シーちゃん

文字数 2,465文字

 昨年、秋のお彼岸さんの時、お墓でシーちゃんに会った。そう、あの幼馴染みのちょっと好きだったシーちゃんだ。
「ヨォ、久し振り」ボクは声をかけた。シーちゃんはニット帽をかぶってお墓の掃除をしていた。
「私、肺癌やね」、「抗癌剤治療してるねん」。
シーちゃんは頭のニット帽をさわりながらサラッと言った。隣に主人らしき人が優しい眼でニコニコと寄り添っている。
「あっ、私の旦那、、、、 」シーチャンが紹介する。
「商売もやめて、看護してもらってんねん」。
 遠く二上山からの光が木々に煌めき、あげく草花と光合成しながら万葉の風となってゆれていく。
「今、何処に? 」ボクは聞く。
「大阪の柏原やねん」
「今日は身体の調子もいいのでお墓参りに来ました」旦那は短い髪の毛を撫でながらシャキッと言う。彼の手の線香の煙が光を昇っていく。
「シーちゃん、大変やん」ボクはエールを送る代わりに、シンプルに言う。
「うん」。シーちゃんもシンプルに答える。そして笑った。

――エビガニ釣り
幼い頃、「シー」岡村のシーちゃんが唇のまえ、指一本立てた。
そして、「内緒だよ」と言った。

 ある日、シーちゃんとエビガニ釣りに行った。エビガニってアメリカザリガニのこと。ボクらの田舎ではエビガニという。今なら、エビかカニかどっちやねん!とツッコミいれたくなるヨ。
シーちゃんは自転車が得意、どんなスカートを穿いていてもパンツを見せずに自転車に乗る。
ボクとシーちゃんは自転車で吉野川分水までいく。エビガニ釣りの餌は蛙だ。シーちゃんは蛙が嫌い、だからボクが蛙を捕まえ、殺して皮をはぐ、殺生やね。
 竹竿に釣糸、その先っぽに蛙の白身をつけて分水の溜まり場へ釣糸をたらす。次から次へ、面白いほど釣れる。赤いエビガニが手足を動かし、なんか恥ずかしがってるみたい。
いや~ん、いや~んと、腰をくねらせピクピクする、なんかエロやね。
 付近一帯に田んぼが広がり、稲穂が陽に黄金色。そこでボクは意味もわからぬまま、お祖母ちゃんみたいに、
「実りの秋や、何もかも旬や」とシーちゃんに言った。
「そうや、そうや、実りの秋や、何もかも旬や」シーちゃんが繰り返すように言った。しっかり者のシーちゃんやから、その意味わかっていたんやろなぁ、、、 。
 一匹、二匹、時にやんちゃなエビガニもいる。釣ったエビガニを糸からとる時、シーちゃんがそのやんちゃなエビガニのハサミで指を挟まれた。
「痛い」、「痛い」ボクはすばやくとってやる。
シーちゃんの指に血が滲む。滲んでいく。ボクは母ちゃんがよくやるように血を吸ってやった。その時、シーちゃんは有り難うという代わりにチューしてきた。なんかのまじない?
いやいや初めてのチュー。ボクもチューする。シーちゃんはシーちゃんの匂いがした。
どんなんや。ボクはお腹の下が変な気持ちになった。

「シー」シーちゃんが唇のまえ、指一本立てた。
そして、「内緒だよ」と言った。

――実りの秋
 ボクはお祖母ちゃんに連れられ、ちょこんと手をつなぎ、氏神さんへ。そして絵馬を飾った。ボクの田舎では、ある年齢に達した男の子は氏神さんへ絵馬を奉納するという風習があったのだ。氏神さんへ行く道、たわわな稲穂を見ながら、
「実りの秋やね」と、お祖母ちゃんの口癖だ。
 氏神さんで、ボクはお祖母ちゃんの真似をして、顔の近くで、可愛い子ぶってハエみたいに手をすり合わせ、やれ打つなハエが手をすり足をする、小林一茶の句みたいに足はすらなかったけどネ、祈っていた。お祖母ちゃんが「実りの秋やね」なら、
ボクは「祈りの秋やね」。

 それからちょっと経ったある日、ボクは小石を投げて、学校の窓ガラスを割った。
「ガラスを割ったのは誰ですか」女先生が女優のようにメガネ光らせた。ボクは潔く名乗り出た。
お祖母ちゃんが「実りの秋やね」なら、
ボクは「名乗りの秋やね」。

 そして、教室を飛び出し、逃げまわった。あげくやっぱり家へ。
母に叱られて、また学校へ。学校の門まで見届けるようお祖母ちゃんが一緒に。その道すがら、やっぱり稲穂がたわわ、「実りの秋やね」またお祖母ちゃんが言った。

――学芸会
「なぁ、、、凄いやろ」エロなヤッチンが言った。ボクは目を星のように輝かせた。染屋の悪ガキ、サーチンがその雑誌を手にとった。
今でいうエロ雑誌?裸の男と女の写真だった。
ボクは義務感みたいにその写真を見た。盗み見の快感と未熟な昂りと、不思議なほど心地良い気持ちになっていく。ヤッチンの家にはそんな雑誌が山ほどあった。ボクは、小学校の帰り道、日課みたいにヤッチンの家へ寄った。

「ボクぅー賞品もらえるかな」六十年以上前なのに不思議と憶えている台詞。学芸会の芝居、ボクの台詞だ。たった一言、まぁ、目立たない存在、なにをやっても普通、預金じゃねぇよ! 各駅停車じゃねぇよ! 、のボク。だから、名前のないA、B、Cで処理される役だ。王子と姫の物語、姫役は勿論シーちゃん、王子役は裕次郎みたいな髪型をした徹って奴、ボクの親戚である。ボクは徹のまえでは劣等感が服を着ているようなもの。何もかも劣っていた。―― ご飯を食べる速さまでも。
「芝居のなかで徹とシーちゃん、キスするみたいや」ボクがシーちゃんのこと好きなのを知っているから、エロなヤッチンが言ってきた。
「徹、キス出来んようにしたろか」悪のサーチンが言う。
「やめろや! 」と言いながらも、徹になんかあったらええのに、、、 と思う嫌なボク。

 結局、徹とシーちゃんはキスしなかった。でも、舞台の中央で手をつなぎ、前へ行ったり、後ずさりしたり、花いちもんめのようだった。
シーちゃんを見ながら、ボクの胸はキュンキュンと鳴りっぱなし、安もんの目覚ましみたいだった。
                  ☆
 先日、夜の散歩をしていると携帯がなった。
「1ヶ月程前にシーチャンが亡くなった」とヤッチンからだった。
シーちゃんはお墓で会った時、何故あんなにもシンプル、透明感溢れる優しさで笑えたのだろうか? そんなことを思い出しながら、僕は星空を潔く歩いていった。
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