第9話 守って繋いで

文字数 4,110文字

久しぶりの貧民街だ。
俺がいた所とは別の場所だが、肌に絡みつく空気は変わらない。相手の隙をついてやろうとするギラギラした目も。息を潜めて必死に生きている子供達も。
俺たちは1人の少年と会っていた。

「ヒスイ、この子はシカ。今回の情報提供者だよ」

シカと呼ばれた10歳くらいの少年は、恐怖に怯えた目で必死に訴えてきた。

「人が消えるんだ。近くで寝起きしてたヤツが、ある日帰ってこなくなった。縄張りを変えるやつは珍しく無いから気にしてなかったんだけど、他にも何人も帰ってこなくなって……さすがに怖くなって……」

声からは不安が滲み出ている。手が震えているのが見えた。

「貧民街をパトロールしてる俺の仲間が、子供の人数が減ってることに気づいてね。聞き込みしたらこの子に会ったんだ」
「俺達だってずっとここに住んでるんだ。人買いに簡単に連れてかれるようなヘマはしない。なのに10日で5人いなくなったんだ」
「実際はもっとだろうね。短期間、重点的に人が減ってる。人買いの仕業にしてもやり方が派手すぎるだろ」
「確かに。なら、俺たちは失踪の原因を突き止めればいいのか?」
「いや、それはもう分かってる」

………はい?

「少し離れた所に使われてないはずの大きな建物があってね。最近やたら人の出入りが目撃されてるんだ。怪しいだろ〜」
「あ、じゃあ、そこに潜入すればいいんだな!」
「いや、それは俺と仲間がする」

…………は?

「じゃあ、俺は何すりゃいいんだよ!」
「重要な役目だよ〜。事が終わるまでシカくんとこの辺の子達を護衛するんだ」
「……護衛?」
「そ。一応安全な場所を確保したから、今からそこに向かいます」

護衛……護衛……言葉は立派だけど、ようは蚊帳の外って事だろ。
不満が思いっきり顔に出てしまった。

「こら。護衛だって立派な仕事だぞ。子供達はみんな今回のことで不安になってるんだ。安心させてやるのも立派な人助けなんじゃないのか」

グッ………
正論過ぎて何も言えない。敵を倒すことだけが人を救うことじゃないんだよな。
思い上がってたことに気づいて恥ずかしくなった。

「じゃあ、他の子達がいる所に移動しようか」



5階建てのビルの一階、ワンフロアぶち抜きになってる部屋に子供達が集められていた。20人くらいはいるだろうか。トーカは入り口を守ってた男性2人と何か話してる。

「ヒスイ!ちよっと来てくれ!」
「なんだ?」
「俺達は今から敵のトコに乗り込んでくるから、ここの事は頼んだぞ」
「わかってるよ。任せられたことはちゃんとやり抜く」
「何かあった場合は裏口から出れば細い路地に出る。子供達はこの辺の地理には詳しいから、路地に逃げ込ませれば何とかなるだろう」

入ってきた場所とは反対の壁にドアが見える。あれが裏口か。

「わかった」
「あと、これは念の為」

トーカに小さな玉を渡される。アジトの中に浮いてたヤツによく似ているが、大きさは1センチ程だ。

「これは……?」
「侵入者がいたら、コレをそいつの足元に投げつけるんだ。光がそいつめがけて弾けるから目眩しになる」
「侵入者って。ここは安全なんじゃないのかよ」
「念の為だよ、念の為」

こういう時のトーカはいまいち信頼できないんだよな。
でもせっかく与えられた役目だ。絶対やり遂げてやる。

「じゃあ、あとの事はよろしくね」
「ああ、人攫いどもを思いっきり懲らしめてこい」
「ははは。了解」

2人の男性と一緒に、トーカが部屋を出て行く。
俺と子供達だけが残された。



子供達はみんな大人しく座っている。その顔は不安一色で青ざめている者すらいる。
シカも俺の隣でただ床を眺めていた。

「なあ、シカって名前は誰につけてもらったんだ?」

場を和らげようと何とか話題を考えて話しかける。

「え?……ああ、父ちゃんだよ。死んじまったけど」
「そうか。なあ、手出せよ」

シカは急な提案に訝しみながらも手を差し出してくる。

「これが『シ』……これが『カ』だ」

手のひらに字を書いてやる。ホントは床に書くなりしたかったんだけど、ペンも何もないので手のひらに書いた。

「なんだ、これ?」
「字だよ。お前の名前は文字にすると今の2文字なんだ」
「ふ〜ん。字かぁ」

よくわからないと言う顔をしながらも、なんとなく嬉しそうに手を眺めている。

「私は『ミナ』なんだけど、私の字もあるの?」

女の子が興味津々で聞いてきた。

「ああ。あるよ。書いてあげようか」
「ほんと!やったー」

女の子の手に字を書いてやると、他の子も俺も私もと寄ってきた。
全員分書き終わるころにはワイワイと騒がしくなって、最初の暗い空気が嘘みたいに消えていた。
あとはトーカが戻るのを待てば………

カチャッ

入り口から扉の開く音がした。
トーカ達が戻ったのかと振り返れば、知らない男が立っていた。



男は神父の服を着ていた。所々動きやすいようにカスタマイズされている。背が高くて服の上からでも鍛えられてるのがよくわかった。
俺は子供達に裏口へ向かうように伝え、男と対峙した。

「何者だ!ここに何をしに来た!」

とりあえず子供達が逃げる時間を稼がないと。男がどう動くか注意しながら構える。
だが、男は微動だにせずため息をついた。

「はあっ。どうりで子供がいないわけだ。散々探し回ったのに、こんな所に集まってるとは」

探し回ってた?何のために?人攫いの仲間なのか?
何を言ってるのかはわからないが、ひとまず子供達は裏口に着いた。
1人目が扉を開けようとした瞬間……男がとてつもない速さで何かを投げた。

投げた先を見ると、裏口の扉に杭のような物が刺さっている。バチバチと弾けるような音がした。

「扉に触らないほうがいいですよ。致死レベルの電気を流しましたからね。触れば気絶するだけじゃすまない」

言い終わってから、ふと考えて男は付け加えた

「あ、でもどうせ殺しに来たんだから一緒か」

その声に子供達が震え上がる。
俺は子供達を背に守る形で警戒を強めた。

「お前!なんなんだ!なぜ子供達を狙う!」
「君こそ何者です。この辺の子ではないでしょう」
「関係ない!俺はこいつらを守ってるだけだ」

なんとか子供達を逃さないと。でも入り口はアイツに塞がれてるし。なんとかアイツを移動させられたら……

「まあどうでもいいです。全員殺せばいいし。さっさと済ませて帰りましょう」

クソッ。どうする………

『侵入者がいたらコレをそいつの足元に投げつけな』

トーカの言葉を思い出して、ポケットに入れた玉を確認する。これで……

「チッ!妙な真似をするなよ」

玉を投げようとした俺めがけて男が突っ込んできた。

「みんな入り口から逃げろ!」

玉を俺のいる少し手前の床にぶつける。男は光に包まれたが気にせず俺に向かってきた。
掴みかかろうとする右手をなんとかかわして背後にまわる。距離をとろうとするが蹴りを入れられて体勢を崩す。続けて右の拳が飛んできたがすんでのところでかわして横に転がる。
さらに攻撃を加えようとしたところで、男の動きが急に止まった。入り口へ向き直る。

「まさかお前が来るとはねぇ。そんだけ教会はご立腹ってことかな」

入り口にトーカが立っていた。銃を構えて男を威嚇している。

「そうか。貴様の仕業か。相変わらずコソコソと鬱陶しい」
「お褒めの言葉、感謝するよ。そっちこそ子供をいじめて随分楽しそうじゃないか」

話をしながらトーカが子供達を逃がす。男は舌打ちしながらもトーカを警戒するせいで動けずにいた。

「今回の目撃者がいた時のために、この辺の子供達を始末するのが君の仕事かな。悪いけど、諦めてくれないかなぁ。この子達はうちがキチンと保護して、今回のことは外に出ないようにするからさ」
「何を戯言を」
「教会の悪事が出るのはうちも望まない事だよ。それはそっちもわかってると思うけど」
「なら子供達を始末したほうが確実だろう」
「それはうちの考えとは合わないなぁ。何の罪もない子供達を犠牲にする世界なんて、ヤド様も望まないんじゃない?」
「黙れ!ヤド様に縋る寄生虫が!もう加護も失ったくせに!」

ヤド?なんでヤドが出てくるんだ?
トーカとヤドに何か関係があるのか?

「ヤドに寄生してるのはこの世界全部だろ。たった1人に世界の全てを背負わせてんだ。勝手に神聖視して現実から目を逸らしてんじゃねぇよ」

トーカ………なんか怒ってる?

「話にならんな。なぜこんな男がヤド様の兄なのか」

………兄?トーカが?ヤドの?つまり、ナズの?

「トーカが………ナズの兄貴………?」

呟いた途端、男に思いきり首を掴まれる。

「なぜその名前を知っている……貴様、何者だ」

手に力が入る。息ができない。

「お〜い。ヤドの名前を知ってる人間にそんなことしていいのかな〜?何が起こるかわからないよ」
「クッ」

男が悔しそうに手を離した。
俺は必死に肺に酸素を取り込む。

「と言うわけで、こちらにはヤド様の加護のある子もいるわけだし、今回はこれで手をひいてくれるかな。後日うちの上から教会に話はするからさ」

男はおさまらない怒りに体を震わせながら、入り口から出て行った。
トーカがこちらに駆け寄る。

「無事子供達を守ってくれたね。ご苦労さま」
「お前が来なければやられてたけどな……どうせお前が駆けつけるのも計画のうちだったんだろ」
「ヒスイもわかってきたねぇ」
「……ヤドの兄ってどういうことだ?」
「それも含めて色々とあとで話すから、まずは自分の功績を噛み締めてみたら」

トーカに連れられ建物を出て、離れた広場まで歩く。移動用のデカいトラックの前に子供達がいた。シカが駆け寄ってくる。

「兄ちゃん、ありがとう!俺たちを助けてくれて」

他の子達も笑顔でこっちを見ている。

「俺、誰かに助けてもらったの初めてだった。ここでは、誰かを助けるなんて考えられないから」

シカの表情に自分が重なる。

「俺もそうだった。俺も助けてくれた人がいるからここにいるんだよ」
「なら、俺も誰かを助けるよ。兄ちゃんみたいになる!あと字も覚える!兄ちゃんの名前も書けるようになる!」
「そうか。頑張れよ」

トラックに乗り込む子供達を見送る。
結局俺は振り回されてばかりだったが、あの笑顔を守れたことが今はとても嬉しかった。

「あの子達が笑顔でここを去れるのはお前のおかげだよ。頑張ったな。お疲れ、相棒」
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