肩甲骨を洗った日の話

文字数 920文字

あれは就職活動が忙しい大学4年の頃の話だ。
慣れないスーツを着て、あちこちの企業面接に行き、精神的にも肉体的にも疲労が蓄積されていた。
くたくたになりながら帰ると、母の声かけを適当に受け流しそのまま脱衣場というのが慣例だった。

その日も足取り重く帰宅すると、予め緩めていたネクタイと、鉛のプロテクターのようになったスーツ、ワイシャツ、それに肩甲骨を脱いで風呂へ入った。
湯船の中で今日の面接の反省をするのが日課になっており、「あの面接官の問いにどうやって答えたっけ」などと口元まで浸かったまま考えていると、脳が湯に浸食されて意識が遠退いていくのを感じる。

しばらくそうして十分温まり、風呂からあがったときである。
肩甲骨が見当たらなかった。

普段は風呂に入る前に洗面台においていた。
こびりついた疲れを、ぬるま湯に浸けながら強めの手洗いでこそぎ落としているのだが、見当たらない。

ふと横を見ると洗濯機がゴウンゴウンと動いている。
一瞬、不安がよぎった。
もしかして、パンツや靴下と一緒に洗濯機に入れたのではないか?
母に聞くが「そういえばあったような気もするし、なかったような気もする」と曖昧な返事が帰ってくるだけだったので取りあえず洗濯が終わるのを待つしかなかった。

ようやく洗濯機が動くのをやめたので蓋を開けると、僕は肩を落とし愕然とした。
そこにはしっかり脱水され、他のタオル類と絡み合った肩甲骨があった。
とりあえず物干し竿に吊るしてみたが、肩甲骨は見るも無惨にシワシワのクタクタになっていた。
母は「手洗いのものは分けてねって、あれほど言ってるのに」と言っていた。

それからシワ伸ばしのためのクリーニングに出し、帰ってくるまでは肩甲骨なしで就職活動したが、「面接中にそんな肩を落としている子は見たことがない」と面接官に驚かれるばかりだった。

結局はその出来事がきっかけで肩甲骨について深く勉強する機会が得られた。
最近、肩甲骨を脱ぐ必要のない『肩甲骨剥がし』なるものが流行っている。
わざわざ脱がなくてもマジックテープの部分を剥がすだけでウエットティッシュでさっと疲れを拭き取れる代物だ。
この画期的な肩甲骨、自慢ではないがマジックテープをつけたのは、何を隠そうこの僕だ。
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