第5話ジャズピアニスト 宮本

文字数 1,050文字

今日の飛鳥目当ての客は、年季が入ったジャズピアニスト。
午後の2時過ぎに、ふらっと入って来て、カウンター席に座った。

飛鳥は、いつも通り、はんなりとした挨拶。
「宮本さん、お懐かしいです」

宮本と呼ばれたジャズピアニストは、「うん」とだけ。
もともとが寡黙、そんな雰囲気を感じさせる。

飛鳥は、BGMを変えた。
渋めのピアノの前奏に続いて、つぶやくようなトランペットが聞こえて来た。

宮本の口から、「ほおっ・・・」とため息が漏れた。
「これ・・・知っているんだね・・・」
「マイルスデイビス・・・ステラ・バイ・スターライト」

飛鳥は、宮本の前に、レモン水を置く。
「宮本さんのソロで聴いたことがありまして」
「でも、レコードが無いので」
「仕方なく、マイルスで」

宮本は、ニヤッと笑う。
「全く・・・・俺はマイルス好きで・・・彼の世界をピアノソロで表現したくて」
「また弾きたくなるよ」

飛鳥は、宮本の前に、透明なグラスに、生クリームを浮かべた珈琲を置く。
「今日は火を付けません」
「煙が目に染みても困りますので」

宮本は、「え?」と言いながら、珈琲を一口、目を丸くして、肩を震わせ、そして破顔一笑。

「これは・・・やるねえ・・・飛鳥君」
「アイリッシュ珈琲」
「蜂蜜酒?アイリッシュミスト?それも少し多めに」
「それに熱い珈琲を注いで」
「ふんわりとした生クリームを乗せて」
「これは、パーフェクト・・・いや・・・」
「角砂糖を浮かべて、それに火をつけるパフォーマンスをする店もあるけれど」
「そんなのいらないよ、このほうがいい」
「・・・美味しい・・・そのまま身体に染みる」

そこまで言って、プッと笑う。
「煙が目に染みないように?」
「なかなか・・・親父さんとは違う、これはまた好きになる」
「通わないとなあ、まいりました」

宮本は、アイリッシュ珈琲をもう一口、目を閉じて味わう。
「これで十分だなあ」
「この中に、俺が目指す世界があるよ」
「言葉では言えないけれどね」

飛鳥は、ふんわりとした笑顔。
「また聴きに行きます」

宮本は、含みのある顔。
「今度は彼女を連れて来たら?」

飛鳥は、ふんわりとした笑顔のまま。
「宮本さんの、マイファニーバレンタインに似合うような?」
「難しいですね」
「あんな、魅惑の彼女は・・・なかなか・・・」

ウェイトレスの美鈴が含みのある顔で、飛鳥をフォローする。
「飛鳥さんは、失恋だらけですから」

宮本は、美鈴の言葉の裏を読んだ。
「それは、相手が?」

飛鳥は、答えない。
「宮本さんの大好きな」と言いながら、チョコブラウニーのケーキを、宮本の前に置いている。
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