第1話

文字数 993文字

 ある日の外来でのことだった。
 「先生、足が浮腫(むく)んだ。()てくれ。」
 車椅子に座ったお婆さんは、ひょいと足を投げ出した。
 「どれどれ、ちょっと拝見しますよ。」と、投げ出された足のズボンを(まく)ると駱駝色の股引(ももひき)が、さらにそれを(まく)ると白い肌着?が現れた。あれ?変わった肌着だな、これは?と思いきや、それは下腿の皮膚を全て覆い隠すようにピタッと貼り詰められた湿布だった。よくぞここまで綺麗に隙間なく湿布を貼り合わせたものだと思わず感心してしまった。
 平成28年4月から湿布薬の処方が、1回の受診につき70枚までに制限された。この令和4年4月の診療報酬改定では、1回につき63枚までとさらに制限が厳しくなった。余りにも過剰な湿布薬の処方に厚生労働省が歯止めを掛けたのだ。医療ジャーナリストの市川衛氏の調査では、湿布薬の費用は年間1,300億円にもなる。
 古典的な湿布薬は、サリチル酸メチルなどの炎症を抑える物質に、メンソールや唐辛子エキスなどの刺激成分を加えて冷感や温感を与えるもので、冷湿布と温湿布に効果の違いはない。
 日本ではお馴染みの湿布薬も、欧米では効果が疑問視されているので保険診療では用いられることはない。急性期の炎症や痛みを抑える効果はある程度期待できるが、慢性的な腰痛や関節痛などの痛みに対する効果は「気持ちいい」以上のものはないようである。湿布薬の7割が70歳以上の高齢者に処方されているのが現状である。
 また、湿布薬を1枚より2枚貼ると効果が倍になるということもないようだ。例えば肩凝りのマッサージや按摩(あんま)に医療保険が使えないのと同じように、「気持ちいい」ための湿布薬に、税金を投入した医療保険の使用に上限が掛けられるのは当然かも知れない。(笹壁弘嗣:「湿布薬を身体中に貼るのは止めましょう」の一部を許可を得て抜粋、改編して加筆した)
 外来で患者さんに「湿布は63枚まで。それ以上欲しければ、後は自分で薬局で買って下さいね。」と説明している。これが実に評判が悪いのだ、トホホ…。

 さて写真は2017年6月に撮影した、田植え後の庄内平野だ。

 一糸乱れぬ稲の苗の列が地平線まで続き圧巻だ。今は機械だが、昔は人の手で田植えをしていたと思うと、想像しただけで腰が痛くなる。
 きっと湿布をたくさん腰に貼りたくなるだろうなと思う。
 んだんだ!
(2017年6月)*❨2022年5月 一部加筆した❩
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