第1話
文字数 1,693文字
今同居中のこいつとの出会いは、ほんの偶然だった。
いや、ある意味運命的だったとも言えるか。
その日俺は、交際二年、同棲半年の彼女に突然フラれた。
「同棲でもしたら、もうちょっと甘い空気になるかと思ったのに。ただの冷たい人とずっと一緒にいるとか、ほんともう無理」だそうだ。
知るか。
勝手に俺に幻想抱いて、勝手に幻滅してんじゃねえよ。
金さえあれば、ちょっと背伸びして高級なバーにでも行って飲んだくれたいところだが、給料日前でかつかつな俺にはコンビニの駐車場くらいがお似合いだ。
コンビニの照明を背に、かれこれ一時間ほどしゃがみ込んだまま。すでに何缶目かもわからぬ酒の缶をプシュっと開けると同時に、喉を鳴らして一気に流し込む。
「ああっ、クソっ。全っ然酔えねえ」
酒に強いことだけが自慢だったのに、そんな自分をこれほど呪うことになるとはな。
自虐的な笑みが漏れるのと同時に、コンビニの店内に煌々と灯る照明が一瞬明滅する。
――誰かに見られている。
そんな直感に導かれるようにして視線を通りの方へと向けると、妖艶なオッドアイがじっと俺の方を見つめていた。
いつからいたんだ、あいつ。
綺麗に整えられたロングヘアで、ミステリアスな空気を纏ったあいつは、まるでアピールするかのように俺の顔をじっと見つめたままゆっくりと通りすぎていく。
まるで「ついていらっしゃい」とでも言うかのように。
自分の意思とは無関係に立ちあがると、俺はふらふらとあいつのあとを追った。
コンビニの明かりが届かないところまで歩いたとき――。
ガシャーン!!!!
背後で爆音がして、恐る恐る振り返る。
俺が先程までしゃがみ込んでいたコンビニの店先に、一台の大型トラックが突っ込み、頭の部分が完全に店内にめり込んでいた。
全身の血が凍るような心地というのは、まさにこういう感覚のことか。
俺の中の冷静な部分が、冷静に分析する。
「おまえ……ひょっとして、俺を助けてくれたのか?」
視線を目の前にいるあいつに戻してそう声をかけると、ロングヘアをなびかせるようにして、俺の前から軽やかな足どりで走り去った。
そんなあいつを、俺はただ呆然と見送ることしかできなかった。
「ったく、一体なんだったんだよ」
がしがしと頭をかくと、俺はそのまま帰路についた。
一夜明け、スマホで昨夜の事故のことを調べてみた。
どうやら運転手は、店に突っ込む前に発作で意識を失っていたらしい。
今になって手が震えてくる。
あいつが俺の前に現れなければ、きっと俺はトラックと店の間に挟まれて……。
恐ろしい光景が頭の中をよぎるのを、ぶるっと頭を振るってかき消した。
あいつにどうしてもきちんとお礼がしたくて、それから毎日のように俺はあの事故現場のコンビニ付近をうろついた。
どこの誰かもわからないのに。
もう一度会えたとして、それが本当にあのときのやつなのかわかるかどうかも怪しいのに。
一体俺はなにをやってんだろうな。
自虐的な笑みが、口元に浮かぶ。
するとそのとき。この前と同じような視線を感じて、俺はそっと視線をそちらの方へと向けた。
「おまえ。ひょっとして、あのときのやつか?」
印象的なオッドアイの視線が、俺の顔をとらえている。
「その……この前は、本当に助かった。ありがとな。それから、これは心ばかりの礼だ。できれば受け取ってほしい」
俺は、あいつと視線の高さを合わせるようにして腰をかがめた。
「みゃ~お」
「それは……肯定と取っていいんだよな?」
缶の蓋を開け、目の前に置いてやると、ふんふんと匂いをかいだあと、うまそうに食べ始めた。
「おまえにもらった恩は、こんなもんじゃ返せないけどな」
そっと頭をなでてやると、
「みゃ~お」
もう一度あいつが甘えるような声で鳴いた。
「なんだ。ひょっとしておまえ、家がないのか?」
うるんだ瞳で、俺のことをじっと見上げてくる。
「ったく。しょうがねえなあ。俺んとこ来るか」
いつかペットを飼いたいからとねだる元カノの意見で、ペット可の物件にして正解だったな。
緩んだ口元を誰にも見られまいと、俺は慌ててキュッと引き結んだ。
いや、ある意味運命的だったとも言えるか。
その日俺は、交際二年、同棲半年の彼女に突然フラれた。
「同棲でもしたら、もうちょっと甘い空気になるかと思ったのに。ただの冷たい人とずっと一緒にいるとか、ほんともう無理」だそうだ。
知るか。
勝手に俺に幻想抱いて、勝手に幻滅してんじゃねえよ。
金さえあれば、ちょっと背伸びして高級なバーにでも行って飲んだくれたいところだが、給料日前でかつかつな俺にはコンビニの駐車場くらいがお似合いだ。
コンビニの照明を背に、かれこれ一時間ほどしゃがみ込んだまま。すでに何缶目かもわからぬ酒の缶をプシュっと開けると同時に、喉を鳴らして一気に流し込む。
「ああっ、クソっ。全っ然酔えねえ」
酒に強いことだけが自慢だったのに、そんな自分をこれほど呪うことになるとはな。
自虐的な笑みが漏れるのと同時に、コンビニの店内に煌々と灯る照明が一瞬明滅する。
――誰かに見られている。
そんな直感に導かれるようにして視線を通りの方へと向けると、妖艶なオッドアイがじっと俺の方を見つめていた。
いつからいたんだ、あいつ。
綺麗に整えられたロングヘアで、ミステリアスな空気を纏ったあいつは、まるでアピールするかのように俺の顔をじっと見つめたままゆっくりと通りすぎていく。
まるで「ついていらっしゃい」とでも言うかのように。
自分の意思とは無関係に立ちあがると、俺はふらふらとあいつのあとを追った。
コンビニの明かりが届かないところまで歩いたとき――。
ガシャーン!!!!
背後で爆音がして、恐る恐る振り返る。
俺が先程までしゃがみ込んでいたコンビニの店先に、一台の大型トラックが突っ込み、頭の部分が完全に店内にめり込んでいた。
全身の血が凍るような心地というのは、まさにこういう感覚のことか。
俺の中の冷静な部分が、冷静に分析する。
「おまえ……ひょっとして、俺を助けてくれたのか?」
視線を目の前にいるあいつに戻してそう声をかけると、ロングヘアをなびかせるようにして、俺の前から軽やかな足どりで走り去った。
そんなあいつを、俺はただ呆然と見送ることしかできなかった。
「ったく、一体なんだったんだよ」
がしがしと頭をかくと、俺はそのまま帰路についた。
一夜明け、スマホで昨夜の事故のことを調べてみた。
どうやら運転手は、店に突っ込む前に発作で意識を失っていたらしい。
今になって手が震えてくる。
あいつが俺の前に現れなければ、きっと俺はトラックと店の間に挟まれて……。
恐ろしい光景が頭の中をよぎるのを、ぶるっと頭を振るってかき消した。
あいつにどうしてもきちんとお礼がしたくて、それから毎日のように俺はあの事故現場のコンビニ付近をうろついた。
どこの誰かもわからないのに。
もう一度会えたとして、それが本当にあのときのやつなのかわかるかどうかも怪しいのに。
一体俺はなにをやってんだろうな。
自虐的な笑みが、口元に浮かぶ。
するとそのとき。この前と同じような視線を感じて、俺はそっと視線をそちらの方へと向けた。
「おまえ。ひょっとして、あのときのやつか?」
印象的なオッドアイの視線が、俺の顔をとらえている。
「その……この前は、本当に助かった。ありがとな。それから、これは心ばかりの礼だ。できれば受け取ってほしい」
俺は、あいつと視線の高さを合わせるようにして腰をかがめた。
「みゃ~お」
「それは……肯定と取っていいんだよな?」
缶の蓋を開け、目の前に置いてやると、ふんふんと匂いをかいだあと、うまそうに食べ始めた。
「おまえにもらった恩は、こんなもんじゃ返せないけどな」
そっと頭をなでてやると、
「みゃ~お」
もう一度あいつが甘えるような声で鳴いた。
「なんだ。ひょっとしておまえ、家がないのか?」
うるんだ瞳で、俺のことをじっと見上げてくる。
「ったく。しょうがねえなあ。俺んとこ来るか」
いつかペットを飼いたいからとねだる元カノの意見で、ペット可の物件にして正解だったな。
緩んだ口元を誰にも見られまいと、俺は慌ててキュッと引き結んだ。