1.俺たちは無鉄砲のかたまり。

文字数 31,373文字


 前方約1m、赤っ毛を高々と結いあげたグラマーな美女の後ろ姿。

 うぅ、色っぽー!

「オイ磯原。」
 ゆるんだ顔のひろと先輩にひじで突つかれる。

 思わずニッと笑いあったりなんかして。
 男にとっちゃこれ、ちょいと最高な眺めなんですなァ、実に。

 一旦パーキングエリアに戻って全員のクォク引き出し、ヤニさんの指示に従って彼女の持ち船の格納庫に移動させる。
 その船ごと、大気圏突入用の、もの凄まじく巨大なフェリー船に積み込ませ。

 搭乗手続きにヤニさんの書き込んだ書類を見せてもらったら、なんと俺たちは『宇宙で散った両親の遺品を母なる大地へ返しに行く』健気な青少年御一行さまで、何でも運んじゃう惑星間自由貿易人 "火喰い竜のヤニ" の、『積み荷その一。』なんだそうな。

 思わずのけぞって笑ってしまった。

 その他にちゃんと銘々の偽パスポートを見せ、料金払って切符を買う。一等席ね。

「うわォ、俺いちど船旅ってやってみたかったんだ♪」
 広いホールにかけ出してしまう。
「お、どっちかってと宇宙船タビてんだろ、これ。」
「いーっていーって。細かいことには拘らない。」

「わお♪ テレビゲームがあるっ!」
 栗原、小銭ひとつかみ貰ってゲームコーナーへすっ飛んで行き、

ひろと先輩はと云えば切符と一緒に渡されたパンフだけでは満足できないと見えて、そこら歩ってるボーイ捕まえて根掘り葉掘りこのフェリーの構造を質問し始めた。

 て、言ってもなにせ未来?文明である。
 ひろと先輩でさえ知らない専門用語がポンポン出て来て、日ごろイジケさせられている俺としては快感なぞ覚えてしまう。
 でもって先輩がまた解んない言葉を全部説明させようとムキになったりするのだ。うっくっく。
 相手は航宙士ならぬただのボーイだもんね。返答に窮した挙げ句、怒って逃げて行ってしまった。タチの悪い客に、からかわれたとでも思ったんだろう。

 ゆかり姫、ホールの反対側での栗原の奇声を気にして、落ちつかない風。

 あいつがTVゲーム始めると、もう果てしもなく騒ぎまくるから…

 あ、ゆかり姫って、あーゆう "ムダな" お金の使いかた、毛嫌いしてるんだっけ…
 文芸部用の雑記帳使って几帳面に出納記録作りはじめた。

 曰く
「 "アルバトーレ" とPoint.Pの両替率にその手数料。あ、クォクの駐車料金もありましたわね。それからチケットが6×2,5000Point.Pデマイア。
 ヤニ・シュゼンジシカさんと彼女の船の分は別料金になっているから…
 それじゃ最初にアルヤ・アラムさんから貸して頂いた額が…」

「き…磯原さん。たしか電卓持ち歩いていらっしゃいませんでしたかしら。」
「あるよ、よく知ってるね。ホイ。でもさ。」
「ありがとう。なんですの?」
「アルヤさんから渡された金って…俺は単に貰った、て理解してたんだけどさ、違うの?」
「あら。だって。頂く理由がないのじゃありません?」
「えー、う~と。そうかなァ」

 それを言うなら「借りた」んだとして「返すアテ」のほうが、よっぽど無いような気がするけど。

「さ、できた。ユミコさんは何を読んでいらっしゃるの?」

「え。あ、医療関係のテキストです。クォクに積んであった薬の半分も使い方がわからなくて困ってたら、ミス君が医局から届けさせてくれたんで。」

 ………なる程ね。みなさんシッカリしていらっしゃる。

 俺もしっかり…

 昼寝でもしよーかなァ。

「あれ? 好は?」
「ボケ。ここにいる。」
 頭の上で声。
「あ。なんだ何処行ってたん?」

「クォクのね。固定具合が心配なンですってサ、その若旦那は。」
 ヤニさんがすっと入って来て手近の椅子に腰かけた。

 ここは1等席。広いホールの前部中央にあって、6人に12~3人分の座席が用意してある、円形の小居間。
 周囲との仕切りは堅いツイタテにすぎないけれど。

「あたしが MISS SHOT 号の様子を見に戻りましたらねェ、あんたさん方の荷物にバクダンでも仕掛けるかと思ったようで。
 ま、それっくらい疑ぐり深くできあがっていりゃァ、地表に降りてからも長生きできるってもんでしょうョ。」

 くすくす無責任に笑っている。

「しかしまァ、面白いったらありゃしませんね。1人はゲーム機械とムキになって喧嘩してるし、ヒロトとかいう若旦那は機関室に忍びこんでツマミ出されてたし。戻ってくれば帳簿つけにお勉強ときた。
 どなたさんも余裕のお有り余りになることで。」

 やんわりしたからかい口調に嫌味がない。むしろ目一杯好意的に楽しまれちまってる。

「お昼寝ボーヤも度胸が座ってて結構ですねェ。ママがひとつ子守唄でも歌ってあげましょうか。うん?」
「ぼっ、ぼーや?! あのなっ!!
「おや怒った。ぉお恐い。」

 俺が頭にきて絶句してるところに出港のアナウンスがはいる。
 地表到着予定は約7時間後だ。

「あんたさん方は一体どういう時代の住人なンです? 別にスパイや傭兵稼業で喰ってた人間だとも思えないのに、まァ、肝っ玉の太いこと。
 これから敵がいっぱい危険がウジャウジャの世界へ降りてくんだってェことが果たしてホントに解っているのやら」

 んなことを言われましても、先のことは気に病まない主義なので。

「………解っちゃいねェからこうして呑気に構えてられるのサ。」

 投げやりに好がつぶやいた。

「あんた知りもしねェもんを恐がれるか? オレぁできねえな。」
「おやおやァ。想像力のマズしい御仁だ。」
「何とでも云うさ。」
 そして静寂。

 船の加速する微かなGの変動。


 そいでもって都合良く何事もなく俺たちは地球へ着くのである。

「うわっおっ♪ 凄っごいながめ!!

 上空から見降ろした都市と宇宙港は美事なものだった。
 白と白銀。
 直線と曲線。
 高い尖塔。
 幅広い緑地帯。

 宇宙港構内の造りも同様で、よっぽど趣味のいいやつが計画的に建設した世界だってわかる。
 こりゃ、よーーーっぽど金がかかってンだろうな…☆

 着陸目的地は南太平洋東部の旧スターエア島。

 現在は、『地球統合政府』の首都 兼 ”直接統治領” 。

 四方は青い青い海…。

「なんだ。携行食糧だの医薬品だの持たすから、どんなもの凄いジャングルに放り出されるかと思ってたのに。」

「科学だっ! 科学の粋だっ!!
「ホント。きれいな街ねぇ。」

「それに地球の統一が完成しているなんて…。少しも存じませんでしたわ。
 時間の余裕があれば是非とも図書館へ寄りたいものですわね。」

「お? なんで図書館なんて行くの?」

「歴史の本があるじゃありません? どんな経過をへてどの位の時間と人々の努力の帰結として人類がかくも進歩しえたのか…本当に素晴らしい事ですわ。ね、磯原さん。」

「うん姫、まったくね。それにさ栗原、図書館行けばおまえらの好きな科学のご本もあるぜきっと。」
「お、おれも行くっ図書館っ」

「いやーねェ、みんなして。」
 ユミちゃんがわけもなく笑う。

 みんな少し興奮して、上気した頬をしていた。
 ヤニさんはキョトンとした表情で嘆息をつき、好はと云えばあいかわらず不機嫌な仏頂面で。


 入国手続きを済ませ、税関を通り抜け、MISS SHOT 受け取って別の場所に駐船し。
 何はともあれ、エンジンスタート。道路走るのだから切り換えは『ホバー』にして。

 俺はすっかりこのクォクって乗り物が気に入ってしまった。
 上機嫌。

 先頭はヤニさん。あっさりした銀の粋なクォクを見事に乗りこなす。
 あとはみんな抜きつ抜かれつ、快適なドライブ気分。
 暖かい風が髪や頬をなぶる。

 宇宙港はスターエアの北西部台地上にあった。
 ヤニさんは島の南半分を占める市街地のほうへと俺たちを引っぱって行く。

 平野との境の傾斜地があざやかな緑地帯…たぶん自然公園…になっていて、そこに遊ぶ人たちのはるか頭上を、まるで空を飛ぶかのように大地そのままの高さで、白い架橋が都市の尖塔群へと伸びていた。それを俺たちは突っ走って。

 まったく、みごと、とか綺麗、としか、俺には形容詞が見つけられないような街だった。

 細く高い建物のまわりには、ふわりとリボンの束をほぐして投げかけたように、自走路やエア・カー専用の強化クリスタル・チューブがとりどりの光をはじいて巻きついている。

 ビルの上から下まで並ぶ窓・窓・窓まど。
 無限に近い反射光の列。
 白と銀。

 上を見あげれば、南国の青い空。
 高層建築の向う側、いっそ人工的なほどに深い色合いの、海。

 水平線。
 陽光に輝く白い雲。

 これほど豊かげで、これほど洗練されて、これほど自然の光景と引きたてあって、
 美しく気品あふれる都市…

 ってのは、世界中探したって他にはないだろう。

 この時代の地上建築のことなんてまだ何も知りゃしないけど、勝手にひとり決め。

 幾つかある通路類のうちでも俺たちが走っているような剥きだしの高架道路ってのが一番数としては少ないようだった。
 それでも合流したり分離したり、超大型の荷物輸送用がほとんどの、車の流れを追い越し飛び越しして。

 だけど…

 ヤニさんの先導に従って、ぐるぐるぐるぐる、
 あちこちで大きなカーブを描きながらひたすら下って行くにつれて、
 だんだん様子が違って来てしまった。

 高い建物の銀の色はくすみ、白い色は薄汚れて。
 時代が違ってたってこれは一目でそれと知れる、
 暴走族の落書き。

 火事で破れたまま繕われていない幾つもの窓。
 その中にたむろしている虚ろな麻薬中毒患者たち…。

 もっと走って都市の南のはずれに近くなると、打ち捨てられた感じはかえって一種のふてぶてしさにとって代わった。

 黒と灰色と茶色。
 鈍い鉄色。
 見覚えがあるような古びてひび割れたコンクリート・ジャングル。

 下へ、南へと進むにつれて、より低いビル。

 俺たちの時代にさえ過去の遺物となりつつあった石造りの建造物が、傾きながらもかえって新しげに見えたりしている。

 俺たちが走っている所もいつの間にやらまともな道路じゃない。
 破れたアスファルトに慣れ親しんだ白線黄線。
 草が茫々として実を結んでいた。

 薄暗い。

 頭上をふり仰ぐと先程までの輝やかしい理想都市は確かにあって、
 蒼い空の下、黄金色の太陽を背丈いっぱい満喫しているんだ。

 だけどその光はここまで届かない。
 湿った空気が冷たい。
 片手で首のジッパーを上げる。

 それでもその街は廃墟なんかじゃないのだった。

 かえって人口密度で云えば ”上の方” の世界よりきっと高いんじゃないか。
 アスファルトとコンクリートの死骸の中で、からみつくツタ植物と駆けまわる子供たちとが、生命力を競いあっている。

 ガラスなんてものが存在していただろうことさえ疑わしくなる、四角い黒い窓には思い思いの汚いボロ布。
 エレベーター代わりに縄で荷物をつり上げる奴。
 それをチョン切って途中から掠め盗っていく手合い。

 これだけくたびれた街の中で水や食糧なんてものはどこから補給しているんだろう。
 とにかく人間達は生きていた。

 『地面』に着く。

 石畳の、ところどころにどでかい水たまりのある、かすかに潮の香りの混じる狭い通り。

 急に進路が平面になるので、軽い、めまい。

「ちょっと! なにすんのさあっ!!

 俺たちのクォクは『ホバー』の切り換えで走っている。
 風圧に干しかけの洗濯物を飛ばされて太ったおばさんのあげる金切り声が、前哨灯の明かりのなかに浮かんで消えた。

  ”上” を見はるかせば、いつの間にか尖塔の先が夕焼け色に染まって輝いている。
 鮮やかな光彩。

 そうして ”下” はすでにすっかり蒼い黄昏のなか。

 …………キィッ。

 軽い異質音を残してヤニさんのクォクが停止した。
 ひらひら白い指が操縦盤の上を走りまわる。
 圧縮空気の噴出が停まり、ウイィ…と四輪が地面に降りてきた。

 みんな無言でそれにならう。
 ライト消して。エンジンの出力落として。

「おやおや。ハデな音たてて誰かと思えば、運び屋のヤニじゃないか。
 どうしたィ? 次に来るのはたしか二月後の筈だったろうが。」

「いぇね。急な仕事が入っちまいましてネ。」

 ヤニさん、さらりとした動作でクォクから飛び降りる。
 薄汚れた昏い小路に銀と白の艶やかなロングドレスが場違い…
 だけど最高にここの雰囲気に溶けこんでいるような気もして。

 のったり現れて声をかけてきたのは肉づきのいい、がっしりした大男だった。
 片方の脚が義足だ。
 陽に焼けて、ちょっと赤ら顔でバカでかいエプロンをかけて、
 "酒場のおやじ" と云うには少々たくましすぎるようだけど、ま、そうなんでしょう。

 彼がその大きな体でふさいでいる戸口のむこうでは、明々と灯がともり、
 何かを料理する、腹の虫の鳴きそうな匂い。湿った温かさ。

「ほっほう。ほう。」
 後続の俺たちに目をとめて、大男は威勢のいいフクロウのような声をあげた。
「火喰い竜のヤニ、生きた荷たァ景気がいいじゃねェか。どこの坊ンに嬢をかどわかして来たィ?」

「よして下さいョ、人聞きの悪い。このヤニ・シュゼンジシブ・シュゼンジシカ、ヤバい仕事に手出しはしても、ひとさまの親ァ泣かすようなケチな女じゃありゃしませんョ。
 今回はあたしはただの案内人でね。」

「ほーお。天下のおヤニさまに例のもうけ話をフイにさせてまでたァ、奈辺のおかたの依頼仕事だェ。是非に一口かまして貰いてェもんだ。」

「ほンとにもう。あんたは荒仕事からは足ィ洗ったんじゃないンですかぇ、JG(Jack Gold)の旦那。」

「はァて。誰が洗ったって? チョン切った覚えならあるが…」

 2人して笑いだす。
 ヤニさんは艶っぽくも陽気に、JGは豪放、の一語。

「ともあれ部屋をお願いしますョ。幾晩になるかはそちらの旦那がたのお気持ち次第ってェわけですがね。」
「おぉよ。お安い御用さ。個室にするかね。」

「そうですねェ。坊ちゃん嬢ちゃん育ちばかりで長旅をしようってンですから、贅沢癖は早めに捨てさしといた方がいいかも解らない。やっぱガレージにしますサ。」

 ガレージ… 案内されたそこは、文字通りの車庫。
 赤さびシャッターに素打ちセメントの床と壁。
 梁がむきだしたままの天井。裸電球。
 シャッターのほかに奥と、入ってすぐの所に小さな鉄扉がある。
 窓はない。

 クォク7台をひき入れてしまうと奥に10畳くらいの空間が残った。
 ぎしぎしシャッター降ろして。

「毛皮これで足りるだかね」
 マオとかいうちょっとピントのずれた男の子が何度かにわけて運んで来てくれる。
 それをジュウタンみたいに床に広げると、ふかふか毛足が長いので十分敷布団のかわりになった。

 クォクの荷台から毛布サイズの薄い断熱布もち出して、着替えの入っている袋は枕にするらしい。
「………なんか、修学旅行だな~☆」
 手慣れたヤニさんの指図に従いながら誰ともなくそんな風に云いだして、みんなドッと笑った。

(ちなみにヤニさんには "シューガクリョコー" という単語の意味が通じなかった。
 今この時代には無い習慣なのか、それとも。

 どうもヤニさん、日本語はとても堪能だけど、それが母国語…もしくは子供のころ、 "家で" 話していた言葉…てわけじゃないみたいだなぁ。

 そう云えばアルヤさんやらミネルバ公女、ムーンIIの人達にも、そんな感じはあった…。)

「様子はどうだぇ」
 J.G.の旦那が義足を軽快に鳴らしてのぞきに来た。

「どうもねェ。面白がられちまってますよ。」
 ヤニさんが冗談まじりに嘆息する。

「そろそろ店ァたて混んでくる時間だからな。メシ喰うなら早めにせいや。」
「その前にあたしァおかみさんの方へ伺わして貰いますサ。
 具合はどうなンです? アステロイドのほうでいい薬を手に入れて来たンですけどねェ」
 そいつァ有り難てぇ、とかなんとか彼らは勝手に出て行こうとする。

「…、あァそうだ。」
 ヒョイとヤニさんは小首をかしげるようにして振り返った。

「そっちのドアから出て階段を降りて行くとネ、酒場ですよ。ま、おゼゼとウデがあれば、何でも出てきますサ。酒も料理も…女も、男も、情報も。…ね」

 パタン。
 色っぽい後ろ姿を隠して鉄の扉が閉まる。

「お、メシ喰いに行こーぜっ。」

 いとも嬉しそうな顔をして無邪気に栗原坊やが言った。


 言われた通り細い階段を下って行くと、調理場を見おろすような感じで脇を抜けて、酒場の内部の中2室、て風な木製の手すりのバルコニーへ出た。

 ………酒場。

 もろにそうとしか言い様のない雑駁な雰囲気。

 足下の広い部屋の中はいずれも一癖もふたくせもありそうな、胡散臭い野郎どもで一杯だ。
 無法者。アウトロウ。
 古い西部劇なんかでおなじみの、むくつけき、荒くれの、野生の男達。

「おい好、ヤバいんじゃない? 女の子たちは部屋へ置いてくるべきだったよ。」

 美少女2人、連れて入るにはかなり不安な場所だ。
 ヤニさんみたく女だてらに荒海渡ってるとか、専門の、え~、「商売」にしている手合いならいざ知らず。

「…それを言うならてめェもな。」
 好がボソリと、ニヤリと、呟き返した。

 一瞬、意味の掴めなかった俺は、…ぇえい、くそ。
 ニラんでやるッ!

 1階(地上からの高さで云えば地下2~3階くらい?)へ降りて行くあいだに、俺たちは案の定、部屋じゅうの人間達の好奇心のまとになってしまっていた。

 大抵の連中はチラッと見上げた程度で「なんだガキか」て顔で自分の話の方へと戻って行くんだ。
 その次に多いのは、ゆかり姫やユミちゃんや、腹の立つことにしっかり俺も…それに栗原の…顔かたちを見て、あからさまに下卑た笑いをもらす。

 そして少数の、本当にものを観る力を備えた奴らだけが、俺たちの目立たないデザインだけどとてつもなく上物のスペーススーツだとか、裏口から入って来て物慣れない様子をしている事だとかを即座に視てとって、純粋に興味を覚えたらしかった。

 何喰わぬ態度でブラブラ階段を降りて行きながら、好が、横目でその最後に残った連中を物色しているらしいのに、俺は気がついた。
 階下につき、ちょうど空いていた一画の、目立つでもなく、ことさらに身を隠すでもない、当たり前のテーブルに腰を落ちつける。

「…………喰いモンをくれ。」

「は?」
 好が無愛想に云ってそれきり考え事にふけってしまうので、オーダー取りに来た坊や(10歳そこそこくらいだぜ、これが。労働法違反だよ~~~)が、
 また客に虐められるのか、と、怯えきった野良仔猫のような瞳をした。

 ぁあったく好ときたら! かわいそうじゃないかよっ!

 と、云っても、この時代、地上の人間がどんなもん喰ってんのか、俺にも判らない。
「あ、えとね。俺はスパゲティー。こいつはカレー、多分。うんと辛いやつ。ユミちゃん何にする? シチュー? グラタン?」
「んーっとねぇ、」

 ありがたいことに人類の食生活ってそう変わるもんでもないようで。坊や、ほっとした顔でさらさらメモってった。
 ゆかり姫はスープとナントカ魚、栗原、「ビフテキ!」(それしか知らないでやんの)。
 ひろと変輩ラーメン注文して、これはさすがに無いらしかった。

「あれ? アルコホル俺ら頼まないぜ。」

「旦那さんからです。お客さん達ヤニの姐さんの案内なんですってね。」
 瘠せこけの男の子が嬉しそうに笑う。

 ヤニ、の名前を聞きつけて、自分の席を立ってこっちへ来ようとしていた男…さっき好がチェックしていた1人、たぶん情報屋かなにか…が、オヤッてな顔をした。

 ぎぃっ。バタン。
 どかどかどか…。
 派手な音をたてて、何か場違いな一行が踏み入って来た。

「酒だ酒だァい!」
「オラ。席ァねェのかよ、空席はァ」
「ィよーォ姐ちゃんロッぽいよォっ!」

 下卑た日本語。あきらかにそうとう酔っぱらっている。

「…離シテ下サイ! オ願イシマス!」

 甲高い、細い、どことなく悲痛な声。

 7~8人の男達の後ろから、引きづられるようにして貧しい服装の少女が連れて来られていた。

 やりとりを聞いていると、急ぎの用のあるその子が粗相をして、軍属らしい一行のエライさんに泥をハネちまったらしい。
 神聖なる軍服がどォの、やれクリーニング代を払えの、金が無いなら酒の相手をしろの、滅茶苦茶からんでいる。
 可哀想に、女の子は震え声で、行カセテクダサイとしか繰り返せない。

「 ! ヤロォッ」

 俺が我慢しきれなくなってフォーク放り出そうとした時だった。
 好の手がぐっと肩にかかって俺を椅子へ引き戻す。

「見な。」
 自分はしっかりスプーン掴んでカレーをしゃくいこみながら、アゴであらぬほうを指した。

 部屋のすみの薄暗がりで白髪の老人がひとり、立ち上がっていた。

 背は低いけれど、がっしりしている。
 ぼうと伸びた髪とヒゲに覆われて顔だちはよくは判らない。
 東洋人らしい。

 昏い、怒りに火のように光らせた両眼をして、軍服の男たちの狼藉ぶりを見ていた。

 のしり。と騒ぎの場へと歩みだす。

 その重い動きようと肩の肉の盛り上がり具合から、彼が一生を闘い続けてきた男だということは、なんとなく解った。

「…でも。好…」

 好はこの老人の腕前拝見のつもりなのか、それともそもそも痩せこけた女の子ひとりのために動いてやろうってほどの親切心は持ち合わせていないっていうのが本音なのか。

 ……放っとけ。

 目線でちらりと俺を牽制したなり、悠然と周囲を(俺を含めて)黙殺しきり、食べ続けている。

 俺は女の子の哀しげな声を聞きながら気が気じゃなかった。
 なんてったって現われ出た正義の味方は御老体だし、敵方は8人はいる。

「あ? なんだこのジイサンは。」

 軍服のひとりがようやく老人の登場に気がついた、と思った瞬間、
 小柄な体が嘘のように素早く動いて、2人までがその場に崩折れかかっていた。

「 ! きさまっ!!
 残りの連中がざわっと気色ばむ。

 それへ、
「お前たちはそれでも日本人なのかっ!!

 どこからと思うほどの苦しげな響きを帯びた大音声。
 老人の後ろ姿は、本当に怒りと悲しみと、って感じでうち震えて見えた。

 …日本人… …え…?!

 店の中の客たちの喧騒は一旦ぴたりと停止したようで、3秒後には前にも増してひどいものになっていた。
 またかという顔ですんなり元の話に戻ってしまうやつ。
 老人 対 軍服で、勝負を賭けはじめるやから。
 無意味なヤジ。

 老人はすでに残りの軍服たちをも叩き伏せるべく、闘いはじめていた。

 好が止めるヒマを持たせず、ゆかり姫が素早く席をたって部屋の他のすみへ走って行く。
「 磯原さん。」
「ん。OK。」
 彼女が取って来たのは丈夫そうな軽金属の掃除道具だった。

 2本。

 少しサビが浮いてるけれど十分に使える。
 1本を俺に手渡して、姫は下段に構えた。

「ユミちゃん。あの子、俺たちの部屋のほうから抜けさして逃がしてあげてよ。」

「はい。キヨくん。」
 三ツ編みをひるがえして駆け出して行く。
 頼もしい親小鳥のように、乱闘場所は上手に迂回して。

 椅子を蹴る。
 栗原も立ち上がった。

 ひろと先輩はチラとゆかり姫と好を見比べて、座して待つの体勢。
 好はといえばしっかりカレーライスをたいらげて、得体の知れないアルコールをさも旨そうに口に運んでいやがる…。

 も、勝手にしろってんだ。

「……行くよ。」
「ええ。」

 俺たちがてんでに打って入ろうとした時だ。

 白髪の老人にふっ飛ばされた奴が勢い余ってこっちのテーブルにまでよろめいて来て、
 あららと見送っている間に好の椅子にぶつかって止まった。

 よたよたと立ち上がってまた殴り合いに行きかける襟首を、好の手がぐいと捉えて引き倒す。

「 待ちな。」

「ぅ、うわ? なんだお前は。」
「酒がこぼれた。行くなら弁償してからにして貰おうか。」
「…な、なんだとこの小僧ーーっ!」

 面白いね、このヘータイさん。
 ガンつけられてるのが理解できたとたん、元気におなりで。

「きさま我々が誰か解って云ってんだろうな。」

 歯を剥きだして嗤う。迫力………あまりねェな。

 やはり好と違って、元の顔がよくないからでせうか…

「知ってたら多分こんな真似はしないんだろうがな。」

 問答無用。
 好の脚が掛け金を外された狼罠のバネのように跳ね上がったかと思うと、情け容赦なく男は蹴り斃されてぶっ飛んでいった。

 あ~あ、あ。

 近所づきあいは大事にしなけりゃいけませんよ、好一クン。
 向う3軒のテーブルもろに巻き添え喰らったじゃないか…。

 …それにしてもまぁ無雑作に、腰おろしたままの姿勢で、どっからあれだけのパワーが出てくるんだ…??

「磯原さん! うしろをっ!」

「ぉおっとっ!」

 仲間がやられたのを見て他の軍服が突っかかって来るのを、危ういところで振り向きざまに薙ぎ倒した。

「サンキュ、姫っ」

 瘠せた女の子はユミちゃんに連れられて階段かけ上がるところ。
 しつこく追いかけようとする奴らに御老体が喰い下がっているんだけれど、劣勢。

「コノヤロッ」
 短気の栗原が跳びこむ。
 俺もゆかり姫も負けてはいない。

 形勢逆転。

 姫の勇ましい気合の声がまわりのカボチャ畑には恰好の見世物になってしまっている気もして、すこし腹も立つけど、今はそんな事に構っている時じゃない。

 ぶちのめされてもシツコク行き返ってくるゾンビみたいな奴らだ。
 うっかりするとすでにノビたと思ってる相手から足すくわれかねないんだぜっ★

「えぇい、このアホ離せよっ!」

 まこちにたくましい。

 それでも気力勝ちって感じで、あとちょっとってところまで行った。
 と、何か悪い予感が、脳の内側ではじけて…

「………危な…!!

 自分でもなんだか判らないうちに体が動いて、御老体を突き飛ばそうとしていた。

 ビ、イッ。
 鈍い音が変に途切れて聞こえた。

 俺のかたわらで老人の体が沈みこむのと、好がいちはやく撃った男の銃を蹴り飛ばすのとが、
ほぼ同時だ。

 くるくると弧を描いて重い銃把が奴の手に収まる。

 老人は腹の傷を押さえてかろうじて立っていた。

 ピタリ。
 好が敵方のボスの胸に正確に照準を定め。

(( 撃つ。))

 俺はびくっとして目を閉じた。

 部屋の中は急に静かだ。

「そこまでにしてもらおう。」

 けれど野太い堂々とした声。

 目を開けると、 "J.G.の旦那" と…すらりとその脇にひかえるヤニさんがいた。

「皇国軍のエライさんがた、酒場の喧嘩に銃器はご法度だ。まさか "裏" のルールも知らねえで地獄横丁に出入りしているとは言わせねェ。

 この店の中は、わしの国だ。法度破りには出て行ってもらおうか。」

「なにキサマッ!」

 見るからに若いのって感じのニキビ面が腰に手をかける。

 瞬間速くヤニさんの白い腕が一閃して。

「う、うわっ!」

 小型の衝撃銃だ。

 縫い付けられたみたいに動かなくなってしまうモノだてェのは、俺も月面で経験済み。

「室内でアブナイおもちゃを振りまわしちゃいけませんよて云ってるンですョ坊や。
 …近頃の小学校じゃ、大人の云うことは聞くもんですって教えないのかしらねェ?」

「…く。」

 あぁ、あ。子供扱いはひどい。

「よせ。帰るぞ。」
「し、しかし…」
 しぶしぶ退散。

 やーいザマを見ろっ♪

 唐突に光がはしって俺のささえている老人がガクンと揺れた。
「 わっ!! お、おじーさんっっ!」
 新たな傷口から血が流れだすのも待たず、
 好の長い腕が伸びて、一射、二射。
 正確な射撃を繰り出す。

 ぎゃっとか叫んで軍服たちは転がり出て行った。

 ボスの両肩に、しっかり、穴。

 ふん同情してやらんもんね! しかし……
 …痛そ。


 ゆかり姫が駆け寄ってきてぱっと膝をついた。
「おじいさん、大丈夫ですかっ!?
「う。……急所は外れている。と思…」
「無理はなさらないで下さい。動かないで!」
 
 J.G.はカチャリと義足を鳴らして好に向きなおっていた。

 好いわく、
「目には目を歯には歯を。咎めを受ける筋合いはねェぜ。」

 双方ニヤっと笑ってみせたりして、了解のサイン。

「気に入ったぜ若いの。しかしちっとマズイ事になったな。」
「悪いが話は後にしてくれ。栗原!」
「お?」
「会田を手伝ってその爺さんをガレージへ運べ。ユミが何とかすんだろう。

 竹中、喰い終わったなら戻るぞ。」

「あいよ。」

 つ、つおい。ひろと先輩ずっと食べてたのっ!?…

「…目には目を、てェよりも左の頬を打たれたら両頬打ち返せの気がする。」

 俺だけ無視された腹いせに半畳入れたら睨まれた。

 後ろではJ.G.が酒場の主人らしく、騒がせてすまねェな、気分直しに一杯奢るから景気よくやってくれ、てなことを云っている。

 それからヤニさんと一緒に俺たちについて来る気配。

「こ、これだけの怪我になるとあたしの手に負えるかどうか…
 …よかった。出血の割には浅傷だわ。」

 ガレージへ帰るとユミちゃんが心持ち蒼い顔しながら、それでも手早く怪我人の服を脱がせにかかっている。

「ゆかり先輩、あたしのクォクから医療キット外して来て下さい。マオ君、悪いけどお湯と、シーツか何か清潔な布たくさん持って来てくれない?」

 下働きの子をもう懐かせたらしい。

「あの女の子は?」
「さっき出て行ったわ。時間までに薬を届けないとお給金もらえないんですって。」

「……可哀想に。間に合えばよいけれど…」

「期待外れだったね、この街。」
「ん。…」

 ぅ、うわっ。暗いっっ

「若いの。さっきの話だがな。」
 J.G.が部屋に入るでもなく戸口をふさぐ。

「さっきの愚連隊どものボスな、階級はたいしたこたないが、ここの司令官の弟だ。」
 え?
「………ふん。ンなこったろうと思ったぜ。で? あとどのくらいある?」

「指揮系統がワカメだからな。ま、小一時間てところか。」
「充分だ。」

「おおよ。頑張んな。」
 J.G.退場。

「おーい何の話なんだよ好っ!」

「ユミ、30分でそいつの治療終えろ。動かすからな。きつく縛っておけよ。」
「………あのね。傷口は脚や腕じゃないのよお兄ちゃん。」
「血が止まらねぇなら死ぬまでだ。」
「、わかったわ。」

「この御方をお連れするおつもりですの杉谷さん?」
「先に背負いこんだのは誰だ?」
 冷たい眼。

 姫がぐっと詰まった顔で負けじと眉をひそめる。

 俺はアセる。

「なっ、仲間うちで喧嘩してっ時じゃないだろっ好っ★」
 たく。もー!

 奴がくるりと向き直る。
「清。竹中。来い。栗原はここで番犬やってろ。」
「わん。なんちゃって。」

「どっこ行く気だよおいっ!」

 すたすた歩ってっちまうのを追いかけてまた地下への階段降りて酒場にとって返して。
 途中でぼそっと好が云った。

「おまえなまるで役に立たねェな。何の為にひとより優れた能力もって生まれて来てるってんだボケ。さっさとコントロール覚えろ。」

 何の為に………つったって、
 ………何も欲しくて。

「う。ごめん。」
 もう不機嫌の好には謝るっきゃない。

 に、しても、ひろと先輩もいる所でンな話する事ないじゃないかよっ!

 そりゃ、これくらいの会話で意味判っちゃう筈もないとは思うけど、でも、それにしてもやっぱり。………う~~~…。

 俺たちの話が聞こえたのかどうか、先輩は先に立ってほこほこ歩いて行った。


 例によって才能としか云いようのない手際の良さで好は情報屋を見つけ出し。
 こっちの身元や地球に来た目的はうっかりバラさずに済むようにと、奴ひとりが質問係。

 話きいてて俺はウンザリしてしまった。

 早い話が宇宙港ついた時に無邪気に喜んでた ”地球の統一” なんて話はハナから存在しなかったのだ。
 名のみの『統一』政府は実はその首都たるスターエア島しか領有していない。

 何で南太平洋のちっぽけな島が地球代表なんて事になっているのか?
 解らないけど結局この統一政府は国連…それも連合というよりは国際「連盟」…に毛が生えた程度の組織に過ぎなかったらしかった。

 ただ、アルテミス姫の父上が宗主だとかいう、 ”宇宙植民者連合” (コロニスツ)が、各コロニーの地球上の母国からの経済的独立を宣言・実行して以来、この国は対宇宙商取引の唯一の地球側窓口としての役割を果たしてはいる。

 地表と宇宙空間…つまり大気圏の離脱・突入の正式航路は、事実上、Point.P~スターエア間に限られているのだ。
 だから商業と交通に関してだけならば、中立国家だった ”統一政府” は、確かに地球を代表しているとも言えた。

 で、地球⇔宇宙空間の全輸出入を一手に引き受ける貿易都市ともなれば、そこに落とされる富も天文学的な額にのぼり。
 けれどその割にはスターエアは軍事的に弱すぎる都市だったらしい。

 「この時代」では『環太平洋皇国』と名乗っている日本…皇国軍と呼ばれている…が、
 つい最近、強大な武力を背景として、「比較的」平和裡に「同盟」を結び。

 ようするに軍事的援助と銘打って乗りこんで来た駐留軍の司令官が、どーゆーわけだかスターエアの司法・行政面にまで強い発言権を持ってしまった。って事だった。

 そして話は俺たちの喧嘩へ戻る。

 ぶん殴られた一行の側のボス。御丁寧にも好に両肩ぶち抜かれたバカが、
 …なんと現司令官の弟だったのだ。
 デキの悪いぶん兄貴からは可愛いがられている。

 ……………………っっ。

 これでよーはっと好の「こんな真似はしないんだろうがな。」の意味が俺にも解った。

 冷や汗てんてん。

 さて、こうなったら三十六計逃げるっきゃないんだけど。

 こういう公私混同な捕り物の時に皇国軍がよく張る非常線の位置やその抜け道を聞き出し、その他の情報や数枚の地図を手に入れてガレージへ戻ると、
 ちょうどユミちゃんが老人の手当を終え、ゆかり姫は断熱布やなんかをそれぞれのクォクに片づけているところだった。

「それで? どうなさるおつもりですの杉谷さん。」
 俺がひと通りのことを説明すると、少し冷たいような声で姫は云った。

「逃げるさ。」
 ごくあっさり答える好。
 腕くんで。ふてぶてしく壁に寄りかかって。

「どォやって?」

 むしろ余裕たっぷりお手並み拝見、さあどうぞ好きにやっておくンなさい…とばかりにヤニさんが頬笑んだ。

 ぅう。色っぽいっ!

 ………

 好はしばらくの間ひとりで地図を広げていたが、やがて、

「ヤニ。ちょっと来てくれ。」
「はいな。」
 2人で作戦を検討しはじめた。
「そおですねェ、酒場の出口が地下第3層。軍司令部が区画I-39の地上237層。そこまで辿り着くのに早くて約40分。司令官が話を聞いて怒り狂い、何がなんでも捕えろ…と、喚きだすのに、ま、5分として。
 バラバラな指揮系統をくぐり抜けて末端が実際に動き出してここへやって来るのは…
 今から15分くらいってとこでしょうかねェ。

 非常線のほうはちょうど敷き始めた位のところですサ。」
「ふん。」

 好はしばらく目を閉じて考えこみ。

「よし。じゃ、二手に別れる。」

 さーあ。これからが大変なんだ。ヤツの喧嘩ってのは!

「ユミ、そのじいさんをおまえのクォクにくくりつけろ。
 ヤニ、このルート解るか。よし。じゃやってくれ。
 念の為に会田もつける。宙港まで一直線だ。」

「ちょいとキツイですが…まァ女3人ともなれば、万が一の時にも誤魔化しやすいでしょうさ。
 それで? 何処で落ち合います?」

 好は地図の一点を無雑作に指さした。

「ここだ。都市区画I-39棟高層建築の屋上まで、2時間以内に来い。」

 俺は思わずコケそうになった。

「こーうっ! じょおっだんっっ!」「…じゃありゃしませんよ杉谷の旦那ッ!」

 示された一点とは… つまり、当の皇国軍司令部。そのものだった…。

「お。なに。殴り込みかけんの。おっもしれーっ」
「おまえなー、栗原っ! わかって云ってんのかよっっ??

「小姑みたいにわめいてないで、ま、諦めんだな磯原。
 杉谷が一度やるっつったら、やるのさ。」

 わーってますよ先輩、そりゃ俺がいちばんっ。
 わーってますけどねっっっ

「やだよーっ俺まだ死にたくないッッ☆」
 云いつつ仕方なくクォクに積んである武器類ひっぱり出し。

「イヤですョ。あたしゃゴメンですね。」
 最後までつっぱっねていたのは結局ヤニさんだった。

「アルヤどんからお預かりした以上、責任はこの火喰い竜のヤニさんにあるんですからねェ。
 おしりの青いような坊や達に好き勝手やらせて火傷するのを黙って見ているわけにゃ行かないんですョ。」

「さっさと出発だ。ユミ、会田、準備はいいか。」
「いちおう。」
「できましたわ。でも杉谷さん。安全な抜け道がある以上、わざわざ二手に別れて一方が危険地帯に自ら侵入するなどとは、とても正気の人間のとる策だとは思えませんわ。」

「ふふん。」
 好はこういう時いつも相手を小馬鹿にしたような薄笑いを浮かべる。

「ここから宙港までなら幾らでも安全なルートを探し出してやるがな。おまえらいざ MISS-SHOT に辿り着いてから、その後どうするつもりだ?
 アルバトーレで検討した限りでは、スターエアで何の情報も得られなかった場合は、日本にある地下組織のどれかに連絡とるのが最善だ…て事になってる。」

「…げ。オサトガエリすんのォ?…今じゃ日本て『皇国軍』なんだろ? 敵さんの本拠だろォ…?」
「 That’s RIGHT. 」

 うぅ、俺って長生きできそうにない…

「だからだ。こっちの追手とドンパチやりながら本拠に逃げ込んで無事でいられると思うか栗原?」
「 お? え~とぉ」
「はっきり云って追ん回されて逃げんのが性に合わないだけだろーが杉谷。」
 ひろと先輩が無責任にカラカラ笑った。

 ヤニさんは俺たち6人をたっぷり1分間は見比べて、あげく、苦笑まじりに嘆息。
「…や~れ、やれ、やれ。これァまたエライのと関ぁりあっちまったもんですョあたしも。
 えぇもう好きにやっておくンなさい。あたしゃ黙って従うことにしますサ。」

 …ンな、わけで。
 その道に詳しいヤニさんでさえビビるような真似を、俺たちはするハメになってしまった。

 ゆかり姫だけが、まだ不満の残る顔をしている…。


 ユミちゃん達3人と1人は既に出発し。

「好、俺たちはいつここ出るんだよ?」
 ムーン II でもらった銃や軽金属製の木?刀(要するに刃はついていない)を身に付けながら聞く。

 好は答えない。1人でイライラと何か考え込んでいる。

 …あれ。ツメ噛む癖ってまだ治ってなかったのか。…変なとこでガキっぽいんだよな…。

 J.G.がのぞきに来たので姫から預かっていたお金を俺が支払い、そのとき好がふっと顔をあげてニッと眼を細めた。

「おやじ、奴らが来たら素直に密告してくれて構わねェからな。」

 何のことだか解らない。

 ただJ.G.に比べれば好のほうがはるかに稚(わか)いのは確かだのに、この2人にはどこか共通のもの…ある意味ではそっくりと云っていいフンイキのようなもの…があって、
 それぞれは相手の言いたい事が即座に呑みこめていたらしかった。

「おぉよ。坊主。命があったらまた飲みに来い。」
「ああ。」

 ふうんと俺は思う。何か…うまく言葉にはできないけど、…連帯感。

「お、来たぜぇ」
 それとなく裏を見張っていた栗原が楽しそうに振りかえった。

 ああ、もう。
 こいつも喧嘩となると、眼の色変えて…。

 ひろと先輩もそっちの方へのぞきに行った。
「少ねェなァ。こっちがクォクとは、こりゃ知らないらしい。」

 その時、あけ放してあった酒場に通じるドアの向うから、荒々しく踏みこんで来る憲兵たちの声が響いた。

「Good-Luck! がんばんな。」

 J.G.が義足の音も軽やかに、面白がってさえいる様子で騒動の中に降りて行った。

 しばらくの静寂。

 やがて階段を大勢でかけ上がって来ようとする気配。

「行くぞっ!」

 好が鮮やかなワンアクションでクォクに飛び乗った。

 俺もひろと先輩も後に続く。
 エンジン始動。
 栗原、ガレージのシャッターひと息で目一杯押し上げて。

「 Let’s Go! 」
 イェイ♪ てなもんで俺は親指立てて叫んだ。

 あとはもう、風を吹っちぎって。

 クォクの爆風に飛ばされながら後ろから慌てふためいて怒号する声。

 角を2つ3つ曲がる頃にはそれがけたたましいサイレンの唸りに変わっている。

 狭い路地。

 水たまり。

 前哨灯のあかりに古ぼけた壁が浮き沈みする闇黒。

 時折り長い直線コースに入ると、角を曲がる前に一瞬追いかけてくる
 パトカーのまっ青なサーチライト。

 …ぅわ~~~~カー・チェイスだっっ!!

 スピードや旋回性能からすれば楽に「まいて」しまえる筈の相手なんだけど、何か考えがあるのか先頭を走る好は何故かそうしない。

 来た時のを逆にとって登りのルートに出る。

『 ソコノ車、停マリナサイ。ソコノ車、停マリナサイ。』

 非人格的な停止命令が先回りした脇の道から飛び出して来る。

 あっちはタイヤ。こっちは今ホバーだ。
 軽く上を走り越してやると横すべりして壁へドカン。

 道をふさがれた後続が凄まじい勢いでブレーキをかける。
 と。

 おわー過激だ。
 撃って来やがったぜっ!!

「うげげ★」

 あせったひろと先輩があやうく栗原に激突しそこねる。

 よけきった野生の栗原くん。さすが。
 俺だったら2人しておシャカだぜっ。

 云いたかないけど、ひろと先輩って、運動神経あんま良くないのな…。

 なんにせよ後ろっから光線が飛んで来んのって気持ちのいいもんじゃない。
 当たったら痛いだろうななんて考えながら操縦桿てきとうに右左に切って。

 これ、偶然に的中しちまう可能性って何%ぐらいなんだろ?

 都市上層部…不夜城めいた光の世界に近づくにつれて
 あっちこっちから新手のパトカーが湧いて出て来る。

 むき出しの高架道路をホバーで走っている以上、地面での追っかけっこと違っていきなり手近の脇道に飛びこむとかして振り切るわけにも行かない。

「おわー不利だっっ」
 思わずわめきたてる声も爆音とサイレンのなか。

 と、好が咄嗟に推進系をジェット ”垂直” に切り換え…地球の重力下ではこれでは飛び上がれない…落下をふせぎながらも路肩をはみ出しちまったっ☆!?

 側方20m、15mほど下方。

 エア・カーの走ってる透明なチューブ走路。
 クォクが再び変型して、危ういところでタイヤが生えて来る。

 ダン!

 ふぇえ。

 あいつチューブ走路の 上 を走ってるよっっ★

 その真下にいるエア・カーの奴らの文字通り仰天しちまった顔がちらりと見えた。

 パトカーの方は、走路に穴をあけてしまうおそれがあるもので、撃てない。
 好はぐんぐん遠ざかって行く。

 栗原、ひろと先輩が後に続く…と先輩危ないコケるっっ

 俺はと云えば好のすぐ後ろを走っていた都合上、スピードから云っても既に3人と同じチューブに乗り移れるポイントは過ぎてしまってた。
 かと云って引き反せば後ろの追跡車とハチ合わせだし、どのみちこの速度でターンできるほど道路広くないし。

 とわ。

 ビルひとつまわり込んだ所で凄まじく大きな対向車こっち来るッ!

 ホバー最大にして路上20mくらい跳びあがる。

 そうするとカーブが曲がり切れなくなって空中へ飛び出し…

 ひ、ひえ。

 目がまーるほど高い。

 不夜城の下は闇。

 俺、死にたくないよっっっ

 …幸か不幸か旋回して来た飛行艇型パトカー、踏み台にしてしまった。ごめんなさい。

 タイヤ出してバウンドして。
 ジェットで加速して。

 なんとか手近のチューブに引っかかる。

 ふえ、代わりに飛行艇が高架道路に不時着してら…


 …さて。

 他のクォク見失った。

 困ったなと思っていると向うのほうでド派手な爆発音。
 どーせ好だ。
 また何かアホウな真似やってるに決まってる。
 ん。とにもー!
 破壊欲があり過ぎんだよあの男ぁっ!!

 何はともあれ目的は皇国司令部ぶっつぶし。
 それも早急に。すみやかに。
 間違っても俺たちの顔写真が本国に書類送検なんてヒマを与えないように。

 目的地・都市区画I-39棟。

 あちこちに出ている区画表示を頼りに、俺はチューブを乗り換え乗り換え、撃てないじれったさにヒステリー起こしそうなパトカーの大集団ひきつれて。

 悠々と。

 かなり快感。

 見渡せば東京都分くらいはありそうな規模の
 壮大な構想都市。

 空中楼閣。

 だけど腐り切った超絶資本主義の見本。

 J-38…

 I-38…

 都市区画 I-39棟。

 やったねっ!

 俺よりもはるか下の方で3人が今しも窓破って跳び込むところ。

 こ、こあいっっ

 好のクォクってミサイル積んでやんのっ★

 負けじと突っ込みたいところだけど、これって硬化ガラスだろォ~~~っっ
 うっかり体当たりかまして壊し損ねた日にはハネ返されて地面へダイビング。

 ま、いいや。

 なんとかなんだろ。

 それでも死にたくないので一旦クォクにしっかりブレーキかけ。

 衝撃銃と熱線銃を交互に2~3度ぶっ放して
 前方、目星をつけた窓をあらかじめ弱くしておく。

 あらよっ。と。
 ガシャン。

 突入成功。

 ガラスの破片で歩哨さんひとりノシてしまった。
 あらら…と。

 血は出てないから。
 I’m Sorry.

 いくら無制限に照明が使われていて明るいからって、やっぱ今は夜なのだ。
 ところどころの歩哨以外には人がいないっての、助かっちまう。

 クォクで廊下つっ走っているとき撃たれにくいし、こっちは側まで行ってから通り抜けざまに気絶させればいい。

 そうこうするうちにあちこちで何種類もの警報、アラーム、サイレンに非常ベルの類が鳴り響き始めてしまった。

{ 侵入者アリ、侵入者あり。警備兵ハ第123層、及ビ第302層ヘ向カヘ。
  クリカエス。警備兵ハ… }

{ 火災発生! 火災発生! }

{ 芹田隊長! 芹田隊長おいででしたら早く指揮をとって下さいっ!!

 ………へ?………

 くっけっけっ!
 J.G.の言っていた『指揮系統がワカメ』てこの事かぁ。

 アナウンス聞いてるとほんっとに相手方の慌てぶりが良く解る。
 かあいそーなくらい、混乱。

 軍司令部とか云ったって実質行政局だもんね。
 日本人の常として、誰も非常時に責任持って敵撃退の指揮とろうってのが、居ないらしい。

 それでも始めちょっと ”自動警備システム” てのに悩まされましたね。

 どこから撃って来るのかが判りにくい上に狙いは正確ときてる。

 だけど外でパトカーがぶっ放してたヤツに比べればビームの出力がずいぶん小さいのに気がついて、試しにあの宇宙空間用のジャングルジムたててバリア流してみると…

 イェイ楽勝っ♪

 好たちに合流するつもりで2~3層下って行くと、さっき俺が乗ってきたチューブ走路の内側に大人しく収まっていれば辿り着けたはずの層に出た。

 階の名称、 ”第8エントランス” 。
 中央通路の一画に、ごてーねーにデパートみたいな建物の立体地図がある…

 ん、と…

 まず他の3人がいる筈の下の層から目を走らす。

 マザー・コンピュータ・ルーム。
 これはひろと先輩が行くだろう。

 動力室…
 栗原向き。

 司令官室にはとうぜん好が殴り込みかけるだろーから、

 近いし、ここへ合流しようか。

 それとも、もっと、「俺向き」の場所…。
「…あった。403階!」

 留置場。つまりは牢屋。

 も、あの3人にまかしといたら、建物全壊させかねないんだもんね。

 逃げられない立場の人間は、早目にどうにかしといてやらないと…。
 それに、逃亡者の数が増えればそれだけ、追手って薄く広がっちまうもん。

 かくして俺はあっちこっちでドンパチじたばた騒ぎを起こしながら上へ上へと登って行く。

 クォクで階段を走り上がるのって、いまいち、胃下垂になりそうな…★
(狭すぎてホバーは使えない。)

 で、403層。

 獄舎は403~404の2層に亘っているんだけど、上の層に行くには403側の長い一本廊下を辿って行くっきゃない。

 つまり俺がクォクで走り抜けてきた階段の404層出口は無いってこと。
 405層は兵員用大食堂兼集会場と若干の娯楽設備。

 406~409層はパトロール艇その他の空中車(って案内板に書いてあったんだもん。まぁ飛行艇のこったろうけど。)の格納庫。

 そして都市地上第410層が、2時間後…正確にはすでに今から43分後になっちゃってるけど…に、ヤニさん達 MISS-SHOT 号組が俺たちを拾いに来てくれる、屋上ヘリポートだった。

 さて。

 ちょいと休憩。作戦タイム。

 403層の一端を通るダダ長い直線通路。
 こいつがこの場合ひどく厄介なのだ。

 俺がいるのはビルの側方にある非常階段だから、正規のエレベーターは向かって左20m。
 廊下が獄舎のある方へと直角に曲がっている、警備要員詰所あで、右側へ100m近く。

 ちらっと覗きみた限りでは、警備兵は5~6人。

 廊下の自動システムは今まで通りクォクのバリアで何とかなるにしても、連中の持ってる銃は…

 う~ん。そりゃ、俺だって高性能のショックガンもヒートガンも持って来てますけどね。

 これが好ならいざ知らず、100m向うから走って…もしくは立ったままだとしても…撃ってくる人間6人をも倒す能力が俺にあるかって云うと、射撃の腕の哀れさかげんはすでに月面で実証済み。

 う~~~ん。

 あ! ……と。そか。

「やたねっ♪」

 俺はほくほくしながら再び走り始めた。

 上へ向かって。

 
 第405層で大騒ぎが起こる。

 食堂の椅子はぶっ飛ぶわ調理場の油は引火するわ、ひどい有り様なんだけど、夜である。
 兵員宿舎ってのはまた別の場所にあるらしくて人影なんてまるでありゃしない。
 歩哨さえ立ってはいないんだ。食堂なんかじゃ、ね。

 アラームが鳴り響く。
 侵入者アリ侵入者アリ侵入者アリ…

 当の侵入者の俺としちゃ騒動は大きけりゃ大きいほどいいわけ。

 目一杯ぶったくり壊して…(クォクで室内モトクロス・レースをやってしまった)
 …頃合い見はからってそろそろいいかなと403層に引き返す途中。

 ドグァッッッ!!

 てなもんで建物全体が揺れ動いた。

 多分、はるか200層もの下方で、栗原が動力室たたき壊してしまった音…。

 一瞬あたりが真っ暗闇になり、すぐに、息も絶え絶えなあやしげな非常用ランプの世界。

 ますますけたたましいベルにサイレンの音。マイクごしの怒号。

 やたねっ♪ やりやすくなってしまった…♪

「………大変だっ!! 侵入者のひとりが格納庫の機体を奪って逃亡しようとしている!
 今ならまだ捕えられるかも知れない。来て手伝ってく…うっ! ごほんごほん!」

 ただでさえ動揺してる所へもってして、いかにも真実くさい救けを求める声。
(ちなみに俺、嘘と芝居は大得意。です。)

 廊下の向うの留置場警備係たちは互いに顔を見合わせるヒマもなく、こちらへ向かって走り出してくれていた。

 で、あとは簡単。

 ベータ―の中にクォク隠して俺は連中を十分ひきつけるまで大人しく倒れ伏していて。
 書き忘れていたけど俺の着てるスペース・スーツ、一見して色が警備兵の制服とよく似てたんだよね。

 味方に咄嗟に銃むけるわけにもいかず、焦ってるところを、6人、あっさり叩き伏せてしまった…いぇいっ♪

 …しっかしィ。
 ヤバイよこれは。

 このビルってマジにこの分じゃ倒壊するんじゃないか?

 さっきっからひっきりなしに小爆発音が伝わってくる。

 ちょいとやりすぎだよ~~~好~~栗原~~っっ

 こりゃ、この棟の動力源が原子炉やなんかでなかったように祈るっきゃない、な…

 アーメン。


 警備兵詰所の角を曲がると、そこから先はずらっと監房だった。

 鉄格子の列。…うぇっ

「くそ~~~っ出せ~~~っ!」
「何があったの?! 救けて! ここから出して!」

 そんな風な何十何百人の声が俺の姿をみとめるなり、どっと湧き起こっていた。

「………落ち着いてくれ! 俺は警備兵じゃない!!

 俺も負けじと怒鳴りかえす。

 急がなけりゃ…本当に、命が危ないのかもしれない。
 だけどこんな大人数だとは… 考えていなかった。

 息を吸い込んで、気を落ちつける。

 考えをまとめて…

 さぁ、どうしたらいい…?

 牢獄は俺が話すのを待っていた。
 数秒間の静寂。

「俺は警備兵じゃない。奴らはぜんぶ俺が片づけてきたから心配しなくていい。
 爆発やなんかはみんな俺の仲間がやってる事だ。
 すでに動力室やこの棟の制御室は破壊しただろうと思う。
 …たぶん司令室も。」

 俺は話しながら詰所の壁に並べてあった電子ロックの鍵を取りはずした。

 ついでに予備の銃器類が保管されてあるのを見つける。

 らっきー! かなりの数だ。エネルギー、ちゃんと入ってる…。

 鍵束をふりかざすようにジャラつかせた。

「この中で腕に覚えのある奴はいるか!」

「おぉよ!」

 打てば響く。
 なるほどこういう場合の表現。

「6層上がヘリポートだ。空中車かっさらって逃げちまえ。…ただし!」

 わっと獄内が湧きたちそうになるので俺は慌てて付け足さなきゃならなかった。

「自分たちだけで逃げるな!
 ここにいる人間、ひとり残らず連れて行くんでなきゃ鍵あけてやらねェからな!」

「承知! おれらァ宇宙の男だ、約束ァ守ってやるぜ!」
 …おわ~~あそこの一団はJ.G.やヤニさんと同じ種類の人間だっ!

 なんて喜んだりして。

 …いいや。こうなったら、あいつらに全部まかしちまえ。

 とゆーことで片っ端から扉を開け放つ。

 宇宙海賊、火付けに強盗、強姦魔。売春婦に詐欺師に政治犯と、扉に貼ってあるプレート見る限りじゃ、ありとあらゆるタイプの犯罪者がいるらしいんだけど、も、構わずぜんぶ逃がしてやっちゃう。

 敵のカタキはみな味方っ♪

 …この精神ですぜ…。

 走りだす人の流れ。混乱。ちょっとした諍い。

 …だけどすぐにその中には不思議と統制めいたものが生まれ。

「ジェーニ早く!」
「おい、そこのばあさんは背負ってやれ。」
「待って誰か。このひと怪我してるのよっ」

 そんな風な声があちこちで聞こえる。

 銃をとった殺し屋や海賊たちは、先にたって脱出路を作るから心配せず後ろからしっかりついて来い、と大音声で呼ばわる。
 それとは別に何人か、 "集団のリーダー" やり慣れた人達もいるみたいだ。

 …これって、ほんと、バラバラにとっ捕まった犯罪者の群れなわけ?

 悪人同士の連帯感とかで片づけちまうにはあまりにも感動的な、たすけあいの精神。

「ありがとう。出してくれて感謝する。キミの名前は? どこの組織の人間だい?」

「目的は? 命の恩人だ、協力するよ。リーダーに会わせてくれないか」

 みんながわりとスムーズに逃げはじめるのを見届けて、まだあちこちの鍵あけに忙しい俺のところへ、くだんの "統率やりなれた人間" たちが、てんでに集まって来た。

 その大部分が、気がついてみれば『政治犯』の房から落ちつき払って現われ出た連中だ。

(( 貸して下さい。ここから奥はわたしがやりましょう。))

 ひとりのひどく印象的な女性が、たおやかに透けるような指で俺の手から鍵束をさらい出して、云った。

 …この人が何処の房にいたのか俺には判らなかったんだけど、海賊にも泥棒にも、まして売春婦だとは思えっこないし、政治思想犯てふうでもないし…

 歳は20から35の間ってところだろうか?
 スタイルとかなんとか云うのではなくて、人間的にひどく際だった立ち姿。
 身分ありげな繊細な物腰。

 そして胸に柔らかく抱きしめている…やすらかな寝顔の、赤ちゃん。
(かぎりなく優しく…だけど彼女の子供という風でもない。)

「 あ。……」

 ほとんど白に近い、青味のかかった不思議な色彩の長い長い髪が無造作にひるがえって行こうとした時、
 俺は、用もなしにもうちょっとで呼び止めてしまうところで、それから慌てて
 伸ばしかけた手をひっこめる。

 今は現実問題のほうが先だ。
 どうせ牢から脱出する道はこれ一本しかないんだから、
 彼女が気にかかるんなら、引き返してきた時に…また会える。

 ひとり、賭け出してくる人の波とは逆方向へ静かに、だけど必要なだけの速さと正確さでもって、扉を開け放ちながら歩み去って行く後ろ姿。
 …印象的な…
 それ以外の形容詞を咄嗟に俺は思いつけなかった。

 美人だとか理想のタイプだとか、そういう割とよく味わう感情でさえない、何か、この世の外、という感覚。

 遠ざかって行く後ろ姿がひどく非現実な影のうすいものに一瞬、視えた。

 もちろん、それは単に薄暗い非常灯の光のせいに過ぎなかったのかも知れないけど。


「…名前は?」

 はっと現実に引き戻される。
 それでも俺がぼっとしてたのはほんの数瞬間のことだ。

「……あ、磯原。磯原清っていいます。リーダーは…今のところいちおう好ってことになってるのかな…杉谷好一。何処の人間かって聞かれても…え、組織って…」

「ありがとう。都合の悪いことは聞かないよ。
 私は、知っているかもしれないが尾崎 済(さい)。」

 他にも何人かが名乗ってくれるんだけど、当然のこととして、俺は知らない。
 確認暗号というか合い言葉?みたいなものも幾つか相手方の口にのぼるんだけど、これも解るわけない。

 意外だなとゆー顔をされて俺はアセった。

「あ。たぶん俺達あなたがたの思ってるのとは違うと思います。俺たちは…その…地球へは今日降りて来たばっかりで、何も解ってなくて。」

「スペースマンだったのか。何処の?」

 ついでに云うとこの『スペースマン』というのはただの『コロニスト』より一段上の敬称らしい。

「う、うーと。生まれは別なんだけど、仕事頼まれたのは『ムーンII』から…」

 えぇいクソ。どこまで話していいのやらわーらん。

 好ならもっと上手く情報収集やるんだろうけど。

 とにかく俺が『ムーンII』の名前を口にすると、空気がザワっと変わった。

「アルバトーレ…!」

 敵意とかではなく、絶対的な好意。と、若干の畏敬。

「…よォし。何か深いわけがありそうなのは解った。つべこべ云わないよ。さっきも云ったけど、協力する。何をして欲しい?」

「アルテミス姫のこと、御存知ありませんか。」

「コロニスツの宗女どの? いや。……何かあったのか?」
「 ぃえっ! 知らないならいいんですっっ」

 相手が親切そうなんで、つい口をすべらしちゃったけど… 早計だったかな。

「じゃ、お願いはひとつです。無事に逃げて下さい。俺たちとしちゃ、騒ぎが大きくなればなるほど都合がいいんです。」

「わかった。そういうことならいくらでも安心してまかせておいてくれ。
 向う三週間は皇国軍内部の連絡網、分断しといてやるぜ。」

 サイさんと名乗った人が思いっきり小気味よく片目をつぶった。

 この人、落ち着いて見えるけれど、思ったよりはかなり若いらしい。
 28、ってとこかな?

 相変わらずビル全体の鳴動と爆発音は続いている。
 アナウンスはいつのまにか総員退避命令に変わっていた。

「うわー。ここもいよいよ本格的にヤバイみたい。」
 ったく何やりゃぁってんだろーな栗原達は。

「そろそろ我々も行くか。」
 俺をとり巻いていた人間にも出発の気配。

「俺は最後のひとりが出ちゃうまではここにいます。クォクで一緒に走っても危ないだけですしね。」

「 GOOD- LUCK!」
「それじゃっ」

 奥の階段通って404層から降りて来る人たちも断続的になってきた。
 そのうち階上のほうからもド派手な爆発音がズン!ズン!とばかりにのしかかってくる。

「…始めたな…あの海賊さん達。」
 まっこと頼もしーわいとひとり呟いて。

「これで終わりだよ! あんたもさっさと逃げなっ!」

 病気らしい母親をささえながら数人の子供たちが逞しく駆け抜けて行く。

 これで終わり。………え?

 あの、印象的なひとが、まだだ…。

 俺は奥へ向かって走りだした。

 そろそろ壁や天井の塗装がはがれ、亀裂まで細かく入り始めている。

 奥の階段を三段抜かしで行こうとすると、すぐ上の踊り場のところに、まるで薄暮のなかにそこだけ切りぬいたようなほの明るさで、彼女は立ち尽くしていた。

「あ、あなたこんな所で… あ、あの早く。逃げないと、キケ……」

 危険だと云おうとして何がなし絶句してしまう。

 この人は、そんな事に頓着していない。

 どこか非現実感。

 透き通るような………

「…エルフィーリ(妖精人)。」

 なにか、の異なる存在感に思わず口が動く。

 …ぅわ~バカバカのんびりアダ名つけて喜んでるばーいじゃないっっ

 ところがその人はゆたかに微笑んだ。

(( あなたは ”見遥かす者” の瞳をしておいでだわ、勇敢なテレストリアル。(人間族) ))

 はっと気づくとその言葉…感覚…は、どちらの口も耳も通さずに俺の心に直接しみこんでいた。

 … てれぱしい。…

 そんな単語がまっさきに頭に浮かぶけれども、やっぱりもっと違う。

 不可思議な、むしろファンタジー。
 魔法にちかい肌合い。

 俺たちは天井の崩れ落ちはじめるガラガラいう轟音の中で、立ちつくしていた。

(( お願いがあるのです。))

 再び、限りなく優しいくせに決然とした 感情 が、心の中へ伝わってくる。

「どんな事でも。」

 咄嗟にそう応えてしまう以外、俺にどうできただろう?

 自然に… 本当にごく自然な あたりまえの 現象であるかのように、彼女の腕の中の赤ん坊が宙に浮かび上がった。

 そのまま滑るようになめらかに、彼女の愛情と、忠誠めいてさえ見える神聖さの淡い光芒に包まれて、その安心しきった寝顔が俺のすぐ前へ運ばれて来る。

 俺はと云えば今さら驚いてみる気にもなれずに、ただただ自分がわけもわからないまま黙示劇のなかにでも引きずりこまれてしまったような感覚につかまり、それでも何かしら重大な気がして、両腕をさしのばして、おくるみ のふくふくした感触を抱きとめようとしていた。

 不思議なのは、とうに非常灯の明かりさえ失せてしまった闇黒のはずの空間の中で、彼女と赤ん坊と俺自身の腕だけが、内側から光ってでもいるように、妙にはっきりと視界に焼きついていたことだった。

「………アトゥルワー…!! 」

 俺は柔らかい生き物をあやうく取り落とすところだった。

 後ろを振り向いて見るまでもなく、その太く苦しげな、ほとんど悲痛とさえ云える声は、
 あの、酒場で聴いた「それでも日本人なのか?!」と、同じ老人のものだったのだから…。

「 アトゥルワーよ。」

 おぉ、とも、あぁ、とも、つかない呻き声がもれた。

「 アトゥルワー……」

 みたび、呼びかける。

 下腹部に巻かれた包帯代わりの裂いたシーツの上に、鮮やかな、紅。
 荒い熱い息づかい。

(( バヌマ。))

 見まちがいなどではなく、彼女…妖精人…アトゥルワー(水乙女)…は、
 老人にむけて静かに微笑みかけた。

 透明感。

(( 苦しまないで下さい。わたくしたち水精の掟は知っておいででございましょう?

  わたくしは、すでに穢れた身となりました。

  死を許されたほうがわたくし、幸福でいられるのです。))

「…アトゥルワー。しかし…」

  ”穢れ” イコール ”死” 。

 彼女の言うことが頭にしみこむまでにはすこし時間がかかって、はっと気がついた時には。

 奈辺から現われ出たのだろう。
 冷たい、凶々しい、悪夢のような輝きの刃が、ゆるやかに一閃して、そして…
 鮮血。

 気がついてみればその小さなナイフは、彼女自身の美しい白い指にしっかと握りしめられているのだった。

「 … 水の、娘。……」

 呟いたのは俺なのか彼なのかわからない。

(( バヌマ… そして、見遥かす瞳のおかた。))

 頸動脈からの急速な失血のために、ともすれば途絶えがちになる意識をおして、彼女の最後のメッセージが俺たちの心へ伝わって来た。

(( ワコさまを… お願いいたします。ニッポン… あの小さい、不思議な活気に満ちた…
 ははなる大地の鳴動する島国へ…

 …あ… アサヒガモリ… へ… お預けしてください…

  ”アサヒガモリ” …の…
 長なる御方に… ))

 彼女の 声 が彼方に薄れて消えていってしまった後には、
 すでに息絶え、むきだしの床に崩折れたせいで急速に冷えつつある遺骸がひとつ、
 俺たちの目の前に横たわっているだけだった。

 いとも、無造作に…


 比喩表現でなしに目の前が真っ暗になった。

 事実なにも視えなくなってしまったんだからおかしな話だ。

 もちろん、よく考えてみれば、普通には それまで物が 視えていた って事のほうが説明のつかない現象なんだろうけれど…

「 アトゥル… 水の娘よ… 」
 すぐ脇で老人が膝をついてしまう気配。

 俺はハッと気がついて時計をのぞきこんだ。
 こいつは夜光だから…

 しまった!

 約束の ”2時間後” は、とっくに過ぎちまってる…!

「ちょっとおじーさんっっ!」
 歩け……る筈もないよなぁ、その傷で。

 ここまで辿り着くのだって相当な苦痛だったに違いない。

 かと云って、俺、赤ン坊と一緒にこの人までは運べないぜっ

(( とにかくとりあえずクォクの所まで… ))

 不思議なもので、 彼女 と向かい合ってる時にはまるで意識にひっかかりもしなかった建物全体の揺動が、脱出を焦りはじめたとたん、俺の心に不気味に重くのしかかってくる。

 う。

 はっきし云って恐い。

 怖ろしいんだ。

 覚えず脚がすくみそうになる。

 エルフィーリに気をとられていれば本当に周囲の様子なんて、そこだけ ”場” が違ってでもいたかのように、判りもしなかったのに…

 足元が危ないくらい床面はひどく震動している。

 ひっきりなしに天井が塊になってはがれ落ちてくる。

 プアン!!
 重い漆黒を切り裂くように軽快なクラクション音が響いて。

「磯原さん! 御無事ですか ?!
 輝かしいライトがまぶたに突きささった。

「 姫! 栗原!! 」
 思わず叫び反す。

 …はは、我ながらちと情けないほどホッとしちまった声かな…?

「栗原このおじーさん、おま、引き受けてくれぃッっっ」

 それから振り返る。あの人。………彼女………。

 ぐらっ

「危ない磯原さんっ!!

 姫の銃閃が俺の頭に落ちかかるコンクリ塊を打ち砕いた。
 正確な射撃。

 そして広範囲に崩れ落ち、完全に埋もれてしまった階段と踊り場。

 ………もう、ひろがり流れ、床を染めていった紅い流れのはしさえ、視えはしない。

「… アー、メン… 」

 俺自身はクリスチャンじゃない。
 だけど母親のみようみまねで十字を切った。

 他に… どうしてあげようがある?

 べつに合掌して冥福を祈るんでもなんでも良かったんだ。
 彼女のために、せめてできることなら。

 再び天井の崩壊。

 老人の腕を引きづって間一髪、危険区域から飛びすさった。

 すぐに栗原が駆けつけて来て、あとは引き受けてくれる。

 背負い上げるのを手伝い、ゆかり姫がまにあわせのロープで老人を固定する。

 俺は上着脱いで赤ちゃんくるみなおし、クォク操縦するのに両手が使えるように、
 膝の上に乗せて両袖をしっかり腹に結わえつけた。

「行くぜっ!」
「 GO !!
 栗原と俺が殆ど同時にかけ声をかけた。

 たちまちクォクの轟音。

 サーチライトの渦。

 …も、あっちこっち床は抜けてるわ、ひっきりなしに天井は降ってくるわ、非常 階段 なんて殆どもう踊り場しか残っていない!て感じで、一体どーやって無事に脱けて来られたんでせうね?

 自分でも不思議だ。

 おまけに途中からは火事の毒煙に危うく巻き込まれそうになって決死の鬼ごっこだったし。
 もし留置場がもう少しでも下の層にあったら、俺たちゃ完っ全にオダブツでしたねっっ

「 清クンっ!」
 やうやう屋上ヘリポートにとりつくと5m上方に愛しの『 MISS-SHOT 』…♪
「どいてユミちゃん!」

 かなり慣れてきたタイヤ⇒ホバー⇒タイヤ、の操作を手早くこなしながら、クォク3台そのまま続けざまに宇宙艇の格納庫口へ跳び込んでしまった。

 周りで警戒敷いてた好とひろと先輩も手荒く乗り込んで来る。

 クォクをきちんと繋索するヒマもなし、ヤニさんが宇宙艇を急発進させた。

「 様子はどうだ?」

 コケかけるひろと先輩とクォク同時に押さえこんで好が怒鳴る。

 べつに今までの喧嘩と違って今回は fellow-soldiers が多いんだから、必ずしも 俺が 窓に飛びつかなきゃならない理由ってのもないんだろうけど、気がつけば上半身乗り出してるとこ見ると、こりゃ条件反射だ★

「………おわーーーーっ!! 」

 だけどマジに凄い、ちょっとした眺めだった。

 幾百って感じの飛行艇が都市区画I-39棟の頭上を飛び交っている。
 ニアミス事故が起こんないのが不思議…とゆうか奇跡だね。

 大部分が406~409層の格納庫から引き出された軍令部のエアパトカー。
 もちろん乗っているのは兵隊とばかりは限らないはず。

 むしろ割合としちゃあ脱走犯の乗っ取ってるヤツのが多いんじゃないかと思うけど、うかつにI-39棟空域から離脱すると警備兵側にそれと知られて撃墜されるので、身動きがとれない。

 兵たちにしたってとっくの昔に指揮系統なんて壊滅しちまったに決まってるんだから、事情は似たようなもんなんだろう。

「 ん、とにもう、しょーもないなっ!
 あのまんまじゃ燃料切れるまで右往左往やってるに違いないぜっ!」

 そのハエみたいな小さな機体群を押しのけるようにして、ドでかい都市の救急車や消防車らしきもの。

 それから…

 その正体に気がついて俺は思わずほくそ笑んでしまった…

「 やったねっ! この船と同じようなのが何隻か…
 あ、更にあっちこっちから、集まりつつあるぜっ!」

 ヤニさんがタイミングを計っていたかのように通信器のスイッチを入れた。

 艇同士の干渉波のせいでノイズがもの凄いけれど、なんとか聞き取れる。
 集まって来た高性能小型宇宙艇は、この騒動を聞きつけて脱獄犯たちをお出迎えに来た、早い話がお仲間のアウトロウばかりだった。

 それぞれが全波帯使って知り合いの乗ってるパトカーを捜し出し、まだ屋上に残っている連中で、正規のレスキュー隊には捕まりたくなさそうにしているのを2~3人みつくろっては、慣れた手並みで収容してさっさと引き揚げて行く。

 警備兵側のパトカーがいくら撃ったところでこの場合、役に立ちゃしないのだ。
 なんたって、その気になりゃ(コスト無視すれば)自力で大気圏離脱入のできる外鈑。

 この分なら全員助かりそうですぜっ

 るん♪

{ィヨ~ウ。べっぴんさん。これまた大層なことをやってくれるじゃねェか。}
{礼を云うぜ。今度会った時にゃあ一杯奢らせてくれ。}

 仲間捜しのにぎやか極まりない会話を傍受する合い間に、そのうちそんな通信が混ざって来る。

 誰もがヤニさんのことを個人的にも良く知ってそうな口ぶりなのに、
 決して『 MISS-SHOT 』の名もヤニさんへの直接的な呼びかけも口に出さない。
 べっぴんさんてのだって洋風に考えれば船のことを云ったんだとも受けとれるわけだから…

 さすが無法者のプロ達だね。
 軍側に聞かれても後からヤニさんに追及の手が伸びる事のないよう、よっく心得てる。

 その中のひとつにこんなのもあった。

{こちら、反皇勢力・スターエア独立回復戦線 副将 尾崎 済(さい)。脱出のチャンスを与えてくれた事に感謝する。今後、我々が力を貸せるような機会があったら、ぜひ云って来てくれ。

 それから、…お尋ねの件だが、さしさわりがなければ我々の情報網でも探させてもらって、
 何か判れば君たちの本部に連絡させてもらおうと思う。
 構わないかね?}

 俺は短く感謝するとだけ答えた。好もゆかり姫も何も云わなかった。

 尾崎 済。

 ほんの少し向き合って話しただけの相手の顔を、漠然と思い浮かべてみる。

 落ちついた、それでいて、若々しい。

(( …いつかあの人とはまた会う事になるだろうな… ))

 予感がした。

「でもさすがですわ磯原さん。これでこの『 MISS-SHOT 』、完全に目立たなくなってしまいましたわね。」

「さァて、そろそろこっちも全速力でとんずらと行きますかね若旦那がた!」

 唐突にスピードアップ。

 ひろと先輩が慌ててクォクの繋索具合を確かめに行く。

 俺はぼんやり赤ちゃんを抱いたまま、遠ざかって行くI-39を眺めていた。

 既にあらかたの騒ぎはおさまり、今はもう四方八方に散って行く無数の小型艇の姿と、立ち昇る黒、黄、紫、様々な色の、見るからに有毒そうな煙の流ればかり。

 あ~あ。環境汚染だぁ…。



 エルフィーリ。

 … "水の" 娘 … アトゥル・ウルワ…。



 どのみち火事を消し止めたところで、あの建物は2度と使い物になりはしないだろう。


「ところで清。」
 部屋の向う側で好がニタリ笑って云う声が聞こえた。

「おまえいつのまに赤んぼ産んだんだ?」

「お兄ィちゃん!」
「俺じゃないわいッ★」

 ヤニさんが無責任に笑いこけた。


 不夜城めいた都市空域を離れてしまえば、今は夜。
 広い太平洋の上に、俺たちの出発点が、明るく浮かんでいた…。



               …続く。…


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