Welcome to the Earth

文字数 2,000文字

『お土産なにがいい?』
『特産品なんかないだろ』
『水耕栽培レタスとか人工肉;-)』
『いらない』
『キーホルダーは? 億万長者とおそろいだ』

友達が宇宙(そら)からやってくる。
ケイトははじめての宇宙育ちだ。
オレも所在地を火星に設定してたけどさ。まさか本当に宇宙人とはね。
ケイトの実家、国際宇宙シティは低軌道上にある研究施設だ。観光客を受け入れて資金を稼いでいるけど、基本的に未成年はいない。
本来は妊娠中に地球に帰るルールだ。隕石と人工衛星の衝突で発生したデブリのせいで帰れなくなんだ。動物実験では宇宙育ちに大きな問題がみられていないことから、事故収束後も特別に宇宙シティへの居住が許された。
長期プロジェクトに参加していた両親の意向だ。だから子供には地球へ行く権利が保障されている。そして15才になってすぐに権利を行使した。
しかも旅行じゃない。引っ越してくるのだ。
オレの住む街に。
オレの話しだけで決めていいのか、不安になる。

あいつはスマホとお土産の2つだけ持って地球にやってきた。
オレは画面越しにあいつの到着を見守る。
燃える放物線を描いて、大気圏を行く帰還船。
パラシュートで減速し海へと着水。
迎えの船が到着し、引っ張り上げられている。
ジェットコースターどころか車すらのったことがないのだ。
青白い顔になっているが、目だけは輝いていた。

すぐに会えないのはわかっていた。まずは医療研究センターに滞在する。
いまだ重力装置は存在していないし、遠心力による擬似的な重力実装計画も頓挫したままだ。
初めての1G。
筋力トレーニングはハードだろうな。
歓迎レセプションはもっと後になるらしい。
オレは港で遠くからあいつを見送った。

『自信はあったんだよ! アスレチックの世界記録だってもってるし!』
『無重力のコースだろ。最高の菓子送ってやるから頑張れ』

重力下ではまともに歩くことさえできなかったらしい。そもそも宇宙では地上のようには歩かない。覚えることが山積みだった。

『プールだとかなり楽。でも水苦手:_(』
『youw.com/xyxz.536tm』
『一緒! みんな毎日顔洗ってるとか信じらんないし』
『顔は洗え3歳児。溺れないから』
『シートで拭くからいいの!』

風邪を引いたり、骨折したりで度々トレーニングをやり直していた。

『やばい。ハンバーガー旨くない。糖と脂肪は身体が夢中になるって教科書にあったよ? 私が今まで食ってたのはなんだったんだよ』
『腸内細菌の違いかも。そのうち慣れるよ』
『お前の腸内細菌叢(フローラ)をよこせ』
『やべぇ』
『ラーメン食いたかったのに無理そう』
『ヴィーガンラーメン食わせてやるから。心配すんな。世界中のマクドナルドを巡ればお気に入りがみつかるさ』

順調にステップを上がり始めたところで、また困難に直面した。
アレルギー体質だったが、ブタクサアレルギーは特にひどくて、せっかくの外出が難しくなった。

『植物の繁殖力がすごいのは習ったけどさ。シティのやつらが懐かしい』
『芝刈りからおしえてやるよ。虫にも慣れないとな』
『xxxxxxxx!!!!!!
『XDDD』

背が縮んで、日差しで肌は真っ赤になるけど、骨は順調に丈夫になっていった。

『1番繁栄しているのって微生物だね。マジで』

アレルギーと感染症対策のせいで面会すらできないまま、オレは進学で医療研究センターから4000キロ離れた大学に行くことになった。

『バク転ができるようになったら見に来てよ』
『いつになるんだよ』
『地球人はすごかったんだね。アクロバットなんて余裕だと思ってたよ』
『すごいのは一部の人な。オレ泳げないし』
『勝った!』

地球歴二年。
これは快挙だ。
『親が悪く言われるのは嫌だしね』
あいつは地球の猛威に打ち勝ったんだ。
『海に行こう! シエスタキービーチ!』
『やめとけ。砂浜は世界で一番歩きにくいんだぞ』
宇宙空間(スペース)以上に歩きにくいところなんかありません』
『日陰がないんだぞ。焼け死んだらどうするんだ』
『大丈夫! 超強力な日焼け止め塗ってるから。もらったキャップもかぶっていくし;-) 』
『夜にしよう』
『やだよ>:( 1日中遊ぶんだ』

思い立ったら即行動するやつだから。
オレが目に入った途端、走り出すに決まってる。

『早く来すぎちゃった』
『2時間前だぞ馬鹿!! 近くの店の中で待ってろ』
『人混みの方がリスキーだよ』
『座って待ってろよ』

念入りに身体を洗ったし、気休めだけど自己隔離もしてきた。

『平気だって、もう暑さには慣れてるよ』

友達と外で遊ぶ楽しさをまだちゃんとわかってないんだ。

『鳥怖っ』

はしゃいでもいいように、飲み物も頭痛薬も解熱剤も、消毒液だって持ってる。

『固い肉が旨く感じるようになったんだよね』

返信する余裕がない。
息が上がる。
オレの方が熱を出しそうだ。

ケイトは見通しのいい場所にいた。
自分にも同じキャップを買ったのが恥ずかしい。

千切れそうなほど、キーホルダーが揺れる。


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