第8話

文字数 708文字

 模試の結果が出た。志望大学の合格判定が前回のEからBに上がっていた。すぐにTに知らせたいと思った。ペラペラの紙に印刷された模試の結果を見て、そんなことを思ったのは初めてだった。  
 そして、私は、Tの電話番号もメールアドレスも住んでいる場所も知らないことに気がついた。私が知っているのは、Tのフルネームと通っている大学名だけ。あとは何も知らない。火木土の週三回、私の部屋で家庭教師をしているということだけ。
 Tは、問題集に載っている問題の解き方以外、ほとんど語らないから、私はTの好きなものも嫌いなものも知らない。何に笑い、何に悲しみを感じるのかも知らない。
 教室は、模試の結果に一喜一憂する生徒たちの声で空気が揺れている。ABCDEで判定されて、ゆらゆら揺れている。
「まだ時間はある」
 担任の先生が前方の上から言っている。
 私は、Tをからかうときに触れた、彼の背中や手や脚の感触を思い出そうとしている。そこから皮膚を突き破ってTの内部に触れたいと切実に願い、教室の隅で、そっと手を伸ばしてみる。


 私の住む街には、三つの大学があるから、コンビニでハンバーガーショップで図書館で、大学生を見かける。
 制服を着た私たち高校生にはない雰囲気を彼らは持っている。スーツを着た若者とも違う。圧縮されていない柔らかさがある。
 私は一日に何度もTを見かける。はっとして振り返ると、それはTではない。Tとは全く違う顔を持つ男子大学生だった。
 何度も同じことを繰り返すうちに、私は意識的にTを探すようになる。駅で公園でドーナツ屋で、あの背中を探す。
 明日は私の部屋に家庭教師としてくるのに、なぜ今日、Tを探すのか、私には分からない。
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