石英、長石、黒雲母

文字数 4,280文字

 省吾が生まれ育ったのは大和盆地、夏は蒸し暑く、冬は底冷えだ。金剛、葛城、近くには二上山がある。二上山は雄岳と雌岳の二つの山頂をもつ双耳峰である。地元の人たちは(にじょうざん)と呼ぶが、万葉集では(ふたかみやま)と歌われた。
《うつそみの人にあるわれや明日よりは二上山(ふたかみやま)を弟(いろせ)とわが見む 大伯皇女》人を偲ぶ歌だ。

 西南の方角に二上山が見える、旧のバス道だ。吉野分水の水路のなか、カメが頭をもたげ、真っ赤なトマトで遊んでいる。ぷかぷかと浮かぶトマトをあっちへやったりこっちへもどしたり、あげくシュート! 
≺水球か! ⋟省吾はツッコむ。
こっちの溜まりではエビガニがもぐる。
≺エビかカニか! どっちやねん>なおもツッコむ。
田んぼではサギが二上山の方へ鶴首している。
≺サギか鶴か! どっちやねん>。昔のまま、省吾の原風景だ。

ーー夏休み
 省吾が、坊主頭にランドセル、おまけ水っ洟の頃、そう、昭和三十年代の初め、いつも4人で連んでいた。エロなヤッチン、悪がきのサーチン、おまけはハチメロ(お転婆)シーチャン。
「掘って、掘って、掘りまくれ」サーチンが吉野分水路に両足を突っぱね叫ぶ。省吾、ヤッチンの手は、川泥で真っ黒、熊手に早変わりだ。
「わぁ、一杯や、掘れば掘るほど出てくる、シジミや、シジミ」皆が叫ぶ。
「なんや、これ、おっきな貝や。気持ち悪っ! 」
「ドブガイや」サーチンが省吾に答える。
「タフガイ? 」ヤッチンのかん高い声だ。
「裕次郎か! 」サーチンが笑う。
省吾らは戦利品のようにバケツ一杯のシジミを持つ。そして裕次郎のように歩く。
「あっ、シーチャンや」チャリに乗ったシーチャンが省吾の声にこたえるかのように全速
力で近付き、急ブレーキで止まる。シーチャンはチャリが得意だ。どんなスカートをはい
ていても白いパンツを見せずにチャリを乗り回す。
「やるか」「やる、やる」、「ヨォッヲ、石英、、長石、黒雲母」と、四人が笑う。
いつも太陽は照っていた。

 辺り一面、瀟洒な家が建った。省吾は帽子にマスクで住宅街を徘徊する。若い主婦が、怪訝な顔、省吾を見る。
〈怪人じゃ有りません、二十面相じゃ有りません〉省吾は心のなかで呟く。
ここを曲がれば確かヤッチンの家、天ぷら屋だ。
 小学校の帰り道、いつもサーチンと立ち寄っていた。天ぷらを揚げる音と油の匂い。串刺しのジャガイモを食べた。そうだ、天ぷらにソースをいっぱいつけたやつだ。そしてヤッチンの親のエロ雑誌を盗み見、裸の女に目を輝かせていた。
あっ、ない、ない、ないよ。ヤッチンの家がない、新しい家並みだ。様変わり、省吾は数えるように表札を読んでいく。
〈佐藤、田中、鈴木、あれぇ? 〉ヤッチンの家がない。〈森、福田、あれぇ? 〉
「歴代の首相か」今度は声に出して言った。ヤッチンの家は音も匂いも形も無くなっていた。
 次はサーチンの染工場、あった、あった、あったよ。隣にサーチンの家もそのまんま。
力道山のプロレスをテレビでみせてもらったっけ。おおきな家、前栽(せんざい)、長い
廊下があった。異国ムードの応接室の中に家具みたいなテレビ、そのなかに力道山がいた。
衝撃、衝撃、すべてが衝撃だった。力道山の強さは本物、憧れ。サーチンは、力道山のタ
イツを真似、白パッチを黒に染め、得意がっていた。
 省吾はそのまま旧のバス道に出た。残された田んぼに稲穂、黄金色がたわわだ。こちらは昔のままに稲木干しの田んぼ。省吾はお百姓さんのように煙草をくゆらす。遠くを見る。
省吾は黄金色を切り取った断片を探るように追想する。
「やっ、しゃあないな」と、母は省吾の布団を稲木のように干していた。
「実りの秋やでぇ」と、祖母の声が、
「白いご飯が食べられるのもお百姓はんのおかげやでぇ」となおも聞こえたような気がする。
いつのまにか、今朝の朝日が夕日に落ちて、稲刈りまえの田んぼにトンボの群れが湧いている。デジャブとジャメブの狭間に凪いでいくトンボたち、君たちもミトコンドリア・イブからの遺伝子の旅さなかだ。

ーー稲刈り休み
 昔々、こんな歌があった。♪田舎のバスはおんぼろ車・・・♪まだバスに車掌さんがいた頃の話だ。そんな歌と同じようなことがあったのだ。
田舎のバスは顎を突き出しキョロキョロ走る。そして、何時でも何所でも停まる。田舎のバスはお尻をフリフリ、モンローみたいに走る。省吾は十円玉をしっかり握りしめ、バスに乗る。そして、車掌さんから切符を買う。
「切符なくしたらアカンよ」お祖母ちゃんが言う。
「うん」。
省吾は切符を宝物のように握りしめる。そして、窓の外を見る。黄金色に輝いた田んぼ、
その中を縫うように田舎のバスは走る。
「白いご飯がいただけるのもお百姓さんのお蔭や」田んぼを見ながら、お祖母ちゃんが言う。
それから、
「省ちゃん、実りの秋や、何もかも旬や」お祖母ちゃんの口癖だ。
「うん」その意味は分からなかったが、何となくいい事の意味なんだろうと曖昧に感じていた省吾。
 その時、その時だ。バスが停まる。クラクションが鳴っている。
「モオ~」牛が大きな欠伸をするように啼く。道の真ん中に牛がいるのだ。バスはもう一回クラクションを鳴らす。「プワァ」と。
牛がバリトンで欠伸をした。クラクションが鳴る。牛の鳴き声とクラクションの音が、田んぼじゅうまで、高い青空まで、
「モオ~、モオ~」「プワァ、プワァ」と響き渡る。
車掌さんがバスから降りて、牛を田んぼへ連れていく。田舎のバスの車掌さんは切符を売るだけじゃないんだ、牛だって退かすんだ。
 オレンジ色の香りのなか、田園風景が拡がって、風と一緒に黄金色の波になっていく。
「実りの秋やね、何もかも旬や」お祖母ちゃんは確かめるようにもう一度言う。
「そうや、そうや」と省吾。お祖母ちゃんとバスに乗って近鉄T駅まで行く。
 バスを降りて、省吾とお祖母ちゃんは明るく賑やか、宝石箱ひっくり返したような商店街へ出た。お菓子屋から、おもちゃ屋、ほこ焼き屋、天ぷら屋、なんでもあった。あっ、そう、「ほこ焼きって? 何で? 」
「ほこっとするから、ほこ焼き」お祖母ちゃんは答えた。回転焼きのことだ。
 そんな商店街のなかほど、ひときわ明るくきらめいていた映画館。大きな「水戸黄門」
のタイトル看板。主演:月形龍ノ介。省吾は心踊った。
その日、省吾はジャイアンツの新品の野球帽を被っていた。前々からほしかった帽子。や
っと買ってもらった。もちろん、初めての映画を見る時は、その帽子を初めて被るって決
めていた。昨晩、お祖母ちゃんにジャイアンツのマークを縫い付けてもらった。お祖母ち
ゃんと手をつないで映画館の入り口へ。その時、
「ボク、ジャイアンツのマーク逆さまや」入り口のおっちゃんに言われた。
「えっ、えっ、何て? 」省吾は帽子を脱いで見た。そして、
「お祖母ちゃん! 」と顔を赤らめ、つないでいた手をはなした。
「省ちゃん、ゴメンなぁ、ゴメンなぁ、ゴメンなぁ」明治生まれのあんなに気丈だったお祖母ちゃん。それなのにお祖母ちゃんは曲がっている腰をなおも深く屈め、省吾にあやまった。映画を見ているうちに、省吾の気まずい思いはすっかり吹っ飛んだ。
帰り道、お祖母ちゃん、あんなに腰曲げて、水戸黄門の印籠、見えたんかな。省吾はそう思っていた。

 こんなところに道標あったっけ、小学校へ行く道に鎮座するかのように古い漢字で彫られた大字小字(おおあざこあざ)。その標石は花崗岩で出来ているのだろう。
花崗岩の成分は? 「ヨォッヲ、石英、、長石、黒雲母」省吾はクスッと笑ってしまう。
ここから坂道を上がったところに土管があった。省吾が少年ジェットのスーパーコルトを隠していた場所だ。もう六十年も前の話しだ。今でもあるかな? あるはずがない。
でも、省吾はデジャブとジャメブの狭間を探るように行ってしまう。使命感、行かなければならないのだ。
 ああなって、こうなって、こうなるよ、あれぇ、ならない、ならない。人生はそうだったね。省吾の心は内々にある。見たもの、いま見るもの、次に見るもの。聴いたもの、ちょうど聴くもの、追って聴くもの。混沌、混沌。懐かしい匂い、まぶな匂い、やがて来る匂い。味わったもの、リアルに味わうもの、いつかは味わうもの。すべて混沌、混沌。前世に触れたもの、今世に触れるもの、来世に触れるもの。すべて心の内。とどまって吐き出す術さえ持たぬキリギリスのように。

ーー木枯らし
 ある日、二上山から木枯らしがやって来た。風小僧のようにやって来た。
小学校のグランド、昼休み、皆んないた。男の子も女の子も、高学年も低学年も、先生だって、それぞれの声が飛んでいく。
それ吹け やれ吹け どんと吹けーー 省吾は風小僧の歌をうたいながら陣取りに興じた。
「ウーヤーター 」とサーチンが少年ジェットのように地を唸らせる。そして、その後、
「目標はヤマ先(山崎先生)の二上山、ヤッチン、触れ、触れや」と叫んでいく。
「えっ、」省吾が言うやいなや、ヤッチンが弾きだされたようにヤマ先の胸めがけタッチしにいく。何も知らず、先生は逃げる、逃げる、
「ショーチンもいけ」省吾は戸惑う。ヤマ先逃げろ、逃げろと思いながらも省吾は追いかける、ヤッチンも追いかける。ヤマ先は逃げ通した。ヤマ先のふくよかな胸、省吾の密かな宝物は無事だった。あぁ、良かった、と省吾は思った。
 そのあと、省吾らは赤ら顔で教室に入る。理科の授業だ。ヤマ先が黒板に花崗岩の成分を<石英、長石、黒雲母>と書いていく。 
ヤマ先が言う。黒板の石英を指さし、
「セキエと読みます」
ヤマ先が「ハイ」と言えば、皆がセキエと唱和する。
長石、「ハイ」、皆がチョウセキとーー 。
「黒雲母、コクウンモ」
「コクウンコ、黒いうんこや」サーチンが言う。皆がどっと笑う。
「立っときなさい」
サーチンが廊下に立つ。立ちながら授業を聞く。    
「サーチン、いつも立ってるし」シーチャンの言葉に、皆、笑った。
それから、それからだ。省吾、ヤッチン、サーチン、シーチャンが事あるごと、手をつなぎ、輪になって、「ヨォッヲ、セキエ、チョウセキ、コクウンモ」、「ヨォッヲ、セキエ、チョウセキ、コクウンモ」、「ヨォッヲ、セキエ、チョウセキ、コクウンモ」と調子をつけ、三回唱和し始めたのは、その後いつも大笑いをしていたのは。
「やるか」「やる、やる」、「ヨォッヲ、石英、、長石、黒雲母」と。
省吾らにとって、その言葉は月光仮面の二丁拳銃のようにサタンを蹴散らしていく。勇気百倍だ、正義の勲章だった。
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