第9話 孤独の迷路

エピソード文字数 1,741文字

 深夜、何かの気配がして急に目を覚ました。夢を見ていた覚えはないので浅い眠りだっただけかもしれないが、さっと部屋を見回しても人の気配はない。仕方なく、宿2階の廊下をぼけっと一巡りして一階へ。

 深夜であるにもかかわらず主人が起きていたが、夜風に当たってくるとだけ言って、戸を潜る。

 外は薄っすら雪が積もっていた。雪で化粧された夜の街は、まだ僅かにある光源を伴なって幻想的にその輪郭を映し出している。

 何もないよりは何かあった方がいい。頭にたまってきた雪を払いながら、黙々と進んでいた。

 この辺り一帯はまだライノーツの国土だが、支配域としてはやや弱い。ライノーツ自体が北よりに位置する中、更に最北の地であるこの領域は船の出入りにはあまり向かず。海は一年中流氷に覆われ陸は農産物が育たず生産性の低い土地として、田舎貴族の領土になっていたはずだった。

 故に検閲も必要最小限で、田舎故、僕の顔すら知らない人間が多く、しばらく休息をとるには適した環境と言えた。

 が、無論だからといって休息に甘んじる程弱くなった覚えはない。

 夜中に何くれとなく始まった散歩はまた再び海辺の倉庫付近まで足を運んだところで、終わった。夜風に当たるにしてはやや寒すぎる。

 わかっていた。

 自分だけ暖を取って、彼女だけあの扱いはあまりにも、僕らしくないと。

 あの彼女は人の嘘を見抜く。

 ここでエイブリーが死んだら僕がエイブリーを見殺しにしたと、色々苦情を言われるのだ。

 それは面倒なので、彼女に大目玉を食らう前に一応、危機回避である。

 そして、もう一つ。

 何か胸騒ぎがした。

 ただの勘だ。気のせいかもしれない。そうして、僕らが最初に辿り着いたあの倉庫の切れ端が視界に見えた時、僕は駆け足になり、少し冷や汗をかきながら、おざなりに倉庫の外壁に立て掛けてあった鉄板を蹴飛ばした。

 正面から入ってもよかった。なにせ、錠が外れていたから。

「ちっ」

 と舌打ちを零した。

 既に蛻の殻。代わりに、何か暴れた痕があった。

 ナイフが一本、根元から曲がって床に転がっている。

 僕が護身用にこっそり彼女の傍に置いておいたやつだ。

 その異様な曲がり方を見て、およそ市井の者の仕業でないことは明白だった。

 あの彼女、エイブリーだって魔法でこんなことができるとは考えにくいし、する意味も意義も謎だ。

 いくらか部屋の中を物色していると、彼女が布団代わりにしていた毛皮の裏に紙片を見つけた。

 それは、地図だ。乱暴に殴り書きされたレングランドの国土と、この港の南西にある場所にバツ印がついている。

 そして、数字と記号が散らばっていた。記号は書いた者の独自のものとして、数字の方は、上に小さく性別がかかれている。15女、25、女、16、男、37、云々。数秒頭を穿り返して、僕はまた舌を打った。

「闘技場か」

 場所と記憶がマッチしていたので、間違いない。バツ印の場所は、地下闘技場である。賭け事好きにはたまらない場末の裏娯楽。あそこでは景品が金の代わりに人。つまり奴隷であったり誘拐した貴族の令嬢であったり、とんでもない時は王族の首であったりしたこともある。

 国の人間はとうに知っているけれど、対策の取りようもなく放置されているのは、管理している団体が、傭兵崩れの無頼漢ばかりで、中には数人がかりでも倒せないような化け物もいるって話だから、下手に手を出すと、思わぬ痛手を食う。よって誰からも放置された結果、悪人の吹き溜まりみたいな場所になっている。

 このメモを見る限り、エイブリーはさらわれた可能性が高い。

 だからどうというわけでもない。彼女は赤の他人である。たまたま流刑先で知り合って、少し話しただけの。昨日今日の縁だ。

 しかし何故か思案が続いた。長い長い一人の生活に疲れていたのか、それとも単に同情からか、気づけば倉庫から出ていた。

 笑う月が今宵は一層可笑し気に口角をあげて笑っている。それをみていたら、なんだか無償に、腹が立った。僕は急ぎ、宿に戻り荷をまとめると多めの金をカウンターに置いて雪の止まない夜の街を駆けた。

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登場人物紹介

後々記載するにゃ

実は前に出した分を削除してしまったので再投稿にゃ

因みに吾輩は作中で喋る猫として登場するにゃ

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