第2話 美しきものは差も変わらず、人は常に変わりゆく

文字数 3,438文字

あれは小6最後の夏休みだった。
蚊除けの線香の匂い。蒸し暑い中、風が涼しげな音を鳴らす昼下がり。
日が暮れるに連れ涼しくなり待ち遠しかった祭りの幕開け、夜空に咲く大輪の花。

忘れることの無いここで過ごした最後の夏だ。

俺はあの人へ告白した。年の差だってある。それに俺は昔から恋愛感情を向けられることがなかった。

それに比べあの人、文香姉さんは綺麗で美人で。頭も良くてすごいモテる。

昔はあの人を見てると俺なんか⋯⋯って思ってた。
その考えを変えてくれたのは、紛れもない文香姉さんだった。

祭りの日、俺は文香姉さんを誘うことに成功した。その時のあの人は頬を赤く、その後何故か空を見上げた。何かを考えているような、そんな顔だった。

当時中学3年生の文香姉さんは思春期だっただろうから、色々悩み事でもあったのだろうと気楽に考えていた。

結局思いを告げて呆気なく振られて。俺の気持ちが届くことなど無かったのだと気づく。3歳も離れているんだと。諦めようとしたけど、結局今現在も引きづっている。

まだ人生はこれからだ、諦めず、猪突猛進にアタックしようと心に決めた。俺にもチャンスはまだあるかもしれないと。










その二日後、信じられない形でそのチャンスは失われた。

文香姉さんが、亡くなったと告げられたことによって。


◇◆◇◆


「えっと、みんな覚えてるかな? 金宮裕樹。久しぶり」
「あ、あぁ。久しぶりだな」

悠斗が俺に声をかける。昔より格段にかっこよくなってやがる⋯⋯
何故か皆の目はあまり喜んでいなかった。

「とりあえずみんな仲良くしてくれ」

そう神谷先生は告げ、HRを締める。

その日から授業は始まった。思っていたより授業は進んでいなくて、いい復習になった。

昼休み、あいつらと昼飯を食おうとしたが、誰もおらず教室で一人で食べた。

その時、神谷先生が教室へやってきて今日は午前中迄だったと伝えられる。申し訳なさそうに謝る神谷先生を俺は大丈夫ですと許す。

朝、快晴だと予報されていた天気は徐々に曇りになっていく。何だか不安を煽られる用で気分が悪かった。

「あいつらも教えてくれればいいのに」

そんなことを呟きながら教室を出て家へと帰る。

「あ、雨が⋯⋯」

天気予報は外れ、大雨が降り出した。急いで帰るとしていると、私服でどこかに出かける達也と悠斗を見かけた。

「おーい! なんで俺にも教えてくれなかったんだよ!」
「っ、裕樹⋯⋯」

何故か苦虫を噛み潰したような顔をする悠斗。

「お前、なんで今更帰ってきた?」
「え?」
「なんで今更帰ってくんだよォ!!」

意味が分からなかった。

「文香さんのお葬式にも来ないで、お墓参りにも帰ってこねぇ。まるで逃げるように東京に行ったお前が、今更なんの用だよ!!」
「それは⋯⋯」
「うるせぇ! お前に用はねぇ。俺達はもう変わったんだ。昔には戻れないんだよ⋯⋯」
「それって」
「昔みたいな仲良しこよしは出来ねえってことだ。どうせ向こうが合わないとかそんなんだろ? そんなやつと俺は仲良くしようとは思えねぇ。行くぞっ!」
「達也⋯⋯」

俺は達也に手を伸ばすが、それが届くことは無かった。

「裕樹。達也が言い過ぎたようですまない。だが、俺も同意見だ。じゃあな」

そう言い残し悠斗も去っていった。

「ふ、ふはは。なんだよ。昔みたいに戻りたいと思ったのは、俺だけかよ」
達也達が言っていたことは全て誤解だった。だが今更それを弁明するつもりは無いしする気力がない。

あいつらが変わったんじゃなく、俺が過去に取り残されただけだと、今思い知った。

◇◆◇◆

思い出は思い出でしかない。もう戻ることの無い幻想でしかないのだと、俺は思う。

だからこそ人はその幻想に縋りつつも新たな出会いや経験により変わっていくのだろう。

「なのに、ここの景色は相も変わらず綺麗だな」

人は変わっていく生き物だが、景色や物は誰かの手が加えられなければ変わらない。人の思い出を象るのに必須なものだろう。

それを見て昔はあぁだった。もっとこうしていれば良かったなどと思い出すのだ。

「文香姉さん、俺帰ってきたんだ。でも、あいつらに拒絶されちゃった。もう昔みたいにはなれないんだって実感したよ」

昔よく来ていたこの丘。文香姉さんによく連れてきてもらってた。

「文香姉さん、なんで死んだんだよ⋯⋯。文香姉さんがいたら、きっと慰めてくれただろうな」

文香姉さんの死因は分からない。当時は事故と言われたがよくよく考えると事故が起きそうな場所はなかなかない。

「そうだよ、何で文香姉さんは死んだんだ? 事故だったら色々問題が起きるはず⋯⋯」

ということは、別の原因があった⋯⋯?

「文香姉さん、俺は何故貴女が死んだか知りたい。だから、そんな俺を許してくれ」

ここにいる筈のない人物に向け謝罪をする。

「となると、まずは文香姉さんの家か」

俺はまず最初に何か知っているだろう文香姉さんの親御さんの元へと訪ねることにした。


◇◆◇◆

「え、言えない?」
「えぇ。いくら裕樹くんの頼みでも⋯⋯」

文香姉さんの母親である細川希さんに死の原因を訊ねた。しかし、その答えは予想外のものであった。

「そんなに言えないことなんですか?」
「貴方に聞かせると、立ち直れなくなるかもしれないの」
「そ、それでも!!」
「とにかくっ、今日は帰ってもらえないかしら⋯⋯」
「っ、分かりました⋯⋯」

ここでも拒絶されたように思い、益々俺に居場所はないのだと感じる。

「まだだ。図書館に当時の新聞があるはず⋯⋯」

俺は気合を入れ直し、図書館に向かうことにした。


「願え〜りゃ〜か〜な〜う♪」
「この歌は⋯⋯」

この村に伝わる歌である。

日が暮れし 大禍時
我が心 打振るわん
悲しみの時 願わくば
旧時に戻ること叶う
願わな叶わん
願えりゃ叶う
願え 願え

この歌の伝承はこの神社、白山神社に伝わるものだ。

夕時にこの神社で悲しみを抱いているものは、願うとその過去に戻ることが出来るという伝承。

あくまで伝承のため、本当に戻れる訳では無い。

「本当に過去に戻れたら、理由が分かるのに」

グジグジしてられないので、さっさと図書館へと向かうことにした。


初嘉図書館。初嘉村の起源が乗っている歴史資料などが展示されている。他にも普通の絵本や文庫本サイズなどもある。

「2015年の8月16日の新聞は⋯⋯あった!」

こんな小さい村の記事が載っている可能性はほぼゼロに近い。しかし、僅かな可能性にも縋る思いで取り掛からなければなるまい。

「ん? これか?」

8月25日○○県××市初嘉村にて、15歳の少女が死亡する事件が起きた。現場には靴が片方だけ転がっており、事故死だと判断された。
その丘は柵などが無く、気をつけないと転落する恐れがあるため警察は村人に注意喚起を行った。

「本当に事故だったのか?」

事故への疑いが段々と薄れていくのが分かる。まだ若干の疑いはある。それはあの人がそのような事で死ぬような人じゃないと心做しか思っていたからだ。

「なんだよ、俺のしてたことはただの空回りか」

その時、目に入ったのは白山神社の伝承本だ。

「またこれか。何だか導かれているみたいだ」

それには、過去に戻った際何が出来るのかが書かれていた。

過去を変えることはほぼ不可能。もし変えるような事象を起こすと、本来であればタイムパラドックスを起こすが、未来に忠実に向かうべく矯正させようとする。そして、多少は行き道が変わるがたどり着く場所は未来と相変わらない世界である、と。

要は過去を変えてもその場しのぎでしかなく矯正する力が働き本来の形に戻るらしい。

「しかし、その際に多少の変化は生じる、か。じゃあ、可能性はあるのか?」

文香姉さんの死なない未来。俺が本来迎えたかった世界だ。

なら、俺はその世界を望む。

「何て、夢物語だけど」

少し限りの夢が見れたと心の中で思い、図書館を出る。

俺はもう一人なのだ。この村に俺の居場所はもうなかった。

「まぁいいさ。一人でもやれる」

そんな虚勢を張りながら家へと帰ることにした。

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