3.七月九日(木)①  

文字数 2,730文字

 目覚まし時計が嫌いだ。朝はいつまでも寝ていたいのに、毎朝目覚まし時計に叩き起こされるのが嫌で仕方がない。正直に言って寝起きは滅茶苦茶悪い方だ。だから目覚まし時計はデジタル時計で両側にベルのついた大音量タイプを使っている。一回目で起きれるのは半分くらいで残り半分は二回三回とスヌーズで起こされる。

 大音量タイプ等とうたいつつもその程度なのかと、わざと夕方に鳴らしたことがある。両側のベルがけたたましく鳴り響いて耳を劈いた。そしてこんな音量でも一回で起きれなかったりする自分に引いた。

 とまぁそんな寝起きの悪い俺が今日は目覚まし時計が鳴るよりも三十分も早く目が覚めてしまった。

 窓を開けると大粒の雨がこれでもかと降り注いでいた。アスファルトの上を流れる水に更に降り注ぐ雨粒が波紋を作っては流れていく。

 リビングに降りてトーストを齧りながら衛星放送の気象データを確認する。今日は時間帯により程度の差はあれど一日中降り続けるらしい。特に午前中と夜は酷い物だった。

 これは今日の夜は無しかなと考えながら通学路を歩く。傘を差して歩いているのに肩や袖が濡れてワイシャツが張り付くし、跳ねる雨粒が靴も裾も濡らしていく。自分が歩く分には非常に嫌な天気だが、実は土砂降りは嫌いじゃない。

 教室に入ると土砂降りに対する不満がちらほらと聞こえてくる。濡れた髪を絞りタオルで吹く者、張り付いたシャツを恨めしそうに剥がす者など様々だ。

 なぜ土砂降りが嫌いじゃないかと言えば、自分が濡れるのは当然嫌だが、濡れた他人を見るのが好きだかだ。もっとも容姿が並み以上の女子に限るのだが。

 濡れたブラウスから透ける肌色に、カラフルなストラップやバックベルトを眺めるのが好きだ。勿論透けないようにインナーを着ている女子も一定数居るが、そういう女子も雨に濡れることにより輪郭がはっきりとしてくる。運が良ければ素肌の上にブラウスを着ているような女子のカップの色から模様まで鮮明に浮かびあがる様を拝むことさえ出来る。

 何も直接的に透けさせることだけが雨による恵みではない。見られていることに気づいた女子の羞恥に満ちた怒りの声や、濡れた髪から漂う女子特有の香り、視覚だけでなく聴覚や嗅覚までもが刺激される。

 続々と登校してくる女子達を眺めながら、俺は十二天はいつ登校してくるのだろうかと待ち望んでいた。

 雨に濡れどのような姿をしているのだろうかと思いを馳せていると程なくして彼女は後方の入り口から教室へ入ってきた。

 入ってくる姿を見た限りではいつもと昨日一昨日とさして変わったところは見つけられなかった。彼女がこちらに歩いてくるのをまじまじと見つめている訳にはいかないので、女子の濡れ姿になど全く興味ありませんよと言う体でスマートフォンを操作する振りをする。

 彼女が席に着いたタイミングでおはようと声を掛ける。残念ながら上半身が濡れ鼠とはいかなかった。彼女が濡らしていたのは肩口と二回程折り返した長袖のブラウスの先程度のものだった。

 「おはよう、雨だね」

 そう言って十二天は鞄から宇宙人について書かれていると思われる本を取り出して視線を落とした。UFOについては昨日読み終えてしまったのだろうか、と思いながら彼女を見て気づいた。

 彼女の肩口から透けているのは彼女の白い肌では無かった。真っ黒だった。

 七月も上旬となればそれなりに暑く、女子がブラウスの下に着てくるインナーもキャミソールが主流で、色は淡い色が圧倒的に多い。仮に濃い色だったとしてもキャミソールならば肩口は透ける筈だ。

 昨日一昨日は特に何も思わなかったと言う事は恐らく淡い色インナーを着ていたのだろう。色が濃いインナーや、下着の上にブラウスを直接着ていれば印象に残っている筈だ。

 ふと思いついて席を立ち、前の方の座席の友達のところまで行き声を掛けた。他愛の無い話を二、三したところで自分の座席に向かって歩く。十二天は右利きで、恐らく傘も右手で差している。だから席から見た限りでは左側を見ることは出来なかった。自分の席に戻るために歩く途中でなら、彼女を正面から見ることが出来る。

 相変わらず本に夢中で視線が下がった十二天を盗み見ることは簡単だった。彼女の左側は肩口から袖の先までブラウスが透ける程度には濡れていた。そして肩口から袖の折り返しまで1ミリの肌色すらなく完全な黒が透けていたのだった。

 恐らく十二天は折り返した袖先からは丁度見えない位の七分か八分程の袖の黒いインナーを着ているのだろう。これは肌色も下着も一切透けさせないと言う鉄壁の守りだ。蒸し暑さもインナー自体が透けることも彼女は気に留めていないのだろう。あるいは蒸し暑さについてはそれなりに我慢しつつ、それ以上に下着や肌を見られたくないのだろうか。

 期待とは程遠い姿に心の中が今日初めて空模様と一致したような気がする。つい数分前までの浮かれた気分に冷や水を浴びせられた気分だった。

 

 放課後になると十二天は直ぐに席を立ち教室を出た。この雨なのだから今晩の事は先送りするのだろうとは思うが、念の為確認は必要だと急いで荷物を鞄にしまい込んで彼女を追いかける。

 教室を出るとかなり離れたところを歩いている十二天を確認出来た。玄関へ向かう階段を通り過ぎ、特別棟へ向かっているようだ。また図書室へ向かうのだろうか。

 早歩きで追いかけ、十二天が図書室に入る手前で声を掛けた。

 「十二天、今日の夜の約束どうするよ。今度にするか?」

 「どうして?」

 まるでこちらの言っている事が理解出来ないと言った顔だった。

 「どうしてってこんな雨だし、仮に屋上に上がれたところでどうしようもないだろ」

 「あぁ、そう言う事ね。別に今日は上がれるかどうかを試すだけだから雨でも問題無いよ」

 「天神岡くんが都合が悪いなら、一人でやるから大丈夫だよ」

 一見昨日までと変わらない様に思えるが、きっとここで降りたらもう二度と十二天と二人で何かすることは無くなる、そんな気がした。根拠は全く無いが、そう直観した。

 「いや、大丈夫だよ。夜の九時半に学校集合な」

 ランニングすると言って出てくるつもりだったがこの雨でランニングは不自然だ。何と言って家を出てくるかを考えるのは面倒ではあるがここで引く訳には行かなかった。

 「わかった。私は今日少し残ってやることがあるから先に帰っていいよ。また後でね」

 「了解。また後でな」

 また図書室で何かを探すのだろうか、それともUFOや宇宙人について書いてある本でも読むつもりなのだろうか。

 気にはなるところではあるが、明確に別れの挨拶をした手前これ以上踏み込むことも出来ず帰るしかなかった。


続く
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