扇賢と魔紗

エピソード文字数 1,580文字

 爆発した砦の塔の半ば、崩れかけた場所から、一人の女が姿を現し、ゆるやかに空中を降りてきた。
「お前が、魔紗か」
 扇賢の前にゆっくりと降り立ち、そのまがまがしい美貌の女は、彼に優雅に一礼した。
「……はい。扇賢様」
「悪いが時間がない。……すぐに滅させてもらうぞ」
「そんなことおっしゃらないで。わたくし、あなた様のためにこの世に生れ出てきましたのよ。……そう……この姿がおいやなら」
 魔紗はぐにゃりと体の形態を変えた。その姿が暎蓮に変わる。しかし、それは、暎蓮の姿のはずなのに、目元からは『魔』と『邪気』の力があふれ、まがまがしかった。
「これなら、よろしくて?」
 扇賢は、黙っていた。
「今はまだ、この姿は『仮』ですけれど。『力』さえ手に入れば、……すぐに、あの女以上に、美しい見た目を手に入れて見せますわ。それなら、扇賢様も、わたくしを妻にしてくださるでしょう?」
「……禍紗はどこだ?」
 扇賢は、彼女の横を行き過ぎようとした。
「お待ちになって、扇賢様!」
 魔紗は、暎蓮の姿のまま、扇賢のその背に声をかけた。自身が着ている『斎姫』の衣装に、手をかける。
「いくらあの女と夫婦だといっても。しょせんは、ままごとのような暮らしでしょう。わたくしならば、……こんな衣装を着る女より、扇賢様が欲しいものすべてを手に入れて差し上げられる……そして、わたくしたち兄妹と永遠をともにすれば、この世界すべてを、そのお力で、牛耳ることもできますのよ」
 扇賢は、立ち止まった。魔紗に背を向けたまま、肩を落とし、はあ、とため息をつく。
「……『姿が美しい』とか、『ままごと』だとか。……俺にとっては、そういうのはどうでもいいことなんだよなあ」
 魔紗は、扇賢の背中を見つめた。
「俺は、暎蓮が『斎姫』だからだとか、美しいからだとか、それであいつに惚れたわけじゃないんだ。……初めて会った時、本能的に感じたんだよ。この女のすべてが欲しいと。この女だけが、俺の妻だ、と」
 扇賢は、魔紗を振り返った。その顔が、にやりと不敵に笑う。
「そして、俺が『すべてが欲しくなるような女』は、この世でただ一人、暎蓮だけだ」
 扇賢は、再び、崩れた塔に向けて歩き出した。
「悪いが、そういうことだ」
 それを聞いた魔紗の顔が、険しくなった。
「……女に、恥をかかせたわね」
 魔紗は、低い声で言った。その手を、ゆらりと、動かす。
 彼女の手先が、長刀に変わった。
「ならば、わたくしは、力であなた様を手に入れる。わたくしを拒むというのなら、……わたくしと、勝負なさい」
 扇賢が、顔だけで振り返る。
 その時、崩れた塔の高みから、地面に飛び降りて着地した影があった。
「扇賢様」
 ……王音だった。鎧は半分壊れかけ、武闘着も汚れ、あちこちが破れている。
「王音。……よくやってくれたな」
「まだ、終わってはいませんよ。……禍紗のところへ。この、『不愉快な女』は、わたくしにお任せください」
 王音は、『不愉快な女』というところに、力を込めて、言った。それに対し、扇賢は、大体なにがあったか予想がついたように笑った。
「ああ、頼んだぞ。……魔紗」
 扇賢が、魔紗を振り返った。
 魔紗が、まだ暎蓮の姿をして、扇賢を見る。
 扇賢は、軽口をたたいた。
「この女を怒らせたな。……悪いが、お前の命運は尽きたようだぞ」
 魔紗は、目の前にいる王音を睨みつけながら、扇賢に向けて、言った。
「言うだけ言っていらっしゃい。すぐに、あなた様は、わたくしのものになる」
「それはどうかな。……お前の言うところの、『ままごとみたいな生活』も、俺は、結構、気に入っているんだよ。……じゃあな。俺は、禍紗が待っているようなので、失礼する」
 扇賢はそう言うと、崩れかけた塔に向かって再び、歩き出した。
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登場人物紹介

桐 扇賢(とう せんけん)

十七歳。『玉雲国』国王にして、『天帝の御使い』、『五彩の虎』の性を持つ。

普段はがさつだが、武術と芸術には強い。単純な性格だが、恨みをあとに引きずらない。生涯の女性は暎蓮ただ一人と決めている。愛刀は『丹水(たんすい)』。

甦 暎蓮(そ えいれん)

二十四歳。扇賢の年上の妃で、『玉雲国』の『斎姫』も務める。扇賢に一途な愛を注ぐ。『傾国の斎姫』と呼ばれるほどの美貌で、狙われやすい存在。使う武器は、『破邪の懐剣』。

白点 彪(はくてん ひゅう)

十三歳。

街の『巫覡』であり、また『術者』。扇賢の街での弟分。温和な性格だが、戦いでは後には退かない。

暎蓮に生まれて初めての恋をする。

関 王音(せき おういん)

二十代後半。

扇賢のもと・武術の師で、『天地界』中に名を知られた武術家でもある。普段は扇情的な美貌とプロポーションを持った妖艶な女。だが、さっぱりした性格なので、過剰な色気はない。

扇賢から奪った愛刀、『散華(さんげ)』を持つ。夫、子供有。


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