第1話

文字数 986文字

 例年、冬になるとあちらこちらが(かゆ)くなる、ポリポリ…。
 先日、予定時間が6時間の血管の手術があった。
 更衣室で手術着に着替える。手術室内の清潔を維持するために、原則として手術着は素肌の上に着る。ピリッとプレスの効いた手術着を着ると、身も心も引き締まる。自分は外科医だと実感する瞬間だ。
 患者さんが入室する前の手術室では、麻酔医、器械出しや外回りの看護師、臨床工学士などのスタッフが慌ただしく準備に追われている。自分は患者さんの電子カルテを開き、レントゲン画像を確認する。
 その時だった。「…?」。背中が痒い。プレスの効いた手術着が背中と()れて、無性に痒くなった。「ん~、痒い」。思わず手を回して背中を()く。するとその手のほんの少し先の背中が痒くなる。「ん~、痒い、痒い」。ボリボリ掻いているうちに背中中が痒くなった。
 診断は皮脂欠乏性掻痒症(ひしけつぼうせいそうようしょう)で、要は皮膚の脂気(あぶらけ)がなくなりカサカサの乾燥肌で痒くなったのだ。治療は保湿剤の外用である。
 さて、ここからが思案のしどころだ。誰に保湿剤を塗ってもらおうか? セクハラ・パワハラにならないようにと熟考した結果、一番年配の前師長さんに恐る恐るお願いしてみた。
 「いいですよ~」と彼女は快諾してくれ、保湿剤を取りに行って戻ってくると、右手に使い捨てのプラスチック手袋をはめ、保湿剤の軟膏を容器からてんこ盛りにすくった。
 「はい、どれどれ。」
と、彼女は右手の(てのひら)で、窓ガラスを雑巾で拭くかのように豪快に保湿剤を背中に塗ってくれた。紙やすりにワックスを掛けたような感じがした。その効果は覿面(てきめん)で、痒みは治まり、手術は無事に終了した。 
 ところで最近、外来診察で聴診する際に、胸部や腹部に搔爬疹(そうはしん)(俗にいう「掻き壊し」)を見かけることがある。
 「夜、痒くて掻くことはないですか?」
と患者さんに尋ねると、これが結構な確率で当たる。そんな時、保湿剤を処方して好評を得ている。ポリポリ…。

 さて写真は2017年1月、酒田市の台湾料理屋で食べた火鍋である。

 鍋が中で二つに仕切られていて、左が胡麻油の香る石頭火鍋、右が辛さが引き立つ赤いスープの麻辣(まーらー)火鍋だ。自分は断然、赤く辛い麻辣が好のみで、寒い時、食べると辛さで薄っすらと汗をかく。乾燥肌が一瞬、治ったような気になったが矢張り痒かった、トホホ…。
 んだの。
(2020年3月)*(2022年3月 一部加筆した)
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