめでとうございます」
 那古野城主で十万石の大名かあ。後世で大名の軍役(ぐんえき)は、一万石につき三〇〇人と言われている。単純に全て戦闘力とはいえないけれど、三〇〇〇人の軍勢を(まかな)える領地だ。信長ちゃんの領地では既に兵農分離が完全にされているし、経済的にも安定し始めているので、さらに雇える兵数は増える。戦闘人員で四〇〇〇名ほど揃えられるかもしれない。

「あの五郎左(ごろうざ)(丹羽長秀)が絶句しておったわ。ワハハ」
 領地が五倍になったということは、仕事量が一気に五倍になったともいえる。仕事関連の書類が今までの五倍の高さに積み上がるといえば、イメージできるかもしれない。

 加増はかなりのハードワークになるわけ。
 特に年貢の課税関係の整理や、兵や文官の宿舎の管理をしている丹羽長秀にとっては、書類仕事がかなり増えることになる。頑張ってもらいましょう。
「まあ、長秀なら問題ないでしょう」
 うん。デキる子の長秀なんだからきっと大丈夫だ。

「商人たちが『兵たちの屋敷をぜひ建てたい』と言ってきおった。ありがたいことなのじゃ」
 プッ、と吹き出してしまった。この美少女領主はまたもや、兵や文官などの宿舎を商人たちにタダで建てさせるわけだ。信長ちゃん、最高です!
 商人たちも旨みがあるから、タダで建てるのだ。今まで人の住んでいない場所に町ができるので、商売のネタには事欠かないだろう。

寄騎(よりき)はどうなります?」
 当然求人はするのだが、すぐに人員を増やすのは無理だ。増員に限度があるので、信パパから人手を借りなくては仕事が回らない。
「爺(平手政秀)はそのまま寄騎であるな。林佐渡(秀貞)は清洲を守っている。だから父上に、村井吉兵衛(きちべえ)貞勝(さだかつ))、佐久間大学(だいがく)盛重(もりしげ))、佐久間出羽(でわ)信盛(のぶもり))の三名を借りようと思うのじゃ」

 史実で村井貞勝(さだかつ)は外交と内政に大活躍し、本能寺の変の際に、信長長男の信忠(のぶただ)の元で戦死した名将。
 佐久間盛重(もりしげ)は桶狭間の前哨戦で戦死したが、初期の信長の武力を支えた猛将。
 佐久間信盛(のぶもり)は後に追放されたけれど、信長の実質的な筆頭家老として、長年活躍した重臣だ。
 信盛には試し戦のときに、目潰しを食らわせちゃったけどね。

「おお! 三名とも素晴らしいですね」
「それと勘十郎(かんじゅうろう)信行(のぶゆき))を、近習(きんじゅう)にもらおうかと思う。どうじゃ?」
 仕事モードに入ってるようで、おれ好みの甘える顔ではなくキッと真剣な顔をしている。

 信長弟の勘十郎信行は史実で信パパの死後に、信長に対抗して謀反を起こした。言ってみれば問題人物だ。
 だが、上手く取り込めれば、大活躍してくれるかもしれない。実力は未知数だけれども、信頼できる一門は必要だよな。

「良きお考えでしょう」
「勘十郎を死なせたくはないのじゃ」
 すっかり感心してしまった。もし信パパに万一があれば、きっと信行派の重臣が彼の意思にかかわらず、担ぎ出すだろう。なるほど、そこまで見えているのか。
「姫の手元の方が勘十郎様も安全でしょう」

「で、あるか。ところで、妹の(さち)はいかがじゃ?」
 妹ちゃん。おれの嫁になったかもしれない信長ちゃんに瓜二つの祥姫。いろいろと考えてみたが、やはり戦乱には巻き込みたくない。
 嫁入りが取り沙汰されている美濃(岐阜県)は、戦乱が近いうちに起きるか、こちらが起こすかなのだから。
 私情は入るよな、やっぱり。だがもっともらしい理由は考えてある。

「祥様は美濃へ(とつ)がせずに、姫の影武者にすべきかと」
「ワシの影武者か……なるほど」
 考え込むような顔つきの信長ちゃん。
「美濃はいずれ戦乱の地になりましょう」
「…………」
 なんだろう? この無言は。信長ちゃんにしては珍しいぞ。そっくりの妹だから、深く悩んでいるのか。何か思うところがあるのだろうか。

「美濃には他の方を嫁がせるか、我々が訪問してはいかがでしょうか」と水を向けてみる。
 とりあえず尾張情勢が落ち着くまでは、美濃の斎藤家とは友好関係を保ちたい。だから、史実の正徳寺会見もどきをしてみる、のがおれの結論。

「ワハハ。マムシを見に行くのも面白そうなのじゃ。噛まれぬように注意せねばなっ!」
 あ。めちゃくちゃ乗り気だよ。
 史実の信長と斎藤道三はウマが合ったようだけれど、信長ちゃんともウマが合うのかもしれないな。

「ええ。ところで尾張と三河の今後について、姫はどう考えますか?」
「本来であれば、岩倉(いわくら)(織田信安(のぶやす))と犬山(いぬやま)(織田信清(のぶきよ))を黙らせたいのじゃ。だが、さこんが言いたいのは岡崎であろう?」
 くっ。むちゃくちゃ有能な姫だよ。はい、おっしゃる通りでございます。
 尾張の三大難敵で最も厄介な織田信友を討った後には、尾張上四郡(北部)守護代の織田伊勢守(いせのかみ)信安と信長ちゃんの従兄でもある犬山城の信清が残っている。だが彼らは、軍事力もそれほど脅威ではなく、討伐の名分も一応立った。だから、いってみれば後回しでも構わない。

「ええ。岡崎(愛知県岡崎市)を獲りたいですね」
 松平広忠(ひろただ)が居城にしていた三河の岡崎城は、安祥城の戦いで広忠や数多くの将を討ったため、かなり弱体している。現在は数え四歳の松平竹千代(徳川家康)が城主だ。
 岡崎は駿河(するが)(静岡県)の今川義元マロへの対抗のため、直轄地にするのが理想。だが岡崎を獲っても、国人(こくじん)勢力(豪族)が強く治めにくい土地だ。
 それに京など畿内(きない)と逆の方角だから、正直なところ労力をかけたくない。ならば、誰かに治めさせる手だ。では、誰に治めさせるか?

「我らが松平監物(けんもつ)家次(いえつぐ))と共に攻め落とす。して岡崎を監物に治めさせ、銭を渡し品野(しなの)を我らが貰う。さこん、どうじゃ?」
 何やら自慢げな顔つきで、面白いことを言いだした。松平監物(けんもつ)家次(いえつぐ)は、三河との境に近い尾張の品野城(愛知県瀬戸市)を居城としている。数ある松平分家の、桜井松平家当主だ。家次は本家の松平広忠と、たびたび争いをしていて犬猿の仲だった。

『手伝うから岡崎城を取って本家になりなよ。戦争もしたし復興もしなきゃならないので、お金が必要でしょ? お金を渡すから岡崎でちゃんと守ってね。その代わり、品野は貰うよ』という策だ。流石だなあ。
 ここまで恩を売れば、松平家次はきっと有力な織田の味方(シンパ)になるはずだ。信長ちゃんの外交センスには目を見張るものがある。

 そもそも三河の地は、様々な国人領主(豪族)が乱立していて治めにくい土地。『一枚岩の三河武士』と現代に伝えられていたが、おれは大嘘だと思っている。三河出身の徳川家康が、天下を治めた後に作られた伝説に違いない。
 家康は今回の岡崎での戦乱でお亡くなりになって、歴史の彼方に消えるかもな。いや、ぜひ消えてもらいたい。
 史実のおれ滝川一益が本能寺の変の影響で、関東で孤立していた時に助けてくれなかった。そのうえ織田領地を、ガンガン自分のものにしていった恨みもあるからな。まあ、これは言いがかりだけど。

 三河が内乱のない状態だったら、治めるのは家康でなくても別に構わないでしょ?
 現在数え四歳の家康が、成長して史実通りに織田家と友好関係を結ぶとも限らないし、おれは家康にとっては父親の仇だ。
 家康が本能寺の変の黒幕という説は、さすがに眉唾ものだけれども、織田家にとって積年の仇敵の松平宗家は、打倒織田家の旗印になり得る危険因子だ。

 ――ならば排除に限る。
 日本史上の英雄を闇に葬るのは、歴史ファンとしては一抹の心苦しさはあるけれど、既におれは歴史好き大学生のカズマではなく、信長腹心の滝川左近なんだ。織田家にとって、おれにとって最良の選択をさせてもらうぞ。
 さすがに女子の信長ちゃんの手前、幼児に直接手を下しはしないけれど、三河武士が一枚岩でないなら、家康が確実に死ぬ策を立てる。断じて葬り去ってやる。

「あははは。姫は最高です!」
「で、あるか。早速手を打つのじゃ」
 信長ちゃんは、満足げにニンマリと笑っている。最高だよ。
 さて加増の件もあるし、ますます忙しくなるぞ。
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登場人物紹介

織田吉(三郎信長


 那古野城城主で周辺一〇万石の領主。織田信秀の嫡子。

 織田信秀の次男に生まれるはずが、どこで間違ったのか女性に生まれてしまった。見た目は現代風美少女だが男装を好む。最近はアクセサリーを頻繁に変える、鎧を着替えるなどオシャレに気を遣うようになっている。

 奥手で、『つるでぺた』を気にしているが実態は不明。


 戦場では鉄砲を使う。

 初陣で敵大将を討ち取るという大殊勲を挙げた。

 美濃の斎藤義龍との結婚計画があったが流れた。

 口癖は、一人称「ワシ」、二人称「ヌシ」、語尾は「のじゃ」、肯定は「で、あるか!」。「素っ首貰い受ける」もお気に入りのようだ。

 自分に理解を示した左近のことを、とても気に入ってやがて好意を示す。左近の部屋に入り浸っている。

 政治・外交・経済のセンスは抜群で、左近をはじめ周囲をしばしば驚かせる。

 頭に血がのぼると一直線な行動をとることも多い。

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