リングサイドの女

文字数 2,398文字

 子供の頃の夢はお姫様になることだった。
 大きくなるにつれ、ごくごく普通の家庭で育っている私には不可能な夢なのだと知った。
 デザイン系の専門学校を卒業した後、ジュエリーの会社に就職したのは、子供の頃の夢に少しでも関わっていたかったのかな、と少し思う。


 同棲している恋人は同じ会社の二つ年下の後輩で、一緒に暮らして四年経ち、私はもうすぐ三十五歳になる。
 引っ越してまもなく、同じ部署だった後輩は、そのままデザイン部門に残り、私は販売部門に異動になった。
 配属先は百貨店内の店舗で、デザインには関われなくなったけれど、管理職になった。
 お互いの休日は重ならないことが増えたけれど、一緒に暮らしているおかげで、会えなくてどうにかなるというストレスは無かったし、彼女も私も、わりと家事が苦にならない方だったので、大きな喧嘩もなく四年が過ぎていた。


「今日、新製品を店頭に並べたよ」

 私はジャケットをハンガーに掛けながら、恋人に向かって話しかけた。
 ショーケースに並べてきたのは、恋人がデザインを担当した指輪のシリーズだった。

「そうなんだ」

 恋人は食卓にスケッチブックを開き、4Bの鉛筆で何かをデッサンしながら答えた。
 ページを覗き込むと、ティアラの絵だった。

「発注が来たの?」
「そう。大金持ちのお嬢様が結婚式で頭に乗せてくれるみたい」
「ありがたいことだね」

 私はティアラを頭に乗せるお嬢様を羨ましいと思うのではなく、特別な発注が来て会社の宣伝になる方が嬉しいと感じてしまう。
 子供の頃の夢は、やはり夢でしかない。
 私は彼女の手の側面に付いた鉛筆の粉を見つめる。
 ティアラを乗せることを羨ましいとは思わないけれど、彼女がデザインしたものを身に付けられるのは羨ましいなと思った。

「どうしたの? なんかあった?」

 恋人が私の顔を覗き込んできた。

「なんかさ」
「ん?」
「私たち、人の幸せを応援してばっかりだね」
「そうだね」
「本当にもう……なんでかな……」

 こういうことを言いたいわけじゃなかった。
 言葉を詰まらせて涙ぐむ自分が嫌になる。
 洗面所に行こうと体の向きを変えると、恋人が椅子から立ち上がって私の後ろに立ち、黙って抱きしめてくれた。
 今の生活に不満なんてない。
 それは本当なのに、なぜか涙は止まらなかった。 


    *


 翌日、ショーケースから何度も恋人のデザインした指輪を取り出してお客様に見せた。
 大きなサイズの指輪を男性に、小さなサイズの指輪を女性に渡して薬指にはめて貰う。
 たいていの男性は指輪をグリグリと回しながら小さな枷がはまったような戸惑いを見せ、ほとんどの女性たちは手のひらを空に向けて、しっかりと指輪と向き合う。
 私は今日も、女性たちの達成感いっぱいの笑顔を見ながら自動的に微笑んだ。
 そうして何組ものカップルを接客した後、一息つこうと振り返ると、ショーケースの前に女性の二人連れが立っていた。

「これを見せてもらっていいですか?」

 女性の一人が指差したのは、恋人がデザインした新シリーズの中でも私が一番気に入っていた、繊細なひねりの入ったプラチナのマリッジリングだった。
 私は小さなサイズの指輪を取り出し、声を掛けてきた女性に手渡した。
 直感で、二人が恋人同士だと分かったけれど、私の方からは特に何も言わなかった。
 女性は薬指に指輪をはめ、手のひらを空に向けて微笑む。
 隣にいる少し背の高い女性は、嬉しそうに隣の彼女の様子を見ていた。
 目を合わせて微笑み合う二人の様子は眩しくて、少し目が潤む。
 二人はサイズの確認をした後、小さなサイズのマリッジリングを二つ注文して帰っていった。
 私は二人の背中を見送りながら、これはさすがに羨ましいなと思った。


 閉店が近づいた時間に、バックヤードにいた私を新人の店員が呼びに来た。
 店舗に向かうと、恋人が来ていた。
 もうほとんどすることも無かったので、新人を先に上がらせた。
 ポケットから白い手袋を出してつけながら、ショーケース越しに恋人と向き合う。

「どういったものをお探しですか?」

 くだけた笑顔を見せながら恋人に言った。

「あなたが気に入っているデザインのものを見せてくれますか?」

 恋人も私に負けないくらいの、くだけた笑顔を見せる。
 私は一番気に入っていた、繊細なひねりの入ったプラチナのマリッジリングを取り出した。

「じゃあ、これの9号と9.5号を一つずつお願いします」
「え?」
「ほら、早く出して」
「あ、うん」

 私は慌ててショーケースの底部に付いた引き出しを開けて、指定されたサイズのリングを取り出し、ビロードの小さなマットに並べた。
 恋人は私がつけていた白い手袋を外し、9号の方のリングを私の薬指にはめた。
 顔を上げると、彼女は微笑みながら私を見ていた。
 彼女の薬指には同じデザインの9.5号の指輪がはめられている。
 私は手のひらを空に向けて指輪と向き合った。

「よく似合ってる」
「本当?」
「もちろん。だって、どのジュエリーも好きな人のことを考えながらデザインしてきたから、私」

 彼女が満足そうに腕を組んだ。

「……いいの?」
「お金? 大丈夫、大丈夫。社員割引を使うから。これからの方が長いんだから、締めるところは締めるよ」
「もしかして今、私、プロポーズされてる?」
「そのつもりだけど」
「分かりにくいよ」
「ごめん、ごめん」

 恋人は自分の指先で私の目尻を拭ってから頭を撫でてくれた。
 彼女の薬指には同じデザインの指輪が輝いている。
 私は、頭に乗せられた彼女の手のひらを、どんなティアラよりも嬉しいと思いながら目を閉じた。




<完>

ワンクリックで応援できます。
(ログインが必要です)

登場人物紹介

登場人物はありません

ビューワー設定

文字サイズ
  • 特大
背景色
  • 生成り
  • 水色
フォント
  • 明朝
  • ゴシック
組み方向
  • 横組み
  • 縦組み