セッティング

文字数 961文字

建物と建物の間の狭い空間、ほとんど余裕のないくらいぴったりとはまっている白いドア。申し訳程度のプランターが置かれた段差をひとつ超え、鉄製のノブをひねる。
ドアが開くと向こう側には、細長く薄暗い空間が広がっている。店内の照明は濃淡のある黃色や緑色で、深い藍色に塗られた木の壁をゆらゆらと照らしている。三つしかない座席は全て右側を向いており、奥まで続く、壁際に白い木箱の置かれたカウンターを挟んで調理場がある。
そこに立つ、毛先だけ淡い灰青の髪をうしろでひとつに束ねた、中性的な顔立ちの人物が、このカフェのマスターだ。
くるくると、細長いグラスをマドラーでかき混ぜる。ミルクの白の上に層になっていた紺の液体が、螺旋を描いて墜落するように下へ下へと混ざっていく。ゆっくりとマスターはマドラーを引き上げるが、グラスの中身は曖昧な薄青になった。
「……うーん、上手くいかないね」
細い眉を寄せ、マスターは残念そうに言った。グラスを持ち上げ、ひとくち飲んで顔をしかめてから、少し唸る。
「どうすればいいと思う?」
マスターは問いかけた。しかし、店内に人らしき影は他にない。
だが、どこからかそれに応える声が聞こえた。
「マドラーで混ぜるから、色も混ざるんだろう」
「でも、そうしないと二層になっちゃうよ」
「下だけ混ざるようにすればいい、そのあとゆっくり上に注げば、お前の思う通りになるだろうよ」
「なるほど!やってみるよ、アヴェースク」
ふん、と、カウンターの、出口に近いほうの端に置かれた、陶器の置物が鼻を鳴らした。リスの身体にコウモリの羽、かぎ爪と黒い身体を持つ、つやつやした姿。
アヴェースクと呼ばれたそれは、居場所であろう止り木から降りて、マスターの手元を覗き込むように近づいた。
「わあ、だめだよアヴェースク。お客さんが来たらびっくりしちゃうよ」
マスターはマドラーをグラスの上に置くと、傍に寄ってきた小さな陶器の身体を、両手で包み込むように持ち上げた。逃げようとぱたぱた暴れるアヴェースクの羽の根本を指で挟んで、止り木の上に掲げた。
……からん、ころん。
誰かの来店を告げる鐘が、控えめに鳴った。
「ほら、ちょうどだ。大人しくしてるんだよ」
マスターは手の中のものをそっと木に置くと、ドアの向こうからやってきた人影に、にっこりと笑いかけた。
「いらっしゃいませ」
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み