第4話

文字数 6,732文字

 日曜日、休日。
 とある郊外の都市。四方を山で囲まれたそこは孤立した地域であるが、幹道幹線の開通、それに伴う企業誘致の成功などにより居住する人間は多く、市街地は発展している。
 ここでは月に一度、なんの祝日でなくとも街の自治会主催のフェスティバルがある。メインストリートへの車両の進入は禁止され、そこにはあらゆる露店が出店する。
 そして此度のフェスティバルも穏やかな天候の下つつがなく行われていた。子供を肩に乗せた睦まじい家族、腕を組んだ男女、はしゃぐ仲良しグループなどが皆その顔に笑顔を浮かべ、存分に休日を満喫していた。だがこの日のフェスティバルは和やかには終わらない。なぜなら陽気な殺戮使節団ともいうべきメルヴィン達がやってきたから。多くのゾンビを引き連れて・・・
 それは大型トレーラーに乗ってやってきた。グル、グッド、メルヴィンがそれぞれ一台ずつ、計3台のトレーラーを運転している。トレーラーの中には地道にホームレスを狩ってつくった2個中隊相当のゾンビが詰め込まれている。悪霊は最後尾を走るメルヴィンの助手席で大人しく寝ていた。
 トレーラーが車両進入区域に入ると、その境で一旦車を止め、物資搬入業者を装ったグルが窓を開ける。そこから偽の証明書を提示すると、あとは特にチェックもなく、簡単に乗りいれられた。
「よし、ここまで来ればあとは始めるだけだ、用意はいいな?」
 メルヴィンが問うと、
「ああ」
「早く始めようぜ!」
 グルとグッドは応じる。
 二人の相槌に頷くと、それを合図にメルヴィン映画史上、最大スケールのエクストリーム・スナッフムービーの撮影が開始される。

     ☆★☆

 それはまさに唐突であった。
 人々は青天井の下で様々な催しを楽しみ、露天の料理を食べ歩き、粗野な解放感に酔う。オープンになった心でもって見知らぬ人とも楽しく語らい、ひとときの友好が次々と生まれる。それは自ずと彼らの人生を豊かなものにするのであろう。
 一言で表せば『良き休日』であった。
 しかしそこに突然、異物がどろどろと夥しく混入しだす。時間にして正午前、フェスティバルは始まったばかりであり、訪れる人間もいまだピークには達していない。人々が集まっているのはメインストリートの中央部、露店や催しが最も集中している部分である。そしてそこにいる人々を囲うようにあらゆる路地から大量のゾンビが侵入してきた。
 もちろん人々は驚いた。その腐敗した気持ちの悪いビジュアルは当然目を楽しませるわけもなく、場の空気は明らかに凍りついた。だがそれも一瞬である。警備員が了解事のようにゾンビに道を開けているのを誰もが確認したからである。ということは何らかのイベントの一種ということ。こんな気持ちの良い休日のフェスティバルに不気味なゾンビの乱入などで水を差したまま終わるわけがないと思うのである。となればすぐにもフェスティバルを盛り上げる為のイベントが始まるに違いない、むしろこんな入り方である、どんなイベントが始まるかは予測不可能。そしてどんなラストで盛り上げてくれるかも予測不可能。多くの人がこのゾンビの乱入を期待と不安を込め、とりあえずは受け入れたのである。それからしばらく、動きの遅いゾンビ達のイベントが次なるステップに移るまで、人々は先程までの楽しい休日の中に帰っていく。

 もちろん警備員などが気持ち悪がりつつも道を開けたのは、グル達の根回しによるものである。正規の方法で大人しく入場したメルヴィン達(偽の証明書を使ったわけだが)は、入場後すぐに、手早く付近の係員や警備員を始末して彼らの無線を奪った。それを使い、緊急に決定したイベントがすぐにでも始まるのでそれらの妨害はしないようにとの内容を警備員達に連絡したのである(始末された係員達はもちろんすでにゾンビの行列の中である)。
 しかし気持ち悪いものは気持ち悪い。否定の気持ちで眺めれば溢れ出てくるゾンビの数、およそ無量大数である。しかも吐き気を催すとんでもない悪臭を放っているではないか。なにかがおかしい。まともに追求する時間もなくそのイベントとやらが始まってしまい道を開けてはしまったが明らかに変だ。機転と責任感を持つまともな警備員複数名が自治会本部に連絡を取った時にはしかし、時すでに遅しである。
 ゾンビによる包囲網はほとんど完成されていた。フェスティバルを楽しむ人達もゾンビを間近にすることにより改めて観察すればその腐敗と腐臭、耐え難いグロテスクに気付くが、後悔の念で時が巻き戻れば誰も苦労はしない。
 そしてまさにこの瞬間、ムービーが回りだす。本能が直感で悟った死、人々がそれを厭う暇も無くゾンビは一斉にその呪わしい飢餓を埋めんと咆哮した!
 最早人々は包囲の中、食事は確実。ゾンビ達は抑揚の無い呻きを上げながらノロリと得物に手を伸ばす。
 人々は一斉に悲鳴を上げるが捕食は確実、ゾンビはその緩慢な動作からは想像もつかないほどの力強さと貪欲さを持っていた。しかも逃げ場無し。どうすることもできずに人々は憐れに喰い散らかされていく。
 頭、脳、耳、鼻、舌、首、腕、乳房、腹、心臓、胃、腸、筋、髄液、性器、臀部、脚など、およそ人体丸ごとが特上の馳走であるかのような貪欲さ。しかし味など意に介さぬような激しい貪りである。例えば極限の飢餓が人を獣に帰すというのならば死してなお眠りにつけぬ者はその茫漠たる空白をどう埋めればいいのか、ただ狂おしいまでに生者を貪るほか無いのではなかろうか、とにかくも凄まじいまでの食欲であり、惨劇は一斉に拡がっていく。喰われた者は新たにゾンビとなって起き上がり、食う側へと回った。人間は減り、ゾンビは増えていった。
「ちくしょう!興奮する、興奮するぜ!」
 メルヴィンは熱狂して口走る。自身もすでに搬入業者からゾンビへと姿を変え、愛用の巨大なナタで次々と人々を叩き殺していく。
「すげえぞ!《ブレインデッド》の虐殺シーンなんてメじゃねえぜ!」
 かつてないスケールの大虐殺シーンが阿鼻叫喚をもって完成していくのを肌で感じ、恍惚と叫ぶ。もちろん撮影の準備にも抜かりはない。事前に街のあらゆる場所にビデオカメラを仕込み、自身の頭にもカモフラージュされた小型カメラが取り付けられている。
「逃げろ逃げろ!逃がさないが」
 メルヴィンは長年培ったフットワークで返り血と惨殺体をかい潜り、戦場カメラマン顔負けのアクティブさを発揮して迫力の映像を撮っていく。そしてグルとグッドも同様、愛用の凶器でもって次々死体の山を築いている。まさかり担いだグルは重く竜巻のような一撃を、小型ハンマー二刀流のグッドはクイックムーヴで烈しくもテクニカルに。メルヴィンも含めてそうだが、共通点はやはり鈍器であるということ。ナタもまさかりも斬る為というより、肉厚の刃で叩き殺す為に使っている。刃の切れ味はすぐに落ちるので大量殺人には向かない。
 がしかし、いくらメルヴィンらとゾンビ達が爆発的に殺戮を展開させても、それはメインストリートの中央部という極めて限定的で局所的なものである。ゾンビの包囲の外にいた者らはそこから逃げればいいのだがそこはもちろん抜かりなど無い。目ぼしい路地やフェスティバルの駐車場など、避難する人々を待ち構えるようにゾンビを配置済みであるし、街中にある駅にも一個分隊ほどのゾンビが駅員たちを貪りに向かっている。
 要はメルヴィン達は入念な下調べによってゾンビの必要数と配置を策定し、殺戮の混沌でもってこの山間の地方都市を一時的に恐怖で麻痺させようというのである。所詮、都市といっても郊外にある平和な大きめの街である。常駐の軍隊組織などいないし、近辺にも存在しない。派遣するにも時間は掛かるし、突如現れたゾンビの大群などというホラー映画の定型句を吐かれて、最終的には千を超すであろうゾンビの群れを確実に鎮圧できるだけの戦力をすぐに派遣するとは考えづらい。その間にもっと重要な場所で重要な事件が起きるかもしれないのだ、オカルト全開の与太に真面目に取り合う方がおかしく、すぐさま整然とした軍隊の登場というのはまずない、とメルヴィン達は踏んでいる。
 しかもそれに加え、ゾンビ達は包囲した者達を喰い尽くし、その数を倍以上に増やして街中に広がり始めた。目ぼしい退路と交通機関は真っ先にゾンビに占領され、多くの人々が恐怖のうちに喰い殺されていく。ゾンビは次々と増加し、暗中の光を追うがように、狂おしいまでの執拗さで生者を追いかけていく。まさにメルヴィン達の計画通り、街は恐怖の坩堝と化していく。
 そんな中、グッドは自らの手による殺人に人心地つくと、来た道を逆走し始めた。
「おれは出し惜しみなんてしねえんだぜ!」
 鈍器を振り回して猛る。目指すは乗ってきたトレーラー。いまや逃げ惑う人々と入れ替わるように現れだした警官隊。グッドはいわゆる盛大なお出迎えをしようとしていた。それはグッドなりの狂った御挨拶。それには『はじめまして』と『こんにちは』と『さようなら』が同時にこめられ、矛盾など無く、刹那の歓びを一瞬の歓待にて刻んでやろうの心意気。要は大型トレーラーで警官隊もろとも人々を轢いて轢いて轢きまくってやろうとしているのである。
 メインストリートを引き返すと、そこは少し前までの平和な賑わいなどは破壊し尽くされ、まさに狂宴の後。メインストリートには血の小川が形成されており、それは三途と呼ぶに相応しい、が、グッドには興奮を約束する赤絨毯である。
 トレーラーのもとに辿り着くとグッドはすぐに座席に乗り込む。高台にいるようなトレーラーからの視界に爽快を覚えつつ、血で濡れた手で挿しっ放しのキーを回す。途端、眠りから覚めたようにトレーラーが呻きを上げる。グッドはシートに背中をもたれて覚醒の振動を堪能、飢えた巨大な肉食獣の背に乗る獣使いのような誇らしくも頼もしい気分に自然と唇が吊り上がる。まるでトレーラーも人を轢きたくてうずうずしているようではないか。
 もはや我慢できないとばかりにグッドはトレーラーを発進させる。巨大なタイヤの回転は血の飛沫を上げ、尋常でない圧力をもって車体を運ぶ。全速で運転すればすぐにも前方の人だかりに辿り着く。途中、あえてこちらに逃げてきた勇敢な若者グループを枝でも踏むようにあっさりと轢き殺した。
「よし!」
 早速の轢殺。景気がいいじゃないか。グッドは少年のように無邪気にガッツポーヅを決めると、湧き上がる狂暴な衝動を抑えきれずステレオの再生ボタンを叩き壊すようにしてON!

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 車内でシンプルで強烈なグルーヴが炸裂する。気だるげな女ヴォーカル、突如上がる金切り声、繰り返される狂ったビート。斧を片手にやたら執拗に、とてつもなく情熱的に人を追いかけ回している情景が自然と浮かんでくる最高の曲。グッドお気に入りの虐殺ナンバー。ハイテンションな虐殺、その再度の幕開けを飾るに相応しい爆音。
「ヘイ、カワイコチャン!ちょっとゾンビをどけてくんな!」
 前方に人だかりが見えるとグッドは懐に隠した、常に悪霊に指示を飛ばせる状態にした無線を取り出すと、声を飛ばす。
 するとどうだ、ゾンビ達はそれこそまるで幕でも引くように左右に退き、トレーラーへの道をつくった。
 ゾンビという不条理な生命、思考の無い餓鬼の群、それらが一つの意思の下に完全統率された動きをするということ、例えば海が割れて道を成したのを見るような不可思議な感慨、それを感じながら、そしてその感慨さえも興奮の業火にくべて、グッドは人々へとトレーラーで突撃、一斉に轢きまくる。
「こりゃすげえ達成感だ!」
 相変わらず爆音鳴り響く車内でグッドは叫ぶ。あらゆる凶器であらゆる殺人を行ってきた経験豊富なグッドをしてこの快感は未知であった。銃器などとも違う、もちろん大量破壊兵器などとも違うだろう。車で人を轢いたことは過去何度もあるがそれとはまるで別物。自らの巨大な足裏で次々と、圧倒的な暴虐でもって、人々を踏み潰していくかのような快感!これ以外では得られないであろう唯一無二のカタストロフィー!
 大型トレーラーの高い車高のフロントガラスにまでも様々な物が飛び散ってくる。ドリンクの入った紙コップ、食べかけ又はできたてのホットドッグやピザやクレープ、ポップコーンやアイスクリーム、血飛沫、カラフルなパラソルに椅子やテーブル、人体の様々な部位やその破片、手作りのポップや露店の骨子、靴や帽子や看板、アコーディオンやクラリネット、大道芸に使われたであろう色々のわくわくするような道具達、とにかく賑やかな休日を、フェスティバルを彩っていたもの全てが残虐行為によって荒々しく飛び散ってきた。そしてそれらを時に備え付けの洗剤とワイパーで綺麗に拭き取る!
 がしかし、やがてフロントガラスに付着する血は様々な汚物と混じって粘度を増し、幾層にもなって透明のガラスを覆った。ワイパーなどでは除去できないほどにこびりついたそれはグッドの視界を奪い、当然の結果としてトレーラーの暴走は激しく無軌道なものになっていくばかり。

     ☆★☆

 一方、そのころメルヴィンはメインストリートから一本外れた路地裏にいた。もちろん一人休憩をとっているわけではない。多くの返り血でべったりと濡れ、ゾンビ顔負けの悪臭を放つメルヴィンの眼の前には数人の警官が。しかしその雰囲気は異形を前にした警官、というものではなく、それどころか彼らは所有する警棒や拳銃に手をかける素振りさえ見せずに友好的でさえあった。
 警官は6人。新米から定年間近の壮年までいるが、共通して法の番人らしからぬ狂的な光が眼に宿っているのをメルヴィンは見て取った。遠目に見てもこいつらはゾンビを前にお祭り騒ぎ、だからこそ気になって悪霊に指示を出してゾンビに連れてこさせたのだ(ゾンビに捕らえられてもなおワーキャーいう始末であったが)。
「おい、お前ら」
 とにかくも異質であることに変わりはなく、それは不安要素ともなってくる。正体の見極めは重要であり、メルヴィンは警官達に口を開いた。が、そんなメルヴィンの思惑など屁ほども気にした様子無く、警官達は口をきいた眼前のゾンビに顔を輝かせ、好奇心のそわそわを爆発させた。
「やっぱりあんた人間だったんだな!」
 年長の警官が叫ぶ。さながら嬉しい悲鳴といったところ。
「あ?ああ、そうだが、よくわかったな」
 とはメルヴィンだが、あれだけ通常あらざるゾンビの動きをしていれば深い洞察など必要ではない。のだが、警官はすでに完全に自分のタイミングで興奮しまくっている。
「ちっくしょう!やっぱり!」
 メルヴィンの確認が取れると他の警官達も興奮を抑えきれずに思い思いにジタバタした。年長はもはや激しい興奮を抑えるのが困難な状態にあり車両進入禁止の道路標識を警棒でボッコボコにしてなんとか正気を保った。そして一転、気持ちの悪い猫なで声を出して甘えるように擦り寄ってきた。
「なあなあ、俺達も混ぜてくれよ、あれに」
 もちろん『あれ』とは路地向こうに覗き見えるゾンビの虐殺とトレーラーの大暴走である。
「そうだよ、混ぜてよ。俺達ずっとこんなことが起きるの待ってたんだ」
「いいでしょ?いいでしょ?」
「今日からおれ達は殺し専門に転職するんだ!」
 などと年長を皮切りにおねだりに追従してくる。ジタバタしたかと思えばスリスリ甘ったれてくるこいつらの鬱陶しさ。糞尿洩らした動物が何故だが懐いてくるが如し、なんたる厄介事であろうか。予想外の人災、といっても即排除という類ではないと判断してメルヴィンは早々に警官達に頷いた。
「わかったわかった、お前らの熱意には負けたよ、好きに参加してくれ。ただ後々足がつくと厄介だからそこいらの汚物でも頭から被ってゾンビか襲われた一般市民のフリでもしてくれよ」
 が、メルヴィンが言い終わるより早く警官6人は一斉に制服を脱ぎ捨て素っ裸になると、メインストリート付近にある巨大な汚物の山へ我先にとダイブした。
 と、それと同時にグッドの運転するトレーラーが暴走の末に派手に横転した。轟音、衝撃、空気が振動する。辺りは爆撃をくらったよう、様々な物がバラバラになって飛び散り、一帯に粉塵が舞った。
「おい、そこのバカ6人!今だ!早くしろ!この混乱に乗じてゾンビの群れに混ざれ!」
 自身、ゾンビの群れの中へと駆けながらメルヴィンは怒鳴る。その叱咤はまさに己の仕事に命を掛ける誇り高い映画人そのもの。
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