第9話 そして出会う

文字数 1,249文字

 自分でも馬鹿なことをしていると思う。
ヤケクソになって、山に来るなんて命知らずにも程があると。
 しかしヤケクソになってどうして山だったのか。

 そういえば斉藤も以前、こんなことを言っていた。

「ここらはあまり一人になれるところがない、ということもあるんだろうかなぁ」

 斉藤は静かにたばこをふかして。

「皆、山に行って頭にきたことを冷やすみたいなんだな」

 晩冬の山は、着込んでいる自分でも寒かった。頭が本当に冷える。
理性的になるというより、命の危険に陥るのではと思うくらいだ。
 しかしそれでも和正は歩いていた。鈍い歩みではあったが止められなかった。

 細い枯れ枝をポキリと足で折る音。さめざめとした空気に響く鳥の鳴き声。
夜道を照らすのはスマホのわずかな明かりだけだ。
 いつどうなってもおかしくない。細い三日月の光が、上を見上げるとわずかに見えた。

 自分の息が異様に大きく聞こえる。寒い環境にいることで、体が疲労し、いろいろなシグナルが如実に感じるようになった。それにしても喉の渇いた犬よりも、ひどく喘いでいるように聞こえる息だ。
 不快すぎる……。

 足がふらりと動いた。前にすすめたはずなのに、千鳥足のようになり、和正は座り込んだ。
乾いた落ち葉の上だった。おかげで腰元は濡れなくて済み、ほっとした。

 動けそうにない、膝の裏から足にかけてがきゅうきゅうに苦しい。もう動きたくないと抗議の声を上げているようだった。

「何やってるんだ……」

 和正は呟いた。やけくそになったのは確かだ。
感情的になったのも確かだ。
まったくどうしてこうなったのか、誰か教えてくれ……。

 明確な夢を持って生きることに、辛くなったら、自分はどうすればいいのかと。
どうしたらいいのかと……。
 なんだろう、笑えば良いのか泣けば良いのか。
 自分の人生のこれまでは、全部、無駄だったのだろうか。


 深く昏い感情に陥りそうになる。
それはあまりに甘美だと思ってしまった、このまま……堕ちて……


その時だった。前方から、何かが近づく気配がした。
 野生、動物……なのかと思うほどに軽い足取りだった。
なんだと思わず身を強ばらせると……そこに。


「おや、大きな石がころがっているのかと思いましたが、お客様でしたか」


 声は落ち着いていて、懐の深さを感じさせる。
しかしその姿は、少女のような細さと可憐さがある。足下をあげた和服を着ている。


「君は……?」


 赤茶髪の短い髪の女性は、小さく微笑んだ。


「私は花芽(はなめ)……この近くの宿、月風庵の女中ですよ」


 冷たい夜風が吹く中、花芽の声は朗々と響く。


「もしよろしければ、月風庵へどうぞ……これも何かのご縁でしょう」


 花芽は和正に手を差し出す。その手にホッカイロがのっていた。
その、さりげない気遣いに、和正は……。

「はい……」

 何かに背中を押され誘導されるように、頷いていた。 
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登場人物紹介

雨音……お宿月風庵の女中。明るく優しい茶目っ気もある、女性。仕事は少し要領が悪い

花芽……月風庵の女中、雨音より先輩になる。体型は少女と言ってもおかしくないほどに幼さが残るが、雰囲気はとても落ち着いている。声フェチである。

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