第2話

文字数 1,143文字

「げ、拓郎さん、観葉植物枯らしちゃったんですか」
 喫煙所で鉢合わせた後藤真美が、大きな目を丸くした。同じ結婚式に出席した職場の後輩だ。

 「縁起わるぅ。広瀬さんに言っちゃおうかな」
 「勘弁してくれ。そっちこそマグカップ転売しただろ」
 真美の声の大きさに焦り、拓郎は怖い顔をした。式を挙げた広瀬は近くにいないが、どこで耳に入るか知れたものではない。

 「でも観葉植物って手入れ簡単じゃないですか。よっぽどですよ」
 真美は声のボリュームを落とさないかわりに、真顔になった。
 「そうかな」
 「どうせ彼女さんに水やり任せてたんでしょ」
 拓郎はうん、と言葉を濁した。美弥子が出ていってから、何かあるたびにぼんやりしてしまう。

 「植物が枯れるって、そんなにおかしいかな」
 拓郎はスマホを取り出し検索した。どうでもいいと思っても、「人並みにできない」と言われると気になるものだ。
 待ってましたと言わんばかりに、「植物を枯らす人の特徴5選」といった見出しが躍り出る。拓郎はうんざりした。
 「後藤は、植物とか育てる?」
 紫煙の向こう側の、明るい茶髪。前髪の隙間で、瞳がちょっと揺れた。
 「ちょっとは」
 「枯らさないの?」
 「一月もたたずに枯らすことないですよ」
 減らず口とともに煙をはき、生意気な後輩はニヤついた。
 「水もやってるわけ」
 「当たり前じゃないですか。ネグレクトですよ」
 「大袈裟だな」

 拓郎は検索結果のページに視線を滑らせた。植物は敏感なので、優しい言葉をかけてあげることも大事ですーー。難儀なことだ。
 「話しかけろって書いてあるけど?」
 真美はそれには答えずに切り返した。
 「彼女さんがいたとき、植物は元気だったんですか」
 「あぁ‥‥そうだな」
 よく覚えていないが、葉が変色したことはなかった。
 「じゃあ、こっそり話しかけてたんですよ。そもそも可愛がってれば、自然と話しかけたくなるもんですし」
 「そんなもんか」
 薄汚れたガラス扉の向こう側に、拓郎は、水やりをする美弥子の姿を想像した。スカートを気にかけることなく植木鉢の傍らに座り、マグカップを傾けて水をやる。
 あの寒ざむしい廊下で、彼女は愛情のこもった声を植物に注いでいたのだろうか。そんなことをする女性だっただろうか。

 不意にたまらなくなって、拓郎は目頭を押さえた。吸い殻を捨て、そそくさと喫煙所を出る。目が潤んでいるところをこの後輩には見られたくない。
 「え、ちょっと、もう1本あげますよ」
 後ろ手で閉めかけた扉の隙間から、真美の声が追いかけてきた。気の置けない後輩。自分はそのうち事情を話すだろうが、今ではない。
 喫煙所の外は、無機質な廊下が続いていた。美弥子の姿はぼやけ、記憶のなかで鮮やかさを失ってゆく。
 拓郎はただ悲しかった。
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