第1話 後悔ばかりの人生

文字数 2,636文字

ふと過去のことを振り返った時、後悔という波に流されて息が出来なくなる時がある。

もう過去には戻れないと頭では分かっていても、戻りたくなる。けど、戻ったところで過去は変わらないということも分かっている。あの時の自分には、あの時の選択が精一杯だった。

中学で入ったバレーボールの部活はしんどくて辛かった。先輩は横暴だし、練習量は多いし、おまけに同期とも仲が悪いという最悪の環境。部活を辞めたくても、辞めたら学校での自分の居場所がなくなりそうで怖くて、行動に移せなかった。けど、部活に行きたくなさ過ぎて、家の階段から飛び降りようとした時に、自分の限界に気づいた。あの時は、階段から落ちて怪我をすれば、正当な部活を休めるかもしれないという考えだった。しかし、下手をすれば死んでいたであろうあの行動を思い返すと、私の精神状態は限界だった。

その中学の部活で精神的にやられてしまった私は、高校受験も私の学力で受かりそうな所を探して、適当に受けた。入学した後も何の部活も入らずに、真面目に授業だけを受けていた。そして、大学も自分の学力で行けそうな場所を選び、適当に受けた。心から望んで入ったわけではない大学に愛着など湧くわけもなく、サークルにも入らずに、バイトを点々として、特に何もせずに4年が過ぎた。自分の人生を振り返ると、自分が何をしてきたのか分からない。とても時間を無駄に過ごした気もするし、そんなこともない気がする。でも、ここまでの人生がとても充実していたかと聞かれれば、首を縦に振ることはできない。中学の部活だって、もっと頑張ることができたんじゃないか。高校受験だって、もっと上のレベルを狙っていれば受かっていたんじゃないか、大学4年間もっとできることがあったんじゃないか。そんなことを考えては、自分を励ますという繰り返しだ。

もう25歳。まだ25歳。

「冴島さん。ここの数字間違ってるよ。」
「え、本当ですか、すみません。」
「冴島さん、一応3年目なんだよ。こんなケアレスミスが多いと私もフォローしきれないよ。」
「すみません。ちゃんと確認するようにします。本当にすみません。」
「課長には言わないでおくけど、気を付けて」

元々私の指導係だった田村さんは、深くため息をつきながら、その場を去っていく。新入社員として入った当初は、優しく丁寧に教えてくれていた田村さんにまで見捨てられてしまった私は、完全にこの職場のお荷物になっていた。一応知名度がある不動産会社に入社したのはいいが、仕事のスピード感が早すぎて中々ついていけない。どうして、私が採用されたのかも、未だによく分からないくらいだ。真面目で愛想がいいということで、特にいじめられたりはしていないけど、回される仕事は簡単な事務処理ばかり。この会社では、事務部と営業部に分かれている。一人前と認められた人は、事務部と営業部で2人1組のタッグを組んで、営業を行っていく。同期は、もうタッグを組んでバリバリ仕事をしているのに、私はいまだにそのタッグの補佐みたいな役割にとどまっている。実際は、2年目で一度タッグを組んだけど、私が大きなミスをやらかして、今のポジションに格下げされたというわけだ。別に楽でいいと割り切れば、それほど落ち込むこともない。だけど、このまま何の成長もしない単調な作業を何年もしていく人生で本当にいいのか。そんなんじゃ駄目だと分かっているけど、もう頑張る気力もなかった。さっきのような初歩的なミスを未だにしてしまうし。それに、もしもう一度タッグを組んでも、またあんなミスをしたらと考えると、怖くて、逃げたくなる。これまでの人生のように。

「冴島さん。お疲れ。あの来週に同期みんなで飲みに行くって話なんだけど、結局どうするか決めてくれた?」

声をかけられて後ろを振り返ると、そこには黒木さんが立っていた。スラっとした高身長で、近くにいるだけでいい香りが漂ってくる。爽やかなスマイルで私を見る。どこか向井理に似ているこの人は、3年目にして営業成績上位を争うポジションにいて、社内でも有名な人だ。私も入社当時は気楽に話していたけど、今は何だか対等に話せない。社内の女子にも人気だし、黒木さんと関わってこれ以上目を付けられたくないというのもある。

「あ、黒木さん。お疲れ様です。そのことなんですけど、飲み会の日に急用ができてしまって、今回はやめておきます。」
「あーそっか。それは残念。」
「誘ってくれたのに、すみません。」
「いや、全然いいよ。謝らないで。冴島さん来ないだろうなーって若干思ってたし。」
「え?」
「え?って、5回に1回来ればいい方だって、みんな言ってるよ。でもまあ、別に強制じゃないし、気にしないで。」

爽やかスマイルで悪意のないような言葉だが、本心が見えない。営業成績上位は伊達じゃないようだ。この人の、この何でも見透かしているような笑顔も苦手だった。

「あ、ありがとうございます。」
「でも、冴島さんも是非飲み会参加してほしいなって思ってるよ。ほら、冴島さんと話してみたいって言ってる奴、営業部にも結構いるし」
「またまた、でも、次の飲み会は絶対行きます。」

お得意のスマイルで受け流し、机に体を向け会話を強制終了させる。
黒木さんが遠ざかっていくのを足音で確認して、ため息をついた。黒木さんは入社当初から、変わらず私に構ってくる。最初はちょっと私に気があるのか?なんて思ったりもしたけど、観察してみて分かった。黒木さんはただの平和主義者、仲間外れとかが好きじゃないタイプってだけで、私に特別気があるとかではない。この3年間、2人で飲みとかにも誘われたことはないし、話していてもそういう雰囲気を感じたことがないのが証拠だ。ただ、私が仲間から外れそうになっているから、それを修正するために必然的に私に構う時間が多くなるだけなんだろう。毎回律儀に飲み会があることを教えてくれて、誘ってくれる。親切だなとは思うけど、正直ありがた迷惑でもある。というか、みんながいる所で話しかけてくるのも正直やめてほしい。黒木さんは、自分自身がどれだけ周りに注目されているかを分かっていないんだ。ほとんどの女子は黒木さんが席から立っただけで、横目でその後を追うくらいなのに。
だけど、この3年間、黒木さんが彼女を作ったという話を一度も聞いたことがない。だから、みんな黒木さんのことが気になって仕方ないのだ。このように、なんとなく掴みにくい所もあまり気に入らない。
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