晶子 アキコ……
文字数 1,996文字
「ねぇ。アキコの話知ってる?」
一ヶ月ほど前に知り合ったばかりのショウ子が、得意げでいてわざとらしく怖い顔を向けてきた。
ショウ子とは大学の講義が同じで、何度か見かけたことがある程度の相手だった。化粧っ気もなく、剃り過ぎた眉だけを描いていて、服装も地味な部類だ。意味不明のロゴがついたTシャツや、何年ものなのだろうというジーンズに汚れた白いスニーカー。背負っているのは、紺色のよれたリュック。特に印象深い容姿をしているわけでもなく、ストレートで艶のある黒髪だけが、不釣り合いなほどにあやしく艶やかだった。
ある講義の日。テキストを忘れたから見せて欲しいと、ショウ子は突然私の隣にやって来た。どうして私だったのか分からないが。それ以来、何かにつけて彼女は傍に寄って来る。今日も学食で一人ランチをしているテーブルにやって来て、断りもなく目の前の椅子に座りパスタを頬張っているのだ。
「なにそれ」
私は、つまらなそうに興味のないフリをした。これ以上、冴えないショウ子に懐かれたくないからだ。このあとの講義を受けたら、友達との約束がある。新しくできたカフェに、インスタ映えするデザートがあるからと誘いを受けていた。ショウ子には似合わない場所だろう。
ただ「アキコ」というホラー話には、少しの興味を抱いていた。何度か噂を聞いたことがある。アキコという見知らぬ女から「私のこと、笑ったよね」とメッセージが届くという。友達登録もしていない相手からの意味不明なメッセージに「あなた誰?」などと問い返すと「バカにしたこと……絶対に許さないから」と返信が来るらしい。気味の悪い相手だとブロックすれば、メッセージを貰った人は殺されるというのだ。
「笑ったとか、馬鹿にしたら殺されるとか。それこそバカバカしい」
そもそもアキコなんて女、知らないし。私は、鼻で笑う。
このあと落ち会う友達とメッセージをしながら、片手間にショウ子の話を笑い飛ばした。ショウ子が何も言わず黙り込んだので、スマホから顔を上げると怨みがましい視線でこちらを見ていた。少し無碍に扱い過ぎたようだ。けれど、これを機に私から離れてくれるならいいかと、態度を変えることなく再びスマホに視線を戻す。
しばらく怨念でもこもっていそうな視線を感じていたけれど、諦めたのか少しすると彼女はパスタの続きを食べ始めた。
ほんと、めんどくさい女。
シフトに入っていたスタッフが遅刻したせいで、夜のバイトが長引いた。今日に限って自転車を弟に使われ、夜道を歩く羽目になっていた。等間隔の街灯は一部壊れているのか、灯かりの乏しい場所がる。
人通りの少ない道だから、自転車を使いたかったのにっ。てか、遅刻すんなっ!
勝手に自転車を使った弟と、遅刻したスタッフに苛立ちが募る。
足早に歩きながら悪態をついているとスマホが震えた。
この前行ったカフェよりもいい店を見つけたと友達が言っていたから、その事で連絡がきたのかもしれない。暗く静かな通りでスマホを取り出し、街灯の灯りを追いかけるようにして歩きながら開くと、煌々と光る画面には見知らぬ相手の名前があった。
「晶子? はっ。アキコって誰よっ、たく」
悪態をついてすぐ、先日ショウ子が話していた噂話が脳裡 を過る。
偶然よね……。
まともに返信なんてするべきじゃないと、ブロックボタンに指を置いた。そうしながらも、噂話が頭をもたげ、暗闇と静けさに背筋が寒くなる。
ボタンに指を置いたまま躊躇していると、背後に人の気配がした。
こんなメッセージのあとに、暗く寂しい通りで誰かに出くわすなんて気味が悪い。逃げるように足を速めた瞬間、持っていたスマホのボタンに触れてしまった。あっ、と思ったけれど、背後の気配から遠ざかる方が先だ。
暗闇からの気配に焦り、スマホを握り締めたまま小走りになる。手の中で再びスマホが震えたが、背後の気配が気になり無視し続けた。
走りながら振り返るが、追ってくる姿を確認できず不安になる。
そんな時だった。
「どこに行くの?」
――――っ!?
突然話しかけられ驚きに目を見開き立ち止まると、目の前に立ちふさがるようにショウ子がいた。
「急になんのなのよ! 脅かさないでっ」
状況が状況だけに強い口調で叫ぶと、嘲笑うような目で私を見てきた。
「私のこと、笑うから」
「は?」
背後から変な奴が迫って来ているというのに、何言ってんのよ。
「どいてっ」
立ちふさがるショウ子を押しのけようとした時だった。乏しい街灯の光を浴びた細い輝きが、腹部にスッと突き刺さる。
「なん……で……」
覆いかぶさるようにしてきたショウ子が耳元で囁いた。
「私のことバカにしたでしょ。許さないから」
暗闇に滴る鮮血に、不気味なほどに晶子の口角が上がっていた。
一ヶ月ほど前に知り合ったばかりのショウ子が、得意げでいてわざとらしく怖い顔を向けてきた。
ショウ子とは大学の講義が同じで、何度か見かけたことがある程度の相手だった。化粧っ気もなく、剃り過ぎた眉だけを描いていて、服装も地味な部類だ。意味不明のロゴがついたTシャツや、何年ものなのだろうというジーンズに汚れた白いスニーカー。背負っているのは、紺色のよれたリュック。特に印象深い容姿をしているわけでもなく、ストレートで艶のある黒髪だけが、不釣り合いなほどにあやしく艶やかだった。
ある講義の日。テキストを忘れたから見せて欲しいと、ショウ子は突然私の隣にやって来た。どうして私だったのか分からないが。それ以来、何かにつけて彼女は傍に寄って来る。今日も学食で一人ランチをしているテーブルにやって来て、断りもなく目の前の椅子に座りパスタを頬張っているのだ。
「なにそれ」
私は、つまらなそうに興味のないフリをした。これ以上、冴えないショウ子に懐かれたくないからだ。このあとの講義を受けたら、友達との約束がある。新しくできたカフェに、インスタ映えするデザートがあるからと誘いを受けていた。ショウ子には似合わない場所だろう。
ただ「アキコ」というホラー話には、少しの興味を抱いていた。何度か噂を聞いたことがある。アキコという見知らぬ女から「私のこと、笑ったよね」とメッセージが届くという。友達登録もしていない相手からの意味不明なメッセージに「あなた誰?」などと問い返すと「バカにしたこと……絶対に許さないから」と返信が来るらしい。気味の悪い相手だとブロックすれば、メッセージを貰った人は殺されるというのだ。
「笑ったとか、馬鹿にしたら殺されるとか。それこそバカバカしい」
そもそもアキコなんて女、知らないし。私は、鼻で笑う。
このあと落ち会う友達とメッセージをしながら、片手間にショウ子の話を笑い飛ばした。ショウ子が何も言わず黙り込んだので、スマホから顔を上げると怨みがましい視線でこちらを見ていた。少し無碍に扱い過ぎたようだ。けれど、これを機に私から離れてくれるならいいかと、態度を変えることなく再びスマホに視線を戻す。
しばらく怨念でもこもっていそうな視線を感じていたけれど、諦めたのか少しすると彼女はパスタの続きを食べ始めた。
ほんと、めんどくさい女。
シフトに入っていたスタッフが遅刻したせいで、夜のバイトが長引いた。今日に限って自転車を弟に使われ、夜道を歩く羽目になっていた。等間隔の街灯は一部壊れているのか、灯かりの乏しい場所がる。
人通りの少ない道だから、自転車を使いたかったのにっ。てか、遅刻すんなっ!
勝手に自転車を使った弟と、遅刻したスタッフに苛立ちが募る。
足早に歩きながら悪態をついているとスマホが震えた。
この前行ったカフェよりもいい店を見つけたと友達が言っていたから、その事で連絡がきたのかもしれない。暗く静かな通りでスマホを取り出し、街灯の灯りを追いかけるようにして歩きながら開くと、煌々と光る画面には見知らぬ相手の名前があった。
「晶子? はっ。アキコって誰よっ、たく」
悪態をついてすぐ、先日ショウ子が話していた噂話が
偶然よね……。
まともに返信なんてするべきじゃないと、ブロックボタンに指を置いた。そうしながらも、噂話が頭をもたげ、暗闇と静けさに背筋が寒くなる。
ボタンに指を置いたまま躊躇していると、背後に人の気配がした。
こんなメッセージのあとに、暗く寂しい通りで誰かに出くわすなんて気味が悪い。逃げるように足を速めた瞬間、持っていたスマホのボタンに触れてしまった。あっ、と思ったけれど、背後の気配から遠ざかる方が先だ。
暗闇からの気配に焦り、スマホを握り締めたまま小走りになる。手の中で再びスマホが震えたが、背後の気配が気になり無視し続けた。
走りながら振り返るが、追ってくる姿を確認できず不安になる。
そんな時だった。
「どこに行くの?」
――――っ!?
突然話しかけられ驚きに目を見開き立ち止まると、目の前に立ちふさがるようにショウ子がいた。
「急になんのなのよ! 脅かさないでっ」
状況が状況だけに強い口調で叫ぶと、嘲笑うような目で私を見てきた。
「私のこと、笑うから」
「は?」
背後から変な奴が迫って来ているというのに、何言ってんのよ。
「どいてっ」
立ちふさがるショウ子を押しのけようとした時だった。乏しい街灯の光を浴びた細い輝きが、腹部にスッと突き刺さる。
「なん……で……」
覆いかぶさるようにしてきたショウ子が耳元で囁いた。
「私のことバカにしたでしょ。許さないから」
暗闇に滴る鮮血に、不気味なほどに晶子の口角が上がっていた。