第1話 息子の日記を読むに至った経緯

文字数 2,004文字

 私の名前は神成 善太郎(かみなり ぜんたろう)。来月、息子の結婚式を控える父親だ。今日は会社帰りに居酒屋で一人飲みしている。いつも飲みに行くときは同僚や友人と一緒だが、今日は事情があって一人だ。

 息子の結婚のことを知ったのは今から1カ月前、妻から「博(ひろし)が結婚するらしいよ」と聞いた。実に事務的な連絡だった。
 息子は大学進学と同時に一人暮らしを始めた。それから約20年、私たちは一緒に住んでいない。娘だったら実家に帰ってくるのだろうけど、息子は用事がなかったら実家には帰ってこない。だから、息子と会うのは冠婚葬祭くらいだ。顔を合わせる頻度は2~3年に1度だろう。会ったところで何を話していいか分からないから、大した会話はないのだが。

 息子の年齢は39歳。約20年一人暮らしをしているから完全に自立している。だから、息子が生活していくうえで私や妻の助けは必要ない。用事がなければこちらから連絡しないし、むこうからも連絡してこないから自然と疎遠になる。

 念のために言っておくと、私は息子と決して仲が悪いわけではない。会えば話をするし、用事があれば連絡もする。
 が、長年離れて暮らしているから、私は普段息子のことを忘れている。私が妻と話していても、息子のことが話題に上ることは稀だ。

 息子が30歳を過ぎるまでは『そろそろ結婚するのでは?』と私と妻は薄っすら思っていたのだが、そんなそぶりはなかった。付き合っている彼女を紹介されるでもなく、結婚に関する話題が息子から出たことはなかった。だから、私と妻は、息子は結婚する気がないのだと思っていた。今になってなぜ結婚する気になったのかは分からない。謎だ・・・

 結婚しなかった息子について、私はいろいろと推理していた。ミステリーが大好きだから。

 まず、私が疑ったのは既婚者との不倫だ。夫と子供がいる女性と付き合っていて、不倫女性から『子供がもう少し大きくなるまで夫とは離婚できない』と言われ。そのままズルズルと…。
 そんな感じだと予想していた。妻に聞いてみたら、そういう女性と付き合ってはいないらしい。私の推理は外れた。

 次に疑ったのは息子の性的嗜好だ。ゲイとかトランスジェンダーとか。最近はオープンな家も多いと聞くから、そのうちカミングアウトされるのではないかと思っていた。でも、これも違った。この時点で私の推理は0勝2敗。

 脱線したから話を戻そう。私がなぜ居酒屋で一人飲みをしているのか?

 理由は息子の高校時代の日記を見つけたからだ。息子が一人暮らしを始めてからも、息子が使っていた部屋はそのままにしてあった。息子が結婚することになったから、妻が「部屋の荷物はどうするつもり?」と確認したら、「必要なものはないから処分してほしい」と息子は言ったらしい。さすがに全て処分するのはどうかと思ったから、私と妻は息子の部屋に入って廃棄するものと残しておくものを整理した。その時に、私は息子の高校時代の日記を発見した。妻には日記を見つけたことを言っていない。

 息子が捨ててもいいと言った日記だから私が読んでもいいのではないか、と思う。それでも、いくら息子とはいえ他人だ。だから、他人の日記を読むのはダメだ、とも思う。どっちやねん・・・

 「家で読めばいいんじゃないか?」と思う人がいるかもしれない。でも、家で息子の日記を読んでいる時に、妻が私の部屋に入ってきたとしよう。私は見られるとマズいから日記を隠す。すると妻はこういうだろう。

「なに見てた?」
「別に・・・」
「別にって・・・やましいことでも、あるんとちゃう?」
「ないない。全然ない」
「じゃあ、見せーや」
「いややー」

 エロ本を母親から隠す中学生のようなシーンが想像される。そして、エロ本でもないのに妻にエロ本を隠したと思われるのだ。息子の日記であることを言えないばかりに、あらぬ疑いを掛けられてしまう・・・

 だから、私は一人で居酒屋にいる。

 息子の日記を読む罪悪感から、お酒の力を借りようと思ったのも理由の一つではある。
 同僚と一緒に息子の日記を読むわけにいかない。だから一人居酒屋。
 店内を見渡すと、私のように一人飲みをしている男性がそれなりにいる。今まで気にしていなかったのだが、家で寂しく一人酒よりも、にぎやかな雰囲気を味わえるから一人で居酒屋にくるのだ。また一人で来てみようかな?

 さて、私は今まさに息子の日記を開こうとしている。こんなことをする奴は人間のクズだ。とは言え、所詮、息子の日記。娘の日記をこっそりと読む父親に比べれば100倍マシだ。
 そう、私は娘の日記を読む父親の100倍マシな父親なのだ!

 そして、私はこの日記が息子の結婚の謎を解くための糸口になるような気がしている。ミステリー小説を愛読する私の勘がそういっている。
 だから、私は息子の日記を見る。固い決意を持って。

 私は息子の日記を開いた・・・
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