第1話 ティーガーデン星b

文字数 1,763文字

 楠Julianすばる(25歳)は船長だった。
 人類は銀河系内にちらばり、太陽系外までその生息域を広げていた。
 その反対派を説得するのに、「人類の宇宙進出についての倫理的根拠」がおおいに役立ったことは誰でも知っている。
 時は西暦2323年2月3日23時23分。もうじき2323232323だ。
 すばるはじっと目の前のセンターディスプレイというモニターを見ていた。
 そのモニターの周辺縁では、ぐるぐる光が回っていて、色もテンポ70でグリーンや白や黄色等に変わっている。
 やがて、全部赤になった瞬間、それがしゃべった。
「232332323」

「オーッ。何かが起こる!」
 すばるがそう言った瞬間、後ろから沢井Mionaひながバシッとその頭を思いっきり叩いた。

「バカ。何かが起こってもらっては困るのよ」

 すばるは首を竦めて体を左側に半回転してひなを見た。
 ひなは相変わらずノーブルで整った白い顔をしている。そして昂然(こうぜん)とすばるを見下ろしていた。いや、背はすばるの方がはるかに高いのだが、すばるはいつも見下ろされている気がするのである。

 ここはティーガーデン星を回るティーガーデン星b上空400kmの宇宙空間で惑星を周回している宇宙船の中である。ティーガーデン星は人類の故郷の太陽から12.5光年離れている赤色矮星で、太陽と比較し非常に暗い恒星である。暗すぎて見えない。しかしながら、そこを回るティーガーデン星bはEarth Similarity Index(地球類似性指標 )が昔1位だったためそれいけ遅れるなと植民、続いて急いでテラフォーミングが行われたが、今ではもっと地球に似た環境の惑星が山ほど見つかっており、ここはなんというか、昔の心のふるさと的な何かであった。そうそう、~ランドのような、懐かしのレジャーランド的な扱いであった。

「いやあ、いつも思うけど、いきなり「ばしっ」てのはないんじゃない。もう我々は我々だけで子孫を残すしかないんだし、そろそろひなも僕の…」
 すばるは話の途中で、ひなの右後ろにいる加藤Audrey可奈の右下瞼(まぶた)がほんの少し力が入ったのに気づいた。

「ひな様に敬意を払いなさいとあれほど
 加藤可奈は口を開くより先に左手に持ったマリア・グラツィア・キウリデザインの「ディオール ブックトート」バッグに優雅なしかし素早い手つきで右手を入れるとポリマー樹脂製のグロック17を流れるように取り出しバレエの手招きする手つきでスバルの心臓めがけ全く間を置かず9mmパラベラム弾17発を撃ち尽くした。すばるが逃げているので右手はバイオリンを弾くように弧を描きながら発射している。

 すばるはパルクールの動きで全弾の流れから逸れるよう後ろにのけぞり、膝にだけ少し溜めを残しながら足先から頭まで全身をまっすぐピンと伸ばし、一瞬で足首から先をバレエの5番の足に、すなはち左足首から先は左に、右足首から先は右にし、右足裏を机の脚部に吸い付くように固定して思いっきり左に3回転しながら可奈から遠ざかった。しかし、紐(ひも)でもついているかのように可奈の後ろに飛んで戻り、グロック17とバッグの両方をつかんだ。
 グロック17から打ち出された弾丸は壁やら何やらに当たって跳弾となり、不思議なことにひなや可奈には当たらずにすばるの尻や背中や足に当たっていた。が、威力はそがれているので被害は軽微だ。
「いててて」顔をしかめながらバッグの中にもう危険物がないことを確認し、グロック17とともに可奈に返した。

 可奈は続けて言った。
 言ったのに。…そしてその生意気な口を閉じなさい」

 すばるは夏兄(なつあに、懐かしのアニメの省略形)特集で「リコリコ」のたきなを見ていてよかったと心底思った。昨日こっそり銃より先に動ける訓練をしていたのだ。

 すばるはこわばった顔の緊張を解こうと口や目や眉を動かしながら言った。
「おい、俺を殺したらこの船は誰が操縦するんだ」
「私が自動操縦できますよ!」
 モニターの周辺縁をぐるぐる回る緑色の光がぱっぱっと16分の1拍子2回のスタッカートで光った。
「黙れ、SILLY」
「私はSILLYではありません。シリーです」
 あきれてひなが言った。
「あんたたち、たいがいにしなさい」
「はい」
 2人と一匹?が答えた。

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登場人物紹介

沢井Mionaひな。ノーブルで整った白い顔をしている。すばるはいつも昂然と見下ろされているように感じる。

加藤Audrey可奈。いつもひなのそばにいる。

楠Julianすばる(25歳)船長。

シリー(人工知能)

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