コーヒーショップで干支騒ぎ

文字数 2,778文字

 暮れも押し迫ったある日、ハムスターコーヒーの店内には客が居た。
「いのしし年、どうでした?」
 灰色ねずみのちゅー太は猪の親分に尋ねてみた。
「特に変わりは無かったな。君の方はどうなんだ? 来年はねずみ年だろ?」
「別に変わりありませんよー、しがないスーパーマーケットじゃ、ねずみ講にはなりませんから」
 ハムスターのマスターはコーヒーを出す。
「マスター、来年はねずみ年キャンペーンなんかするのかい?」
 首を傾げる猪の親分に、マスターは殺気すら滲ませる。
「するわけないじゃない。鼠算式に増えるのはうちの経費だけよ」
「だよねー」
 ちゅー太は笑いながらコーヒーをすする。
「……薄」
「そりゃサービス券のコーヒーは薄めアメリカンに決まってるでしょー」
 何故かコーヒーショップで綿菓子を頼んだ白うさぎのうさりんはレジを見遣る。
 ちゅー太はゆっくりと猪の親分を見るが、親分の視線はちゅー太から逃げてゆく。
「うさりん、それは言わないお約束」
「みんな知ってる公然の秘密じゃない」
 うさりんはクリスマス限定で見事に余ったらしいチェリーフレーバーの綿菓子をひとつかみ、隣に座る薄茶色くまのくまりんのコーヒーカップに放り込む。
「ちょっと!」
「チェリーとは名ばかりの謎フレーバーよ、砂糖の代わり!」
「なおさらそんな物入れないでよ!」
 うさりんとくまりんがそんなやり取りをしていると、犬がふたりやってきた。
「イタリアンのエスプレッソにチョコアイスとバニラアイス入れて―」
「ビスケットもセットで」
 マスターが犬達の注文の支度をしていると、小さな猫がやってきた。
「あ、ち―ねこちゃんだ」
 うさりんはケミカルチェリー風味のコーヒーをすするくまりんを押しのけ、出入り口の猫を見た。
「今日はお客さん多いね」
「そういえばそうだね」
 猫はうさりんの隣に腰を下ろした。
 マスターは犬ふたりに注文の品を出すと、慌ただしくカウンターに戻る。
「マシュマロココアひとつー」
「相変わらずコーヒー頼んでくれないわねぇ」
「だって苦いもん」
 猫とハムスターの奇妙なやり取りが続いていると、ドアチャイムが再び音を立てた。
 姿を見せたのは黄金色の熊と、ヒトらしき何か。
「親分、お久しぶりで」
「おー、ビッグマの親分」
 振り返った猪は隣の席を進め、ビッグマはその隣に座る。
 残されたヒトは適当に窓際の席へ向かおうとするが、うさりんとくまりんに気付いてそのままカウンターの隅に腰を下ろす。
「あれ? 親分と一緒じゃなかったの?」
「ビッグマちゃんは商談。あとからしろくまちゃんと合流してディナーだってさ」
 ヒトらしきそれはメニューのラミネートを手に、妙な言葉の配列を目にした。
「ねぇ、この、アーモンドココアっておいしいの?」
 ケミカルチェリーの綿菓子を食べ終えたうさりんは、口直しのコーヒーを吹き出しかけた。
 アーモンドのシロップかミルクの入っているココアだと考えていたヒトらしきそれは怪訝にうさりんとくまりんを見遣る。
「……杏仁豆腐チョコレートって言ったらわかるかなぁ」
 くまりんは蒼褪めた様に呟き、ヒトは眉根を寄せる。
「……まさか、アーモンドはアーモンドでも、ビターアーモンドエッセンス入りって事」
 うさりんとくまりんの視線が、ヒトに向けられる。
「いくら愚者ぽんでも」
「それ頼むのは馬鹿だよ」
「……牛乳多めのカフェオレでいいや」
 三人並んで蒼褪めてていると、マスターがやってきた。
「アルルちゃんおまたせー、ご注文は?」
「カフェオレ牛乳多めとお任せクッキーで」
「はいはい」
 マスターが去った後、改めて店内を見回したアルルはふと口を開いた。
「なんか、干支な感じだね」
「は?」
「ネズミイノシシウサギイヌ……」
 アルルの呟きに、カウンターへと身を乗り出した猫が手を上げる。
「猫年無いじゃん」
「寅年有るじゃん!」
 猫がうさりんの突っ込みを即座にはねのけると、アルルはあー、と言った。
「確かに、猫年は無いけどトラはネコ科だね……そういえば、熊年は無いよね」
 くまりんの表情から感情が消えた。
「そういやそうだ。テディベアは大人気だけど、干支に熊は無いよな」
 うさりんの言葉に、くまりんの目に涙が浮かぶ。
「あ、でも熊年が有ったら干支ベアとか意味不明な商品売れないし、猫年もあったら干支の被り物した猫のキャラクターとか売れないからいいんじゃない?」
「え、うさぎも干支の被り物したいんだけど」
「その耳の主張強すぎて無理じゃね?」
 身を乗り出したうさりんの言葉は、あっさりと否定される。
 奇妙な沈黙の中、アルルの頼んだ物がカウンターに運ばれてきた。
 そして赤い蝶ネクタイの白熊が店にやって来て、ローストされた豆を注文する。
「それじゃ、ボク達はこれからディナーに行ってくるから、アルルは気を付けて帰るんだよ」
「はーい」
 商売人達が店を出る頃には、カウンター席のカップは空っぽになっていた。
「そろそろお愛想かしら?」
 マスターがそう言ったところで、商売人達と入れ替わる様に、喧しい四人連れと引き摺り回されるねずみがやってきた。
「あ、うさぎとくまだ」
 店に入った茶色い熊と黄色い熊はアルルの方へと向かう。だが、そんな熊を抱え込もうとしていた白いうさぎと茶色いうさぎもそちらへとなだれ込む。
「マスター、お勘定お願いー」
 うさりんとくまりんも加わって大騒ぎとなったカウンターの一角、猫はあきれ顔のマスターに感情を頼む。
 そのマスターはうさぎ達に引き摺り回されて疲れ切ったフェレットにサービスの薄いコーヒーを差し出していた。
「まだこれから商談が……マスター、悪いけどあのバカどもそこの愚者に押し付けといて……」
 コーヒーを受け取りながら、フェレットは呟く。
「……逃げるなら今の内だね。それ飲んだら行きなさい」
 言って、マスターは猫の勘定を済ませる。
「それじゃ、マスター、良いお年を」
「あらどうも」
 猫は喧騒の中から抜け出し、フェレットも薄いコーヒーを流し込むと、礼だけ言って店を出て行った。
 そして、フェレットが約束のレストランに向かっていると、チーズを抱えたちゅー太とでくわした。
「あれ、ちゅー太さん、もうお店に行ってたんじゃ」
「ハムスターコーヒーのマスターにお歳暮だよ。鏡餅ならぬ鏡餅ーズ!
 フェレットは体の力が抜けるのを感じた。
 その後、ホールのラクレットチーズとチェダーチーズが運び込まれたコーヒーショップの中が、駄洒落を極めた鏡餅によって更に騒がしくなり、犬達と待ち合わせていたうさぎのカップルがやってきたところで、マスターは黙って看板をクローズにひっくり返した。
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