文字数 1,848文字

 川越。埼玉県西部に位置する。モダンの建物とレトロの建物が相反して融合しあった伝統と趣きの二つが溶け合った時代を遺した地域。しかし、十数年後にはそれらの建物が消失してしまうような不思議な退廃さを感じてしまう都市。

東京から車を走らせて三時間ほど、僕は川越の菓子横丁前の駐車場に車を停めて、基本は家で過ごすことが大半だった日曜日に花を咲かせようと現代の無機質なビルやマンションから離れ、江戸や明治の時代にタイムスリップすることにした。朝から出かけたこともあり、到着したころの時刻は正午に差し掛かる前だった。季節は山の木々が可憐に僕らを魅了する秋だったが、この日は快晴なのにも関わらず冬のように太陽の眩しさが微塵も感じられなかった。時々吹く北風が僕には我慢できないほど寒かった。僕は地図なしでは知らない土地を動くことができないので、スマホの地図アプリで目的地に向かうことにした。駐車場付近では都会と田舎の狭間に存在する住宅街だったが、目的地に向かって五分ほど歩けば周りの光景が白を基調していた町から、茶色を基調にした瓦の屋根ばかりが立ち並ぶ過去の遺産が僕ら観光者に建ち並んだ。ここは菓子横丁。名前とは裏腹に店内には箸専門店にカラフルで光に乱反射する素敵なガラス細工ショップなども散見した。もちろん名前に恥じないほど菓子店も並んでいた。僕は長い時間かけて一軒一軒見るわけではなく、あちらこちらに興味を引きながらも進む歩は止まらなかった。通り去る人の中には奥ゆかしい着物を着飾った純白な女学生の方たちもいた。彼女らは景色の一つとして非常に溶け込んでおり、藍色のジーンズに深緑色のジャンバーの最低限の衣装で訪れた自分がまるで異国の地の住民かのように感じた。途中で数人が一眼レフで2メートルもないくらい小さな仏壇のようなものを撮っていた。僕にはこの建築物の価値を理解できなかったが、スマホで事足りてしまう現在にカメラを使って撮影する彼らには多少行為を抱いた。菓子横丁を抜けた先には10メートルを簡単に超えるであろう銀杏の木が一本そびえ立っていた。すべての葉が黄金色に姿を変えており、僕はこの木の前でスマホを掲げて撮影するのは失礼に値すると思い断念した。それくらいこの銀杏の木には威厳があったのである。この宝を保有するところは養寿院と石に刻まれていた。奥を見える範囲で覗くと墓地などが見えたので、観光に訪れる寺院ではないと思い敷地にまたぐことはしなかった。
養寿院の目の前の道路に入り大通りに抜けようとした。抜けてる間のこの道路には他人の家が大半あり、時々にある菓子店が浮いてしまっているように見えた。退廃的建築物は現代のかたい建物に囲まれて、いつかオセロのように現代的に塗り替えられてしまうのだろう。次訪れるときには消えてしまう菓子店たちに心の中で敬礼し、この短くも長かった通りを抜けた。
車が行きかう大通りに出た。通りに名前があるのかは分からないが、あるとすれば国道39号線と呼ばれているだろう。さっきの通りや菓子横丁では人はまばらだったのに対して、この通りは何倍もの人が行きかっていた。時刻は正午、太陽がこの観光地を歩む人々を天井から見下ろしている。とりあえずブラブラ歩こうと店一軒一軒を何を売っているかの確認しながらゆっくりと歩いた。まず初めに目を引いたのが黄金団子。団子が三兄弟になっており見た目はみたらし団子のようにみえる。百円玉を三枚出して黄金団子を購入する。一つ口に運ぶ。タレからだけでなく団子全体から深い甘さを舌に伝えてきた。砂糖のような甘さではなかった、僕には表現できないみたいだ。二つ、三つ、飽きる気配を見せないで僕は団子三つを平らげた。空腹による調味料なしで僕がすぐに再び食べたいと思ったのは久しぶりだった。食べ歩きをしていたため、食べ終わった時は和風の食器を売っている店を通り過ぎたあたりだった。右には大通りとは別の歩道が見えたので、僕は興味のみで歩くことにした。奥にはお寺がそびえたっていたが、その歩道に並ぶお店もお土産売り場だったため、お寺の前まで歩くとそのまま引き返した。大通りに再び出る直前に僕は錆びてしまい本来赤色であるはずの茶色の一時停止の標識がおかれていることに気づいた。歩道なのに一時停止の標識、僕は過ごしたことのないはずの昭和の景色が鮮明に浮かんだ。この川越には各時代の残り香が残されていると瞬間的に確信した。大通りはまだ続く。北風が大正の風を運んでくる。
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