第4話金木犀 1

文字数 1,156文字

 黒い髪をなびかせ、ピンヒールの音を立てながら女は歩いた。後ろから仲が良さそうには見えない3人が付いてくる。
「ねぇねぇ彼岸さぁ、そのワンピース似合わないっすよぉ」
 後頭部に両手を当て、ヌカは女にそう言った。真っ赤な丈の長いスカートを見つめる。
「ヌカさん、頭が悪いんですか?誰に何を言っているんです?」
 ヌカの頭に、金髪に白帽子が手を当てる。
「…そうだ。…いや、お前は頭が悪かったんだな」
 低い声の長身の男もヌカを非難する目で見つめた。ヌカはわけもわからず、首を傾げる。
「すぐ着替えてやるよ」
 その女・彼岸は3人に振り返った。
 繁華街でも人通りが少ない。街並みだけが立派で、人は外に出たがらないのだろうか。この街の出身ではない彼岸には分からない。彼岸が暮らした街とは違う、冷たい印象を受ける。飲食店も電器屋もガソリンスタンドも開いているが、人は見当たらない。奇怪な街だ。繁華街には音楽が流れている。ロックだ。
「…なんか食わないか?」
 長身の男が腹を押さえる。ヌカがけらけら笑い、金髪の白帽子は肩を竦めた。
「ああ、何も食っていなかったな」
 彼岸が繁華街に並ぶ看板を見回し、自分たちの口に合いそうな物を探す。
「米と魚が食いてぇっすよ、オレっち!」
「そうですね、それがいいでしょう」
「…ああ」
 3人の意見を聞き、彼岸は看板から米と魚が出そうな店を選ぶ。彼岸の育った街と食文化は大差ないが、どこかこの街の食は、温かいがどこか冷たいのだ。味でいえば美味しいのだが、何か違う。
「彼岸!あそこにするっすよ~」
 ヌカが陽気に笑って、勝手に進んでいく。
「行きますよ、彼岸さん」
 艶やかな金髪が揺れる。汚れを知らない真っ白な帽子が日光とともに目に眩しい。
「急かすんじゃねぇよララク」
 ララクは挑戦的な目を彼岸に向けた。色白の美形だ。
「…すまん」
 彼岸のイライラした表情に、落ち着いた声の男は彼岸の脚を腕で掬い上げた。
「何してんだよ」
「ん…踵、痛そう」
 彼岸の膝裏に腕をずらし、もう片腕で彼岸の上半身を支える。
「男には分からんだろうな」
 落ち着いた男・メオは適当に返事して、ヌカの向かった店へ歩き出す。
「さっきの男、メオはどう思う?」
 彼岸は訊ねた。メオは無表情の中にも考えているような表情を見せた。
「…危険には、思えなかった。でも、胡散臭い」
「そうだな。なんなのだろうな」
「彼岸より、小さかった」
「背丈は関係ねぇだろーが」
 担がれていなければ、ピンヒールで思いっきり踏んでやろうか、と思った。金髪の白帽子のララクより背は低いが、ヌカとは同じくらいのこの背丈に彼岸は苦い思いを抱いていた。そこに出てきたあの小柄な男に彼岸は不快感を抱いた。
「ん。…そうだな」
 余分な体力を使いたくない、というメオの本心を彼岸は悟り、もう口を開かなかった。
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登場人物紹介

アレイド。16歳/32歳。168㎝。男性。女体化された「アレイド(改)」を作られている。フロレンスィア家第一子の臓器を使って作られたためダンテ・ハンスの長兄に当たる。ビジュアルモデルは白兎の息子。自宅付近の花屋の娘・ロズマリアに淡い想いを抱きつつある。

白兎(はくと)。???歳。医者・科学者。妻を息子に殺害され、息子をその手で殺害する。息子に似せて作った半人造人間・アレイドを憎んでいる。娘を連れ去っては女体化版アレイド(改)を作って虐待している。アレイドが最近気に掛けている花屋の娘・ロズマリアをどう甚振るか画策中。

アデル。姉を女として好いている妹。毒リンゴ果樹園に住む猛毒遣い。義兄になる亡国の王子殺害を企てる。

亡国の王子。本名不明。妹を謀殺される。お人好し。嫁ぐ妹につけさせた従者が月の皇子・輝夜(かぐや)。

アルヴィス。アデルの姉。亡国の王子と婚約している。妹に恋慕されていることに気付いていないわけではない。

彼岸。20歳。170㎝。刀遣い。右腕に鬼の呪いを受けている鬼一族に入った人間。一族を殺害した者の仇討ちを目論む。3人の従者がいる。仇・ダンテを殺害せんとその兄・ハンスと偽装結婚しているがハンスは本気になっている。拾ったアレイド(改)に同性愛的な慕情を寄せられている。

ダンテ・フロレンスィア。ハンプティダンプティ兄弟の弟。17歳。虐待サバイバー。歳の離れた兄・ハンスがいる。V系バンド「チェシャ猫」の2代目ヴォーカル。彼岸の放った式神の少女にうっかり恋してしまう。

レッド。23歳。155㎝。左利き。ヒトとオオカミが融合する奇病に侵されたところを白兎に救われ、彼に惚れる。アレイドに対しても親しい様子を見せる。奇病に感染する前は舞台女優志望だった。

赤い髪の女。???歳。180㎝。彼岸と知り合いらしい。彼岸を巡りアレイド(改)に嫉妬される。

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