第2話
文字数 1,255文字
いつになく暑い日だった。
それもそのはず、今は夏休み真っただ中。
子供たちが魚の群れのように目の前を駆け抜けて行った。近所の市民プールにでも行くのだろうかビニールのカバンをぶんぶん振り回していた。
私は汗を拭ってそれを見届ける。
毎日の日課になっている散歩もこの時間だと流石に暑くなってきた。散歩の時間もそろそろ早朝に変えなければ、いつか熱中症で倒れてしまいそうだ。
そう思いつつも、朝早くから起きて歩く気にならず出発は9時を過ぎてしまい、結局こうやって文句を垂れながらも散歩に勤しむのだ。
「……プールか」
走り去っていった子供たちの方角を見ると蜃気楼で建物が逆さまになっていた。
ぐにゃり、ゆらゆら気色の悪い景色。
私は誘われてしまったのだろうか少し遠回りになってしまうが市民プールの前を通って帰ろうと思い立って、足を向けた。
しばらく道なりに歩いていると駄菓子屋の看板が見えてきた。そこを境に三又になっており、三又通りなどと呼ばれている。安直だが私はその言葉の響きが好きだった。
駄菓子屋の店主は奥でいつも居眠りしているのが常で、例に漏れず今日もそうらしい。
店先には自動販売機とその隣にベンチ……。
なんてことは無い、通り過ぎようとした時だった。
「……目が合った」
声が聞こえて、足が凍りついた。
ゆっくり顔を向けると自動販売機の横にあるベンチに少年が腰掛けている。今さっきまではいなかったはずの少年は項垂れながら言葉を発していた。
「目が合ってたよね、あのとき」
少年は水の中で話すときの様な不明瞭な声で私に尋ねる。
あのとき………。頭の中で魚が飛沫を上げて飛び上がった。
あの時とは、あの日のことだろうか。あれは悪い夢だったのだと自分の中で折り合いをつけていたあの。
櫓のてっぺんに水槽が置いてあって、そこには魚がもがいていた。まさに白昼夢のような出来事だった。
私にはそれが魚のように見えていたが、漂ってくる匂いはずっと放置した水槽のような生臭い匂いだった。何かがおかしいとは思っていた。
私が見たそれは現実をそのまま投影したものではなく、私が壊れてしまわないように都合よく脳が脚色を加えたのかもしれない、そう考えることも出来た。
つまりは、あの魚の正体は少年だったのだ。友人は昔からそういう風習があると、当たり前のように言っていたし、私もそういうものだと無理やり飲み込むしかない。
「助けてくれなかったね」
ごぼごぼと息を吐きなら少年は言った。
私は少年の首筋あたりを見ながら答える。
顔を見て……いや、厳密に言えばその少年の目を見てしまえば、たちまち闇に飲まれてしまいそうな予感がしていた。
「な、何言ってるの?」
少年は、あの日溺れて供物となったはずだ。
見てたのに、とゆっくりと少年は顔を持ち上げる。
「僕、見てたのに……」
顔を上げた少年と目が合う直前、目眩がした。
ぐらりと足元が沈む。
咄嗟に頭を抱えてしゃがみ込んだ時、少年の足が見えた。
歪む視界に生白い足が近づいてくる。
「死んじゃった」
足首には鱗のような模様が見えた気がした。
「僕、死んじゃったよ」
それもそのはず、今は夏休み真っただ中。
子供たちが魚の群れのように目の前を駆け抜けて行った。近所の市民プールにでも行くのだろうかビニールのカバンをぶんぶん振り回していた。
私は汗を拭ってそれを見届ける。
毎日の日課になっている散歩もこの時間だと流石に暑くなってきた。散歩の時間もそろそろ早朝に変えなければ、いつか熱中症で倒れてしまいそうだ。
そう思いつつも、朝早くから起きて歩く気にならず出発は9時を過ぎてしまい、結局こうやって文句を垂れながらも散歩に勤しむのだ。
「……プールか」
走り去っていった子供たちの方角を見ると蜃気楼で建物が逆さまになっていた。
ぐにゃり、ゆらゆら気色の悪い景色。
私は誘われてしまったのだろうか少し遠回りになってしまうが市民プールの前を通って帰ろうと思い立って、足を向けた。
しばらく道なりに歩いていると駄菓子屋の看板が見えてきた。そこを境に三又になっており、三又通りなどと呼ばれている。安直だが私はその言葉の響きが好きだった。
駄菓子屋の店主は奥でいつも居眠りしているのが常で、例に漏れず今日もそうらしい。
店先には自動販売機とその隣にベンチ……。
なんてことは無い、通り過ぎようとした時だった。
「……目が合った」
声が聞こえて、足が凍りついた。
ゆっくり顔を向けると自動販売機の横にあるベンチに少年が腰掛けている。今さっきまではいなかったはずの少年は項垂れながら言葉を発していた。
「目が合ってたよね、あのとき」
少年は水の中で話すときの様な不明瞭な声で私に尋ねる。
あのとき………。頭の中で魚が飛沫を上げて飛び上がった。
あの時とは、あの日のことだろうか。あれは悪い夢だったのだと自分の中で折り合いをつけていたあの。
櫓のてっぺんに水槽が置いてあって、そこには魚がもがいていた。まさに白昼夢のような出来事だった。
私にはそれが魚のように見えていたが、漂ってくる匂いはずっと放置した水槽のような生臭い匂いだった。何かがおかしいとは思っていた。
私が見たそれは現実をそのまま投影したものではなく、私が壊れてしまわないように都合よく脳が脚色を加えたのかもしれない、そう考えることも出来た。
つまりは、あの魚の正体は少年だったのだ。友人は昔からそういう風習があると、当たり前のように言っていたし、私もそういうものだと無理やり飲み込むしかない。
「助けてくれなかったね」
ごぼごぼと息を吐きなら少年は言った。
私は少年の首筋あたりを見ながら答える。
顔を見て……いや、厳密に言えばその少年の目を見てしまえば、たちまち闇に飲まれてしまいそうな予感がしていた。
「な、何言ってるの?」
少年は、あの日溺れて供物となったはずだ。
見てたのに、とゆっくりと少年は顔を持ち上げる。
「僕、見てたのに……」
顔を上げた少年と目が合う直前、目眩がした。
ぐらりと足元が沈む。
咄嗟に頭を抱えてしゃがみ込んだ時、少年の足が見えた。
歪む視界に生白い足が近づいてくる。
「死んじゃった」
足首には鱗のような模様が見えた気がした。
「僕、死んじゃったよ」