釣り場で釣られよワトソン役

文字数 2,000文字

 休日の朝、釣り堀でぼけっと糸を垂らしていると、けったいな男から話し掛けられた。
 シルクハットの下は丸っこい童顔にアヒル口。男のアヒル口はあんまり、いや全然かわいいとは感じない(個人の感想です)。青っぽくきらきらするラメ入りの派手なジャケットは、忘年会で催されるビンゴゲームの司会者でも着そうにない。黒いスラックスは出っ尻を強調しているようにしか見えなかった。おまけに履いている革靴は厚底で、シークレットブーツであることが丸分かりのデザイン。どこがシークレットやねんと突っ込みたくなるが、本人も秘密にするつもりがないのかもしれず、故に突っ込めない。
 そんな奇態な人物からいきなり風呂敷とそこに空いた穴(異空間ぽく何かが渦巻き歪んでいる)を見せられ、こちらのトンネルをくぐれば無人島に行けますよと言われても、警戒心しか湧かない。いくら俺がミステリ好き、特に孤島物のシチュエーションに憧れを抱いているとしてもだ。
「悪いけど遠慮しとくよ」
「どーしてですか」
 心外そうに男は声を大きくした。
「あなた、離れ小島で殺人が起きる話、お好きでしょ」
「……何故分かる?」
「極秘裏の調査です。我らとしましても才能のある方にお声掛けするのが、効率よいですから」
「何の才能?」
「一言では言い表せませんが、基本は推理物・ミステリが好きな、頭のよい方です。そのような方々に力を貸してもらうため、まずは願いを叶えて差し上げようという次第なのです」
「ふうん」
 俺は色々と考えた。男を無視すべきか。もう少し話を聞いて、危なくなったら助けを求めるか。周りに人がいない訳ではないのだから。いや、ひょっとしたら見える範囲にいる全員が男の仲間って可能性も? だいたい何で無人島なんだろ。願いを叶えてくれるんなら、孤島ミステリの舞台にご招待でいいじゃないか。――あ。
「俺が無人島行きを承諾したら、どうなる?」
「どうなるも何も、それはプレゼントですから、楽しんでくださいとしか」
「もしかしてだが、その島に降り立った途端、俺は命を落とすんじゃないのかな」
「――」
 男の顔色が変わった。目を見開いたようだ。
「当てずっぽうが的中したかな? 無人島へご招待だもんな。俺が上陸した途端にそこは無人島ではなくなっちまう。無人島であり続けるためには、上陸する者すべて死なねばならない」
「素晴らしい!」
 間髪入れず男は言って、手を叩いた。そして深々と頭を下げてくる。
「頭の回転の早さ、感服いたしました。あなたのような人材を我らは求めていた」
「な何だ?」
「無人島云々はあなたの能力を測るテストでした。そしてこれほどまでに早く当方の狙いを看破された人は、あなたが初めて。ぜひとも力をお貸しください」
「これまでのいきさつからして、はい分かりましたとはならねえよ。せめてどんなことをさせたいのかぐらい言えっての」
「承知しました。ミステリ好きのあなたに基本的なことを説明するのは無駄でしょうから、ずばり言います。ホームズを救う手伝いをしてください」
「ホームズ……って、あのシャーロック?」
「左様で。あなた方の世界ではホームズは架空の人物で、かつ、モリアーティとの決闘の末、奴をバリツの技術により滝壺にたたき落としたことになっていると思います。ですが我らの世界では違うのです。ホームズもモリアーティも実在し、しかもあの決闘でバリツを用いて勝利したのはモリアーティなのです」
「何だそれ」
 無愛想な反応をしてしまったが、俺の内心はちょっと違った。何だそれ面白そう!
「あろうことかモリアーティは変装してホームズになりすまし、それっぽい事件を解決してみせながら、裏では本来の目的であるより大きな犯罪を次々に成功に導いている。けしからん有様でして、そのことに気付いた我らはいかにすればホームズを救い出せるかを調査研究し、答を見付けました。ホームズは冥界に封じ込められており、そこで十三の謎を解決することで復活の機会、つまりモリアーティと再対決するチャンスを得るのです」
「ホームズなら楽勝だろ」
「ところが冥界の彼は能力が何%か減じられているのです。それを補うために優秀なワトソンを付ける必要がある。そのワトソン探しが我らの役目でしたが、ここで終えられます。あなたを見付けたから」
「……正直、まだ半信半疑だ。いや、七分三分で疑いの方がでかい。ただ、その穴の異常な雰囲気は気になる。それに、ホームズを助けるための優秀なワトソン役に選ばれたなんて言われたら、嬉しくもなるさ。そこでもう一つ、質問をさせてくれ」
「何でしょう?」
「何であんたはこんな場所で話を持ち掛けてきた? 俺に狙いを絞っているのなら、自宅にでも来てくれりゃよほど話がしやすいだろうに」
「ああ、それでしたら単なる験担ぎです」
「験担ぎ? 分からんな」
「バリツに勝つにはツリバがよろしいかと」
 落語かよ。
 まあいい。俺は話に乗った。
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