第3話 知るということ

文字数 4,768文字

「おええええええええええ!」
「はっはっは。初めてでフルスピードはやっぱりキツかったか」

衝撃の脱走劇の後、周りが見えないほどのスピードで飛ぶ怪鳥に揺られること1時間。やっと解放された先で、俺は盛大に吐いていた。
原因となった男は上機嫌に笑いながら怪鳥を撫でている。それを見てると胃液とともに怒りが込み上げてきた。

「はぁっ。はぁっ。はぁっ。何なんだよ。いきなり。思いっきり鳥にわしづかまれて。振り回されて」
「おっ。喋れるくらいには回復したか」

いや〜、良かった良かった。と暢気に笑う男に一発蹴りでも入れないと気が済まない。
だがその願いは膝が震えてその場に崩れ落ちることで果たされなかった。

「あ〜、急に立たんほうがいいよ。まずはしっかり呼吸して。そうそう。そこに湧き水があるから汲んでくるよ」

どこから出したのかコップに水を汲んで差し出される。素直にそれを飲んで一息ついた。
冷静に周りを見渡す。辺り一面岩だらけで、先ほど飲んだ水が湧き出てる以外は草一つない風景だった。

「ここはコイツらの住んでる山だよ」

怪鳥を撫でながら男が答える。コイツらということは群れで生活しているのだろうか。こんなバケモノが何匹もいたら目立ってしょうがない気がするが。

「貧民街からもさらに外れたところにあるからね。誰も寄りつかないし、平和なもんだよ」

心を見透かされた気がした。居心地が悪い。コイツはどうにも得体の知れない気持ち悪さがある。なし崩し的についてきてしまったが本当に良かったのだろうか。

「さて、改めて自己紹介だ。俺はトーカ。これからよろしくな」
「………ヒスイだ」

手を差し出されたのにつられてこちらも差し出すと、痛いぐらいに握られて上下に振り回された。ドアを蹴破った時も思ったが、とんだ馬鹿力だ。

「ケエエ」
「あ、お前も紹介しないとな。コイツはプテノ。俺の友達で時々仕事の手助けをしてもらってるんだ。可愛いだろう」
「……仕事?」

トーカと鳥のイチャイチャにいい加減慣れてきたおかげで、仕事というキーワードの違和感に気づいた。仕事?さっきのが?

「お〜っと、そこに食いつくかい。聡明だねぇ。でも仕事については長くなるから後で話そう。ひとまず近くにある俺たちのアジトに向かうぞ」

怪鳥は「またな」と別れを告げられると一声鳴いて飛び去った。
それを見送った後、歩けるかい?と差し出された手を跳ね除けて立ち上がる。「気丈だねえ」と軽口を叩きながらトーカは歩き出した。



山を降りて森を進む。しばらくすると俺の身長の5倍はあるかという崖にぽっかりと穴が空いているのが見えた。
この中がアジトらしい。トーカは腰に下げている袋から小さな玉を取り出す。軽く握ると淡く発光しだした。

「足元に気をつけてね」

発光する玉で照らしながらトーカが先導する。ついていくと眩い光が見えて広い空間に出た。

「凄い………」

色とりどりの発光する玉が空中に浮かんでいる。大きさは大人の頭ほどあるが、トーカが持ってるのと同じものなのだろうか?玉の発光のおかげで洞窟とは思えないほど明るい。
天井は遥か上にあり高さが確認できない。広い空間には大勢の人間がいて、テーブルで物を書いたり何かを話し合ったりしている。

「あ、トーカだ!おかえり〜」

数人の子供がこちらに気づいて駆け寄ってくる。

「おう、ただいま。ちゃんと勉強してたか」
「僕もう文字を全部書けるようになったよ!」
「私は2桁の計算やってる〜」

キャッキャッとはしゃぎながら子供達に囲まれる。

「このお兄ちゃんダレ〜?」
「新しい仲間だよ。ここのこと色々教えてあげないといけないから通してくれな。あとでキチンと紹介するから」

わかった〜。と子供達は元の場所に戻っていく。
その後も「おかえり」やら「新しい仲間か?」やら色んなヤツに話しかけられたが、トーカはやんわりと「あとでな〜」とかわして壁にたくさん並ぶドアの一つに向かった。

「俺の部屋だ。ここなら誰にも邪魔されないし、中で話そう」

通された部屋にはベッドと机、棚が一つあるだけで、なんとなく俺の家を思い出した。広さは倍くらいあるが。
俺には椅子に座るよう促して、トーカはベッドに腰掛けた。

「さあて、何から話したものか」

聞きたいことはたくさんある。ここは何なのか?お前は何者なのか?仕事とは何のことなのか?
でも、まっさきに口をついて出たのは………

「なぜ俺のとこに来たんだ?」

トーカが目を丸くして驚いている。その顔を見ると散々振り回されたことへの溜飲が下がった。少しだけだが。

「それは言っただろう。車の中で何してたか聞きたかったんだ」
「なら、あの車は何だったんだ?中にいたヤツは?なぜ見張っていたんだ?」
「……これまた質問の嵐だね」
「わけもわからないまま、こんな所まで連れてこられたんだ。納得するまで全て答えてもらうぞ」
「これは手厳しい」

俺は椅子に背を預けて腕と足を組む。全部聞くまで逃がさないと態度で示す。それを見てトーカは苦笑いした。

「そうだな……ヤド、もしくは星の子という言葉は聞いたことがあるかな?」
「……いや、無い」
「だろうね。ヤドという正式名称は教会でしか使われないし、星の子というのも一部の軍の人間が暗号で使う言葉だから」
「そんなお偉方の話がなんだってんだ?」
「君が車で会ったのはヤドの少年だ」
「?だからそのヤドってのは何なんだ?」

「ヤドってのはこの世界を崩壊から救うために捧げられる生贄のことだよ」

…いまいちピンとこない。生贄?世界が崩壊する?

「信じられないって顔だな。まあ無理もないか。まずは世界の現状について話そうか。広間にたくさんの発光する玉があっただろう」
「ああ」
「あれはエネルギーの貯蔵庫でね。あそこに入ってるエネルギーを使って色々と便利なことができるんだよ。まあその恩恵は貧困街まではほとんどまわらないから、想像しにくいと思うけど」
「そもそもあの玉を見たのも初めてだ」
「だろうね。あのエネルギーはこの大地や風、海など、自然の中にあるものでね、その抽出に成功したのは世紀の大発明だったんだよ。まあ俺の生まれる前のことだからよくは知らないけど。……けれど、世紀の大発明は世界を壊す悪魔の発明になってしまったんだ」

トーカが芝居がかった口調になっていく。コイツはもう少しマトモに話をすることはできないのだろうか。

「自然からいくらでも抽出できるエネルギー。でもそれは、自然が世界のバランスをとるために使われているものだったんだ。何も知らずにエネルギーを使い続けるうちに自然はバランスを失い、風は荒れ狂い大地は割れ雲は水の循環を支えられなくなった。まさに人類滅亡の危機だ」
「でも俺たちは普通に生きてるぜ」
「まあそう先を焦んなさんな。人間もただ滅びを待つわけにはいかない。豊富なエネルギーによって発展した技術を使って、自然をコントロールする機械を作ったんだ。でも世界の崩壊とせめぎ合ってる中で作ったために、制御する中心部だけはどうしても作れなかった。そこで考えられたのは、人を制御部として機械に埋め込むことだった」

肌が粟立つ。腕を掴む手に力が入る。

「ただ、生きた人間を使うんだ。永遠にというわけにはいかない。最初はうまくいったが、10年もすればだんだん自然をコントロールできなくなっていった。仕方なく次の人間をまた機械に繋ぐ。それが繰り返され、いつしか適性のある人間を育てて10年ごとに交代させる組織ができた。それが教会の始まりだ」

だからナズは教会の服を着ていたのか。
生贄として捧げられる少年。あの深い闇のような目や人形のような所作を思い出せば納得できる。
ただ、どうしても腑に落ちないのは、どうすればあんな満ち足りた顔ができるのだろうということだ。死を前にした人間にはとても見えなかった。

「どんな気持ちなんだろうな。自ら死に向かうなんて」
「さあ。それは誰にもわからない」
「なあ、すぐには無理でも、エネルギーを使わいようにすれば世界はもとに戻るんじゃないのか?」
「一度壊れたものは元には戻らないんだよ。ましてや人が手を加えてしまった後ではね」

重い沈黙が降りる。貧民街に住んでいれば人の死なんて珍しくない。力尽きのたれ死んだ死体だって山ほど見てきた。
でも、それとはまた違った悲壮感がヤドにはある気がした。

「ちなみに……」

沈黙を破ったトーカが立ち上がって近づいてくる。
なんだ?と身構えると急に頭を撫でられた。

「腕を組むのは自分を守ろうとする無意識の表れらしいよ。何を話されるのか怖かっただろうに。よく頑張ったね」

撫でる手はとても優しくて、思わず気を抜きそうになってしまう。
いや、ダメだ。まだ肝心なことは何も聞けてない。

「じゃあお前があの車を見張ってたのは、ヤドを助けようとしてたのか?」
「あ、いや、それは違う」
「……違う…」

話の流れからてっきり生贄の解放を狙っているのかと思ったのに、おもいっきり真顔で否定された。

「目の前のヤドを逃したところで、代わりの人間が用意されるか世界が終わるかのどっちかだろ。まあ仲間にはヤド無しでも自然をコントロールできないか研究してるヤツもいるが、俺の役目は別だ」
「じゃあ、お前の役目はなんなんだよ」
「あれかな」

ドアの向こうが指差される。

「ここには沢山の人がいただろ。ほとんどが貧民街生まれやら奴隷だった人たちなんだ。力ってのは人を強欲にするのかね。教会やら軍やらは特権を欲しいままに振りかざして、結果全てを奪われる人が大勢いる」

出会って初めてだろうか。僅かだがトーカか怒りの感情を露わにした。

「そんな人達が生活できる場所を作るのが俺の仕事。ついでに権力を貪ってる奴らにちょっと嫌がらせしたりね」
「何でお前がそんなことしてんだ?」
「ん〜。ちょっとした理由で教会様達は俺に手を出せないんだよねぇ。だから適材適所で派手に動くのが俺の役目になったんだよ」

『動機』を聞いたつもりだったのに話を逸らされた。わざとだな。

「けど、その理由ってのがこの度無くなっちゃいましてね。自由に動きづらくなっちゃったのよ」
「……ああ。懸賞金」
「理解が早いね。あの車を張ってたのは、次のヤド関連で弱みでも握ればヤツらを黙らせられるんじゃないかと思ってさ。そしたら君が出てきた」
「ということは、俺んトコに来たのは人質にするためだったってことか」
「乱暴に言っちゃうと、まあそういうことだね」

ようやく最初の質問の答えが出た。
現実なんてこんなもんか。ため息とともに体の力が抜ける。何を期待してたんだが。

「ヤドと関わったことで君に危険が迫るかもしれなかったという理由もあるんだけど、これはただの言い訳だね」
「実際に危険な目に遭ったのはお前のせいだしな」
「う〜ん。それを言われると言い訳もできないね」

笑いながら降参のポーズをとられる。どうにもコイツ相手だと怒りも落胆も長続きしない。

「はぁっ。まあ助けてもらったのは事実だしな。もう家には戻れないし、ここにいるしかない」
「そうそう。悪いようにはしないよ〜」
「セリフが完全に悪党のそれ。で、俺はここでお前の手伝いでもすればいいのか?」
「いや、学校に通ってもらう」
「……は?」

俺の間抜けな声に、トーカがニヤ〜と笑う。
殴り飛ばしてやろうか。

「俺の仕事を舐めるなよ。なんの知識も知恵もないヤツがどうやって権力相手に戦うんだよ」
「……まあ、それはそうだけど」
「幸いうちの組織は『生活の基本は学びから』って考えでね。このアジトでも子供達に色々教えてるんだよ。その中に入って一緒に学んでもらう」

ウインクされた。心底気持ち悪い。
さらに肩に手を置かれ、目線を合わされる。

「俺の手伝いができるように頑張って学んでこいよ。期待してるぜ、相棒!」

………ひとまず格闘術でも学んでコイツの顔に一発お見舞いすることを目標にしようか。
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