第1話

文字数 1,123文字

「もうこの仕事やだぁ。」
 一人トボトボと家路に向かいながら思わず一人言をつぶやいた。私が務めているA社は会社外の評判こそ高いが実態は給与も安く、仕事もきつい。今まで仕事をしていて初めて今日定時で帰れているのだが、正確には定時で帰らされた、という状態である。今店舗を一緒に運営している上司が私のあまりにも楽観的な発言とマイペースぶりにブチギレ。ノルマを達成させる気ないやつに用はないと無理矢理帰らされた。こうなると暗黙の了解で明日の朝一店舗の隅から隅まで掃除をしなければならない。億劫になりながらもこんなに早く帰ったのは初めてなので少し街をぶらぶらしながら歩いていた。
「あれ?こんな場所あったっけ?」
 デパートの三階の隅っこに見慣れない古びた骨董品屋があった。周りの華々しい雰囲気とは裏腹になんだか怪しい空気がプンプンする。そんななかで『いわくつき』と書かれていたピエロのイラストが付いたポスト形の貯金箱が10円だったので思わず買ってしまった。
 あぁ、なんか衝動で買ってしまったと思いながらもどんな貯金をしようかと考えながら家へ向かった。
「はぁ、明日朝一で仕事だ。面倒くさいな・・・」
 家の中で買ったばかりの貯金箱に500円を入れた。手始めに実践したのはストレス貯金という方法であった。ストレスがたまったら貯金をする。いっぱいになったら仕事を辞めるという。なんともシンプルな貯金である。ピエロの貯金箱はただ黙って私を見ていた。
「どうせ文句言われるんだろうな・・・いっそ明日上司が休んでいたらいいのに。」
 翌日、朝一で掃除をし、上司が来るのを待っていたが定時になっても現れなかった。
 朝の会議で部長が、最近の炎天下での営業の疲れのせいか、上司が体調を崩したらしい、みんなも気をつけるように、と一言連絡があった。思わずラッキーと心の中でガッツポーズをした。いつもだったら定時の一時間前に上司が来て掃除のチェックが始まり、30分くらい説教されるのだがこれを回避できたのは素直にうれしかった。内心スキップしながら私も炎天下での営業へ向かった。
 その日の夜はストレスもあまりなく、家でも元気に過ごしていた。今日は貯金できないね。といいながらなんとなく持ってみると貯金箱からじゃらじゃらと音がした。あれ、私500円玉一枚しか入れてないからそんなに小銭の音がするの変だな。と思わず貯金箱の金額を確認すると、500円玉は100円玉4枚に変わっていた。
「知らないうちにお金が減ってる・・・」
 もしかして、昨日私が言った上司が休めばいいのに、って言葉に反応して勝手に課金された?怖くなった私は極力自分の部屋で、特に貯金箱の前ではしゃべらないように気をつけることにした。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み