世界 4

文字数 1,422文字

 ディンには恋人がいました。もちろん仕事仲間の女性です。初めて聞いた時は、それはそれはもう大変驚いたものでした。
     
 
「おいディン、恋人できたって本当か? どういうことだよそれ」
「あの防具の仕立て屋の子なんだろ?」
「なんて、なんていわれたんだよディン!」
「それがさぁ」


「付き合ってほしい?」
「そうなの! わかってる、わかってるよ。六人は施設育ちだから恋愛なんてわかんないんでしょ?」
「そうだよ、なんで俺なんか」
「なんでなんだろね。わかんないよそんなの……。でもそういうもんなの! ごめんね、迷惑ならいいんだよ全然」
「いやぁ別に迷惑ではないけどさぁ。君はいいの?」
「当たり前じゃん! ディンがいいの。ディンじゃなきゃだめなの!」
「そう言われてもなぁ」
「絶っ対楽しませるから! ディンに恋の楽しさを私で知ってほしいの。私のことなんか好きじゃないんだろうし、女の子のこと好きになったことなんてないと思うけどさ、私が好きにさせるから! 私がディンの初めての好きな人になりたいの!」
     

 休みの日になる度に彼女は、部屋にこもってばかりいるディンを引っ張り出しては街を連れ回し、一緒に夕食を食べたり、カフェや映画館、遊園地なんていうところにも連れて行ったと言っていました。
 恋愛や、ましてやろくに街で遊んだこともないディンに、彼女は多くを与えたのです。



「今日は珍しいね、公園だなんて」
「たまにはいいでしょこーゆーのんびりしたのも」
「まあね」
「何? またパンケーキでも食べたかった?」
「いや」
「もー素直じゃないなあ。すっかりディンも甘いもの大好きだもんね」
「まああんなの王家の食事じゃ出てこないからね」
「そうだよねえ。じゃあほらこの前の遊園地は? すっごい楽しそうだったじゃん。ジェットコースターなんて叫びまくってたよね」
「まあ」
「どう? また行きたい?」
「んー」
「ふふっ可愛いね」
「うざい」
「ははは。でも私はねー、こうやってディンとおしゃべりしてるだけでもすっごい幸せなんだあ。なんなら、ディンとはなかなか休み合わないからさ、会えるだけでとっても嬉しいんだよ、私は。ディンもそうでしょ?」
「どうだろうね」
「ははっ。いっつも無愛想で真面目な家臣様なのに、こうやって素直じゃないけどたまに可愛いところが好きなんだあ私」
「そうですか」
「そうなの! あ、そういえば来週からお姫様の旅のお供なんでしょ?」
「そうそう、大陸横断してボルヤルまで」
「そっかあ。じゃあ次はいつ会えるかな」
「いつだろうね。」
「また、すぐ会いたいね」
「......」
「ふふっ」

 パンケーキも遊園地も公園でのお喋りも人を好きになるということすらも、私達には到底理解のし難いものばかりでした。
     

「ねえディン? ディンは私のこと好きになってくれた?」
「……わかんないよそんなの」
「ふふっ。またまたー」


 それはディンにとっても同じなのだと思っていました。
 しかし。

 
「くそっ血が止まらない!」
「もっとだもっと強く抑えろ!」
「やってるよ! 傷が深すぎるんだ! そうだ、お嬢様は?」
「大丈夫だミアナンデと安全な場所に避難した」
「良かった。畜生、あんな獣までいたのかこの森は!」
「はぁ……はぁ……」
「ディン! しっかりしろ! もういい、もう喋るな!」
「はぁ……はぁ……」
     

 しかし、彼が死の際に繰り返しつぶやいていた恋人の名を聞いて、彼女の努力はすでに実っていたことを知りました。
ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み