第11話 無人の町①
文字数 1,574文字
車はみずほ町に入った。
なだらかな丘陵に囲まれた田園風景を、正語 はしばし楽しんだ。
(たまには、こういう道走るのも悪くないな)
昔この辺り一帯は、瑞穂村 と呼ばれていた。
昭和の市町村合併で周囲の村々と併合されて、みずほ町になった。
東京に同じ地名があったために、ひらがな表記となった。

「クラスメートだった岡本涼音 を覚えているか?」
車を走らせながら正語が、秀一 にきいた。
「その子の父親は娘の学費をおまえの兄 ちゃんに借りてたみたいだな。そのことでトラブルになってたらしいぞ。知ってたか?」
正語の父親が寄越してきた『容疑者リスト』の筆頭は岡本幸雄 だった。
鷲宮一輝 は亡くなった日の朝、岡本と大げんかしているところを目撃されている。
金を貸した挙句殴られたのでは割に合わないが、いったい二人の間に何があったのか——。
窓にもたれていた秀一は身を起こした。
「……涼音は優等生だし……いつか、町の役に立つ人材になるから、投資は惜しまないって、兄さんは言ってた……涼音のお父さんと兄さんは仲が良かったし、トラブルなんてなかったと思う」
物憂げに言う秀一を、正語は横目で見た。
(まだ具合が悪いのか?)
インターを降りたあたりから、秀一の様子がおかしかった。
「新しい町長の冴島 と会ったことは、あるか?」
秀一はえっ?という顔で、こちらを見た。
「去年の秋の選挙で、この町の町長が変わったそうだ」
「……秀 じい、町長、辞めちゃったんだ……」
秀一は寂しそうにぽつりと言った。
「一輝さんは冴島が町長になることを反対してたみたいなんだが、何か聞いてないか?」
秀一は考え込む時のいつものクセで、微かに首を傾げて眉を寄せてきた。
正語はこの仕草を見るたびについイラッとしてしまう。
(可愛すぎるだろ!)
「……冴島さんのことは知らないけど、秀じいに会ったら聞いてみるよ。秀じいはオレの名付け親なんだ」
『容疑者リスト』の二番目が新町長の冴島だった。
一輝は冴島の町長選出馬を辞退させようとしていたというが、その理由を明かす前に亡くなった。
一輝のスマホは液晶が粉々に割られた状態で見つかっている。
中に人に知られたくないデータでもあったのか?
それがなぜ一年近く経った今、出てきたのか——犯人にとってはもう無意味なものになったのか?
「おまえは誰が、一輝さんのスマホを神社に置いたんだと思う?」
「真理子さんだと思う」
即答だった。秀一のキッパリした物言いに少し驚いた。
何か根拠があるのか?
「真理子って、一輝さんが不倫してた女か?」
秀一は、真っ赤になってうなずき、そのままうつむいた。
「本人は否定しているみたいだぞ。何か知っているのか?」
「……真理子さん、恥ずかしくって、言えないんだよ……と、思う……」秀一は絞り出すように小さく言った。
「何が、恥ずかしいんだ」
「……好きな人の物を、持っていたかっただけなのに……こんなに大騒ぎになったから……」
(こいつ、乙女か!)
「だから正語も、捜査とか真剣にやっちゃダメだよ……真理子さんが、かわいそう……そっとしておいてあげて」
(……そうか……乙女なのか……)
正語の肩から力が抜けた。
そのまま、無言で車を走らせた。
町の中心部が近づいてきたのか、建物が増えてきた。
だが人の気配はなく、通る車も全くなかった。
(ここまで人気がないと、どうも不気味だな)
「あの信号を右に曲がって、公民館で降ろして」と秀一が正面を指差した。「テニスコートは公民館の裏にあるんだ」
(人口二千程度の町って、こんなものなのか?)
正語は当たりを訝った。秀一に言われまま右折した。
右折した先には、赤茶色の壁に青い屋根の洋館が建っていた。
みずほ町唯一の公民館『みずほふれあいセンター』は、小さな田舎町には不釣り合いな壮麗な建物だった。
なだらかな丘陵に囲まれた田園風景を、
(たまには、こういう道走るのも悪くないな)
昔この辺り一帯は、
昭和の市町村合併で周囲の村々と併合されて、みずほ町になった。
東京に同じ地名があったために、ひらがな表記となった。

「クラスメートだった
車を走らせながら正語が、
「その子の父親は娘の学費をおまえの
正語の父親が寄越してきた『容疑者リスト』の筆頭は
金を貸した挙句殴られたのでは割に合わないが、いったい二人の間に何があったのか——。
窓にもたれていた秀一は身を起こした。
「……涼音は優等生だし……いつか、町の役に立つ人材になるから、投資は惜しまないって、兄さんは言ってた……涼音のお父さんと兄さんは仲が良かったし、トラブルなんてなかったと思う」
物憂げに言う秀一を、正語は横目で見た。
(まだ具合が悪いのか?)
インターを降りたあたりから、秀一の様子がおかしかった。
「新しい町長の
秀一はえっ?という顔で、こちらを見た。
「去年の秋の選挙で、この町の町長が変わったそうだ」
「……
秀一は寂しそうにぽつりと言った。
「一輝さんは冴島が町長になることを反対してたみたいなんだが、何か聞いてないか?」
秀一は考え込む時のいつものクセで、微かに首を傾げて眉を寄せてきた。
正語はこの仕草を見るたびについイラッとしてしまう。
(可愛すぎるだろ!)
「……冴島さんのことは知らないけど、秀じいに会ったら聞いてみるよ。秀じいはオレの名付け親なんだ」
『容疑者リスト』の二番目が新町長の冴島だった。
一輝は冴島の町長選出馬を辞退させようとしていたというが、その理由を明かす前に亡くなった。
一輝のスマホは液晶が粉々に割られた状態で見つかっている。
中に人に知られたくないデータでもあったのか?
それがなぜ一年近く経った今、出てきたのか——犯人にとってはもう無意味なものになったのか?
「おまえは誰が、一輝さんのスマホを神社に置いたんだと思う?」
「真理子さんだと思う」
即答だった。秀一のキッパリした物言いに少し驚いた。
何か根拠があるのか?
「真理子って、一輝さんが不倫してた女か?」
秀一は、真っ赤になってうなずき、そのままうつむいた。
「本人は否定しているみたいだぞ。何か知っているのか?」
「……真理子さん、恥ずかしくって、言えないんだよ……と、思う……」秀一は絞り出すように小さく言った。
「何が、恥ずかしいんだ」
「……好きな人の物を、持っていたかっただけなのに……こんなに大騒ぎになったから……」
(こいつ、乙女か!)
「だから正語も、捜査とか真剣にやっちゃダメだよ……真理子さんが、かわいそう……そっとしておいてあげて」
(……そうか……乙女なのか……)
正語の肩から力が抜けた。
そのまま、無言で車を走らせた。
町の中心部が近づいてきたのか、建物が増えてきた。
だが人の気配はなく、通る車も全くなかった。
(ここまで人気がないと、どうも不気味だな)
「あの信号を右に曲がって、公民館で降ろして」と秀一が正面を指差した。「テニスコートは公民館の裏にあるんだ」
(人口二千程度の町って、こんなものなのか?)
正語は当たりを訝った。秀一に言われまま右折した。
右折した先には、赤茶色の壁に青い屋根の洋館が建っていた。
みずほ町唯一の公民館『みずほふれあいセンター』は、小さな田舎町には不釣り合いな壮麗な建物だった。