第2話 再会

文字数 1,297文字

 彼女はにっこり笑い、僕にお辞儀をした。
でも黙ったまま、そしてドアを開けてくれた。
僕は静かに声を掛ける。
「ありがとう、ただいま」
彼女は微笑むだけ。そして振り返る。黒く長い髪がふわりと広がる。懐かしくやさしい香りが漂う。
黙って彼女は歩き、後ろの僕も黙って歩く。
 リビングの扉を開けられ、眩しい白い光に包まれた。
しばらくは目が慣れず、全てが白く見える。目を細めた。
次第に物の輪郭が見えてきた。
部屋の壁紙、観葉植物、テレビ、ソファー、テーブル。
彼女の姿は見えなくなっていた。奥のキッチンへ行ったのだろうか。
視線を感じて、そちらへ目を向けた。
「来てくれたのか。君も」
短い白髪を整え、背が高く、姿勢良く立つ、ダンディーという言葉がとても似合う男性がそこにいた。
彼が右手を差し出した。
「はい、ご無沙汰しています」
僕は笑って右手を出し、握手した。力強く、暖かい手の感触。安心感。
「ははは、そうだな」
僕の言葉をジョークのように受け止めたのか、彼は低く魅力的な声で笑った。
彼は彼女の父親だ。以前に何度かこの家で一緒に酒を飲み、話が盛り上がったものだ。
映画のワンシーンのように思い出された。
「こういう再会もいいものだな。これが幸せというものなのかな。ここにきてやっとわかった気もするな」
「お父さん、前にもそれを仰ってましたよ」
「お、そうだったか、繰り返して言ったとなると、それは嘘ではない、確かなことだといえるな。はっはっは」
たわいない会話であるが、しばらく忘れていた暖かさをそこに感じ、自分の存在も感じる。
しばらく、彼女の父親と会話が弾んだ。
「君がいてくれるおかげで、娘も幸せそうだよ。助かった。正直なことを言うと、以前は疑った気持ちも持ったこともある。でも、君の娘に対する愛情は本物だった。今にならないとわからないなんて、私は愚かだ。いや、人間は皆、愚かなものだな。こういう無駄を繰り返している」
「いえ、気持ちを表すことは難しいことなんですよ。いくら、どう言葉を駆使しても伝わらないこともある。それでも、伝えようとする思いを持ち続けることで、言葉で伝わらなかったものが、なぜか、いつの間にか伝わるようになる。不思議なものです」
「そうだな。むしろ、本当に伝えたいことは言葉を介さない方が伝わることもある」
「愛情の表現というものは、まさにそういうものの一つなのかもしれません」
「君はそれを、とてつもない長い時間をかけて証明したわけか。感心というか、そういう心の持ち主がいたこと、そんな心に出会えたことが私は単純に嬉しいよ」
「時間は関係ありません。時間は生きている間だけのスケールですから。大したことではありませんよ」
「そうか。少なくとも私は君のような心に出会ったことが無いし、あ、いや、妻以外にな。他の心は知りようもないからな」
「あら、私の話が出ましたか?」
横を見ると、彼女の母親がいつの間にか、優しい微笑みを浮かべ、父親の方を見つめていた。
「おう、君の話も出たんだ。いや、とにかく今は幸せだといいたい」
「そうですか。良かったわ」
「さて、娘の所へ行こうか。今も待っているはずだ」
「そうですわ。皆で早く行きましょう」

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