じいちゃん

文字数 1,896文字


オリオン座が輝く冬。
きみに、あの話をしよう。
聞いてくれ。


『僕のじいちゃんは、ドライブが好きだった。

「おい、乗れ。」
車の窓を開けて、じいちゃんはふいに声をかけた。
「えっ。塾からくらい、一人で帰れるよ。心配しないで。」
「いいから、乗れって。」
「じゃあ。」
じいちゃんに押し切られるようにして僕は車に乗った。
肌寒い真冬の夜だった。


「ちょっとちょっとちょっと、じいちゃん、じいちゃん、そっち、家じゃないよ!左に曲がらなきゃ。」
「。。。。。いいんだ。そもそも家に送るつもりじゃない。」
「え、どこに行くの?」
「さあな。」
「うーん、いつ頃、帰れる?」
「さあな。」
「何しに、行」
「さ あ な 。」
おいおい。母ちゃんに叱られちゃうよ。塾の宿題も終わってないのに。どうしよう、テストの点数低かったし。うわあああああ、帰ったら爆弾落ちる、絶対に。ん?今日、母ちゃん夜勤だったっけ。まあ、いいか。。。。。

「おい、起きろ。着いたぞ。」
「ん、んんん?」
いつのまにか寝ていたらしい。
「ぼーっとしてねえで、上を見てみろ。」
「え。」
満天の星空とは、このことを言うのではないだろうか。
いつも見ている東京の空とは別のものみたいだ。
「あっ、オリオン座。ベテルギウスとリゲル。」
「なんだそりゃ。ビールか?」
「違うよ、じいちゃん。星の名前。あっちの赤いのがベテルギウス、青いのがリゲル。周りの星を合わせて、オリオン座って言うんだ。」
「そうか。」
「あとね、オリオン座は狩人オリオンからつけられてて、オリオンは海の神ポセイドンの息子で、月と狩の女神アルテミスと仲良くしてたんだ。でも、自分が一番強いって自慢してたから周りの神々が怒っちゃって、オリオンを殺すため毒針を持つサソリを仕向けるの。オリオンもこれには敵わなくて死んじゃったんだって。で、ベテルギウスはオリオンのわきの下、リゲルは足っていう意味があるんだよ。赤い方のベテルギウスは爆発が起きるんじゃないかって言われてて、」
あっ。話しすぎた。母ちゃんみたいに怒る、かも。余計なことばっかり覚えて、星なんか受験には役たたない、そんなトロマだから置いてかれるんだ、って。
「もっと聞きたい、話してくれ。」
「。。。。。いいの?」
「ああ。」
僕はいろんなことをじいちゃんに話した。
ありったけの星の知識を。
じいちゃんは隣で笑いながら話を聞いてた。
「すごいなあ、お前は。」
「そんなことないよ。こんなの、覚えても意味ないし。」
「別にいいじゃないか。それに今、その話は役にたったぞ。面白かった。」
嬉しかった。率直に。
これが、じいちゃんとの最初のドライブだった。

その後も何度かじいちゃんとドライブに行った。
決まって、ずっとあの場所だった。

そして三度目の冬がやってきた頃。
じいちゃんは脳梗塞で倒れた。
「ご年齢もご年齢ですし、まあ、たぶん寝たきりですね。ご本人はリハビリなさっていますが、歩くのも難しいでしょう。」

そん、、、、、な。
もう、じいちゃんが歩けない、だって?
ドライブも行けない?
嘘だ。

僕は塾帰り、じいちゃんの病室によって、いつも星の話をした。
あの笑顔が見たくて。
「じいちゃん!」
「よくきたな。」
力なくじいちゃんは手を振った。
「今日はね、春になったら見られる星の話をしようと思って。乙女座のスピカ。」
ひとしきり話し終えて、帰ろうとすると、じいちゃんがぼそりといった。
「もう、あそこにも行けないな。また、行きたかった。」
「何言ってるんだよ。じいちゃんがドライブできなくても、僕が連れてってあげる。だから、安心して。」
「。。。。。。そうだな。」
じいちゃんは笑ってうなづいた。

この後、僕は、
日に日に青白くなるじいちゃんを見るのは辛くて。
苦しい現状を見たくなくて。
だんだん塾が忙しいからって言い訳して、僕は、じいちゃんに会うのをやめた。

じいちゃんは、二ヶ月後に亡くなった。

「あの、お孫さんですよね。」
看護婦さんに声をかけられた。
「は、い。」
「おじいさまからこちらを預かっておりまして。」
一冊のノートだった。
ぺらぺらとめくってみると、びっしりと書き込まれていた。
12月28日
のうこうそくでたおれた。
とうぶんねたきりらしい。
もう、どらいぶもできない。
またいきたかったな。
1月6日
きょうもきてくれた。
おおきくなったらどらいぶにいこうな。
じいちゃんものせてってくれ。
1月13日
ここのところ、こない。
じゅくがいそがしいのか。
こんつめすぎないでほしい。
1月24日
てあしがしびれてもう、うまくえんぴつがもてない。
あの、すぴかとやらはどこにみえるのだろう。
またおはなしをきかせてくれ。

ノートの文字が読めなかった。
「じいちゃん。」』











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