流星群が苦行と化す

文字数 2,933文字

私は自転車に乗ることが好きすぎる。しかし、サドルが硬い自転車に乗っているため、20kmほど漕ぐとお尻がものすごく痛くなってしまう。なので、自転車での行動範囲は残念ながら20~30km程度になってしまう。
 しかし、私はその範囲内でお気に入りのスポットに巡り会うことができた。そのスポットとは、豊洲にある公園である。
 夜になると、私はよくその公園へと自転車を走らせる。夜といっても結構深い時間に行かないといけない。10時くらいがベストだ。それよりも早い時間に行ってしまうと、カップル達が多めにうごめいているため危険なのである。羨ましすぎて自分の時間に集中できなくなってしまう。
 公園に到着すると、いつもサイクリングロードをゆっくりと走り、自分の定位置と決めているベンチに座って一時間ほどボーッとする。これが私に取っての至福の時間だ。スパームーンや流星群などの天体のイベントがあるときは、よりいっそう至福の時間となる。普段隠している厨二心を解放させて快感を味わうのだ。
 ある日、ふたご座流星群が流れるという情報を耳にした。その日は真冬でものすごく寒かったが、夜になるなりダウンジャケットを羽織り、急いで公園へと向かった。この日は雲一つなく晴れ渡っていた。
 豊洲の公園に到着するとすぐさまいつものベンチに向かい、仰向けに横たわって流星群を待った。この日の私はものすごく気合が入っていた。というのも、この場所で流星群を待つのは今回で二度目だった。

 その日はまだ蒸し暑さの残る夏の日だった。空は8割ほどを雲が覆っており、正直流星群が見える気はしなかったが、私は思い立ってしまった衝動を抑えられないタイプの人間なので、気が付いた頃にはtシャツにジャージ姿で豊洲の公園に立っていた。そしていつものお気に入りのベンチへと向かった。
 雲の隙間から一つくらいは見えるだろうと一時間粘ったが見ることは出来なかった。一時間硬いベンチに座っていたため、尾骶骨が限界を迎えた。すると、尾骶骨から苦情が来た。私は尾骶骨とは今後も長く付き合っていきたいので、彼の意見を尊重して帰ることにした。
帰り道に横断歩道の信号で止まっていると、
「こんばんはー」
と警察官に声を掛けられた。それもそのはずである。時刻は深夜1時。こんな時間にtシャツにジャージ姿で小太りの男が汗ばみながら一人で自転車を漕いでいるのだ。犯罪の匂いがする。
しかし、そこはさすがは警察官。角が立たないように
「自転車の防犯登録の確認のご協力お願いしてもよろしでしょか?」
と物腰柔らかく、話しかけてきた。常々思うが警察官というのはイメージしているよりもはるかに優しい。
 あ、そういえば今日初めて人と喋ったー。やったー。と思いながら確認を済ませた。
「お仕事の帰りですか?」
と聞かれたので、
「今日は流星群なんですよ。斬方角にまばらに見えるらしいので、今日はお仕事中時々空を気にしてみるといいかもしれませんよ。」
とわたしはドヤ顔で答えた。すると、
「えーそうなんですね。じゃあ、ちょっと気にしてみます。」
と笑顔で答えてくれた。
そうして流星群をお巡りさんに託して家へ帰った。

 そんなことがあったため、今回こそは絶対に見るんだと思い燃え上がっていた。しかし、気合のやり場に困ったので、オリャー!と心の中で叫びながら少しピシッとした姿勢で仰向けに寝転がり、夜空を睨みつけて待つことにした。
 何時間でも待てる気がしていた。それは、気合いによるものもあるが、着ているダウンジャケットがものすごく暖かいのだ。寝袋の素材を使っているらしく、チャックを上まであげる布団にくるまりながら歩いているような感覚に陥る。全く寒さを感じない。無敵だ。
 あまりの暖かさに油断していると、視界の端っこに光の筋が一瞬通っていった。しかし、これは見たうちに入らない。流星群あるあるなのだが、視界の端っこを通る流れ星は、光に照らされながら飛ぶ小さい羽虫にしか見えず、流れ星なのか虫なのか判断がつかないため流れ星カウントに換算されないのだ。
 とはいえ、おそらく流れ星を確認できたはずだ。これは期待できるぞ。そう思いながら待っていると、今度はほぼ目線の先に光の筋が通っていった。
 やった!見れた!
 あまりの美しさに思わず小さくガッツポーズをした。それから5分から10分おきに流れ星を確認できるようになった。
 5つほど確認できたところで、流れ星をスマホにおさめたいと思いたった。これが苦行の始まりだとは知るよしもなかった。
 撮影方法は、まずスマホのカメラを起動させて顔の位置固定してで構え、画角に流れる流れ星をひたすら待ち光が見えた瞬間にシャッターを切る。流れ星が流れるまではひたすら微動だにせず待ち続ける。 
 そうして待っていると、流れ星が通った。ウワッと思って、流れ終わった2秒後にシャッターを押してしまった。なるほど、これは相当難しい。シャッターを押す前に、流れ星を見た喜びと驚きで体が固まってしまう。
 しかし、何度も続けていれば慣れてきてシャッターを押せるだろう。そう思ったが、慣れることはなかった。流れ星が流れるまでのスパンが結構あったのだ。5分から10分おきに流れるのだが、何もせず暗闇を見つめながらだと30分に感じられる。そんな中で星が流れると毎回新鮮に嬉しくなってしまい、シャッターが押せないのだ。
 そうして苦戦していると私の体のある変化に気がついた。ものすごく体が凍えていたのだ。かれこれ45分以上横たわっていたので、地面からの冷気がダウンジャケットを貫通してきていた。寝袋の素材のダウンジャケットを貫通するとは、恐るべき地面からの冷気。一度寒さを認識するとみるみる体が冷えきっていった。もはや指先の感覚がなくなりかけていた。
 しかし、私には流れ星を写真に収める使命がある。ここで引くわけには行かない。そう言い聞かせてじっとしていたが、いざ流れ星が来ても寒さのあまりシャッターが押せなくなっていた。寒すぎる。
 すると、尿意が襲ってきた。トイレに行かないと。しかし、体が動かなかった。もしこの一瞬目を離したときに流れ星が来たらどうしようという思いが私の体を拘束していたのだ。こうなってしまうとなかなか動くことができない。
 何も得るもののない無意味な自分との戦いが開催されてしまった。
 近くの豊洲市場から魚の匂いか漂ってきた。なんだか競りに揚げられる冷凍マグロの気持ちがわかったような気がした。
 早くこの呪縛から解かれたい私は、適当にシャッターを押しまくることにした。すると、奇跡的にタイミングが重なった。やった!と思いすぐさま確認すると、何にも映っていなかった。しかし、ガッカリはしなかった。むしろこの呪縛を解いて帰るきっかけを手に入れたことに歓喜していた。これで帰れる。トイレを済ませ、手袋をはめて自転車に跨った。結局この日は10個ほど見ることが出来た。
 流星群を見るために豊洲の公園に来たはずなのに、いつの間にか帰ることが目的になっていた。
 なんだかバカすぎる時間を過ごしてしまった。流れ星はもう当分見なくていいか。
 そんなことを考えながら、帰る間ずっと夜空を見上げていた。
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