隠した騎士の服を

エピソード文字数 1,442文字

 居候の本は、彼の部屋から片付けてしまわれただろうか。
 思い出にと、彼が捨てられず、あの棚に差したままなら、それでも構わない。
 あなたの記憶の本棚に、ほんの少しでも、私の姿があるのなら、それも一つの幸いです。

 窓から、晴れた冬の空をのぞむ。三日三晩降り積もった雪が、陽光に光を散らしていた。
 コンコンッと部屋がノックされる。「どうぞ」と言うより早く、義母が部屋に入ってきた。

「あら、起きていたの。なら、声をかけてちょうだい」
 義母は、不満そうにため息を落とした。
「具合はどう、リズ?」
 そっけない訊ね方だ。

「おかげさまで、だいぶ、良くなりました。お義母様」
「そう。――それより見てみなさいな。なんて良い天気でしょう」
 義母は、清々しい表情で、窓から外をながめる。

「それにしても、先方に失礼をしてしまったわ。
 お忙しいのに無理を言ってお時間をいただいたけれど」
 義母は、眉を寄せた。
「あなたは寝込んでしまったし。雪が止まず、馬車も出せなかったから、仕様がないわね」
 残念そうに肩を落とす義母を見て、私も悲しい気持ちになった。
 母の心配は、あくまで、相手の家に対して失礼をしてしまったと、これに尽きるのだ。

「さぁ、支度をしましょう。一時間後に、馬車が到着しますからね」

 ――もう、馬車から逃げたりしないわ。
 運命に逆らおうとしてあのような辱めを受けた。
 乗りたくもない馬車に乗せたのは、他でもない、あの人だもの。

 チリン、チリン、と一階で鐘が鳴った。

「あら、馬車がもう来たのかしら。早いわね…」

 義母は、時計を見上げた。
 階段をのぼってくる音がし、ノックがされて、メイドが部屋に顔を出す。

「奥様。今、玄関に…」
「御者なら、外で待たせておきなさい。
 急いているとは言ったけれど、早すぎます。支度もまだだというのに」
「いえ…奥様。馬車ではないのです」
「では、どなた?」
「お嬢様に、お客様がお見えです」
 義母は目を丸くした。私も、追わぬ来客に、意表を突かれた。
「この子に、お客様? 何かの間違いでしょう。
 この子が帰ることは、あまり人には知らせていないはずですが…。どこの家の者です?」

「ウォルトン家の者だそうですが」

「ウォルトン? 知らないわ。まさか、あの騎士爵ではあるまいし。人違いではないの?」
「リズお嬢様……いえ、エリザベス・ロングワース様に御目通りを、と確かに」

「その…御仁は、どのようなご用件で、いらっしゃったの?」
 私は、メイドにたずねた。

「一つは、落とし物だそうです。これを…。あなたにお渡しするようにと」
 メイドは廊下に出ると、棚に置いていたそれを、私に差し出した。

「聖書に、ロザリオ…」

 これは、まさか…。
 馬車から逃げた時、人にぶつかって落としてしまった。
 私はたまらず、部屋を飛び出した。

 足から逃げた履き物にも構わず、階段をかけ下り、玄関へ。
 扉を開けると、銀野原の真っ白な光が、正面から差した。
 逆光で、客人の姿が眩む。

「アルバート・ウォルトンです」

 その男性は、紺色の、襟の詰められた服を着ており、胸元や肩に、限られた者にしか与えられない章をつけていた。

「衣装箪笥に隠した服を、着て参りました」

 恥ずかしそうに、少年のようなあどけない笑みを浮かべ、胸に手を当てて一礼する。
 差し出された右手に、私は指先をのせた。

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