第1話 忘れることの出来ない記憶

文字数 4,420文字

人間とは傲慢で、それなのに他人の目を気にして。承認欲求の強い生き物だ。

助け合いという人間の理想とするものを掲げ、現実では自分が生き残ろうと他者を蹴落とす資本主義社会という建前の元で暮らしている。

自身は優れていると、自分よりも劣っていそうな者を罵り嘲る。
しかしそれはただの同族嫌悪でしかない。人は人でしかあらず、何者にもなれない。人々が信仰する神にも、自身の本能に赴く獣にも。

人は平等であり、優劣など存在しない。

今人々が掲げる優劣は、あくまで人々が造り出してしまったこの世界に置いての概念だ。
本来人にちえが備わることは無かったのかもしれない。獣のように、明日を生きるためにもがく。そこには優劣など存在しないのだ。

では知恵が備わった人は、どうなるのだろうか?

一つ一つの縁を、必要ないものは切り捨て、自分に有益なものは仲を深める。

過去に仲良かった同士も、未来では連絡も寄越さない仲になる。

そう。つながりを重要視しなくなるのだ。

結果怒るのは他者との決裂。すなわち、戦争だ。

世界大戦の勃発はそれ故に起きた副産物だ。

今一度考えるべきなのではないだろうか? 自分の利益より、まずは他者との共存だ。

こんな愚かな人間である俺達は、今日も生きる。

そんな君たちには、俺の親愛なる人の言葉を贈ろう。



ーー泣きたくなってもいいし、怒りたくなってもいいし、喜んでもいい。好きになってもいいし、嫌いになってもいい。死にたくなってもいいしまた、生きたくなってもいい。

それが人間なんだから。我慢のしすぎはよくないわよ?

貴方はただ一人だけなの。誰かの代わりを務めることは出来ないし貴方の代わりを誰かが務めることも出来ない。

自分なんかって思ったら人は人ではなくなってしまう。

人の数だけ個性はある。人が集まり協力するから世界は発展を遂げるの。

貴方だけにしか出来ないことだってある。

誇りを持って。それが貴方に出来る第一歩だから。


◇◆◇◆

ガタンゴトン、ガタンゴトン

「あ、寝てたか」

懐かしい夢を見た。昔過ごしたあの場所。今でも忘れることのない記憶。

「⋯⋯戻りてぇな」

俺はボソッと呟き、人の波に流されながら電車を降りる。

みんなは元気にしているだろうか。村のみんなは変わってないだろうかとか。自分の事より昔の友人の心配をする。

そう思うと、自分はあの頃と何ら変わらない、あの日で時間が止まっているのだと実感する。

それは嬉しいように思えるが、自分は子供のままで大人になりきれないと言われているようで気持ちの高ぶりがおさまる。

今日も今日とて学校へと足を運ぶ日々。本当にこれでいいのだろうか。俺の本能はあの場所を求めているんじゃなかろうか。そう思わざるを得なかった。

「行ってきます」

「おはよう」

「じゃあね」

「ただいま」

「いただきます」

「ごちそうさまでした」

「おやすみ」

ただ同じような日々を過ごす。繰り返し繰り返し。

あの場所へ帰りたい。またみんなと過ごしたい。その気持ちが抑えきれなくなる。

今更ながら自分がホームシックに陥ったことを実感する。

あぁ、やはり帰りたいんだ。

人生の八分の一しか過ごしていない場所だが、俺にとっては過去も今も、そして未来も故郷と言えばあの場所一択だ。

よし、帰ろう。父さんと母さんには無理言う事になるけど、俺はここを居場所にすることは出来なかった。

俺はすぐ決断し、学校へと向かう足を止め、家へと帰ることにした。


◇◆◇◆◇

「四国に戻るだと?」
「あぁ。あの村に帰る」

今日はたまたま父さんは休日だったみたいで、家で寛いでいた。

「学校サボってまで何を言い出すかと思えば⋯⋯」
「もう、裕樹は高校生よ? いつまでも子供みたいに駄々をこねないの」

母さんも父さんも呆れているようだ。確かに俺はわがままを言っている自覚はある。

「⋯⋯本気のようだな」
「冗談で言わないだろ? この通りだ。お願いします」

俺は地面に頭をつける、つまり土下座を実の両親にする。

「分かった。まだ向こうの家は売り払っていない。そこで暮らせ」
「あなた!!」
「滅多にわがまま言わないこいつが頼んできたんだ。まぁお前のことだからそう言うだろうと前から思ってたがな」

だから、家を残してくれたんだと納得する。父さんは仏頂面で俺の事などどうでもいいと思っているんじゃないかと感じていたが、一番俺のことを理解してくれていたのは父さんだったようだ。

「⋯⋯分かったわ。明日早速転校手続きしてくるわ」
「母さん⋯⋯、ありがとう」





一月後

「じゃあ行ってきます」
「あぁ、佐々木さん達によろしくと伝えといてくれ」
「分かったよ」
「時々連絡よこすのよ?」
「うん、母さん」

俺は新幹線に乗り込み、東京を出た。


◇◆◇◆

『う、うぅ』

『どうしたの? 裕樹』

『またあいつらにいじめられたんだ⋯⋯』

『もう、男の子なんだから、そのくらいで泣かないの!』

『だってぇ⋯⋯』

『いいおまじないを教えてあげようか? いじめなんか怖くない。強くなれるおまじない』

『え?』

『あの神社に誓ってご覧? 強くなります、って』

『どうして?』

『そしたら神様が力を貸してくれそうじゃないかしら?』

『そっか! 神様だったらあいつらなんて怖くないもん! 強くなります、強くなります、強くなります!』

『ふふ。何だか自信出てきたでしょ?』

『うん、不思議だけど』

『まだ裕樹は6歳だからあまり気にしなくてもいいの。あの子達だってただ裕樹と遊びたいだけなんだよ?』

『うん⋯⋯』

『自信持って! お姉ちゃんがこう言ってるんだから!』

『う、うん! そうだね。ありがとう、文香お姉ちゃん!』





◇◆◇◆

「うぅんーー、はぁー。空気が上手いなここは」

昔の故郷へ帰ってきた。ここの名は初嘉村(はつかむら)。人口400人以下の村だが、山に囲まれておりいい村だ。

「あ、この神社は⋯⋯」

小さい頃、文香姉さんにおまじないを教えてもらった場所だ。今思うとあれはただの神頼みだ。
でも、効果はあったもんな⋯⋯

「おや? お前さん、どっかで見たことあんなぁ⋯⋯」
「っ、もしかして、じっちゃん?」
「お前、裕樹か!?」
「そう! 俺だよ! 金宮 裕樹(かなみや ひろき)!」

俺達は3年ぶりの再会で、お互いにハグをした。

じっちゃんの名前は山下 謙十郎(やました けんじゅうろう)。俺の家の近所に住む人のいいおじいさんだ。

「懐かしいなぁ。お前さんが都会行ってから寂しくて寂しくて⋯⋯」
「もう、いい歳なのに泣かないでくれよ」

そう言いながらも俺も泣きそうになる。やっと帰ってきたって実感が湧いてきた。

「俺は、帰ってきたんだ」

俺達は積もる話もあるので、家までゆっくり話した。




「へぇ、大体のやつは都会へ行ったんだ」

じっちゃんの話だと、ここに暮らしていた半分以上の子供たちが都会の学校にへと進学したらしい。

「達也なんか怒り狂ってたんじゃないか?」
「その通りだよ、ここを捨てるのかぁ!!!ってな!」
「はははっ! あいつらしいなー」
「真由美や悠斗、達也は当たり前として園美も残っとるぞ」
「そうなのか⋯⋯」

俺が小学校の頃につるんでいた4人。才色兼備の園川 真由美(そのかわ まゆみ)。冷静沈着でクールイケメンって感じの吉原 悠斗(よしはら ゆうと)。The 番長な利原 達也(としはら たつや)。無口でマスコットみたいな可愛らしさのある益岡 園美(ますおか そのみ)

みんなまだここに居るんだな、そう考えると帰ってきてよかったと益々感じる。

「そうだそうだ、お前さんと入れ替わりでこっちに来た子供がおったぞ」
「へぇ、同い年?」
「あぁ」
「ふーん」

別に興味などないので適当に流す。

「じゃあ、何か困ったことがあれば言ってくれ」
「うん、ありがとうじっちゃん」

俺はじっちゃんと別れ家へと入る。

「うわぁ、変わってないなぁ」

俺の部屋の家具は全て持ってきた。冷蔵庫とかエアコンはまだ取り外されておらず、機能することを確認し安心した。

「テレビがないな⋯⋯」

ピンボーン

「お届けものでーす」





「マジかよ⋯⋯」

届いたのは4Kのテレビだ。しかも大きさの。

「ん? 手紙がある」

ーー無事に到着したか?

これは俺と母さんからの贈り物だ。テレビがないのは辛いだろう。

金なら返さなくていいぞ。ついでにデッキ付きだ。喜べ?

暫くは会えないだろう。どうせお前もいつ帰ってくるか分からん。時々そっちに行こうかとも思っている。

まぁなんだ。元気出やれよ?

P.S.実は預かっていたお年玉、全部使っちまった。これで許してくれ。





「クソ! 最後でぶっ潰してきやがった!!」

俺は中学1年生まで親にお年玉を預けていた。田舎に住んでいた頃は川で遊んだりしてたため金を使うこともなかった。
だが都会は遊ぶのにも金を使う。だから俺はお年玉を預けなくなった。

「まぁ、いいテレビ買ってくれたんだし。逆にプラスになったんじゃないか?」

そう自分に言い聞かせる。まぁ預けたお年玉が帰ってくるなんて都市伝説だ。逆にこれで良かったのだろう。

仕送りまでしてもらってるんだ。それ以上はただのわがままだ。

「早く明日にならねぇかなー」

そんなことを呟きながら荷解きを始める。



◇◆◇◆

ドクッ、ドクッ

周りに鼓動が聞こえるんじゃないかと言うくらいに鳴り響く俺の心臓。
今まで待ちに待った転入日であるのに緊張しすぎて眠れなかった。

緊張と不眠による動悸は、俺の体を熱くしていく。

「すぅー、はぁー。うん、よし。だいぶ落ち着いたかな」

本当に深呼吸様様だ。俺の心臓を一定速度に保ってくれた。

「待たせたね」

彼は神谷 芳則(こうや よしのり)。新しく入るクラスの担任の先生だ。
まだ20代という若さなのに田舎の教師を務める。変わった先生だ。

「そもそもこの学校は小中高一貫だ。確か君も昔ここの児童だったんだよね?」
「あ、はい」
「まだ少し緊張しているようだ。クラスメイトは全部で5人しかいない。多分君の幼馴染だろう。すぐ馴染めるさ」

幼馴染なのだからもう馴染んでいる気がするがそれはスルーだ。

「ようこそ。この学校へ」

俺はその言葉を聞き、歓迎されている事に気持ちが高ぶった。

思い出とは、簡単に薄れゆくという現実を突きつけられるとも知らずに。

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