第2話

文字数 2,418文字

1989年の夏、父方の祖父母の世話をするために両親が祖父母の家に引っ越すことになった。僕は高校三年生で、学校までの距離が遠くなってしまうため、落合駅から早稲田通りを歩いて10分ほどのところにある手頃なワンルームのアパートを借り、一人暮らしを始めることになった。もちろん、家賃や生活費は両親が負担してくれた。

その年の12月、車の免許を取りに教習所に通った。仮免の学科試験では何回も落ちて、毎回一人だけ名前を呼ばれる恥ずかしい思いをした。

だけど、本免許学科試験は一発で合格した。試験前日の夜、徹夜で模擬試験の問題集を暗記した。そりゃもう、死にものぐるいでやった。

なぜこんな話をするのかというと、勉強らしい勉強をしたのは、人生でこの時が初めてだったからだ。そして、このことがこの物語とどう関係するのかというと、僕がとんでもない落ちこぼれであるということなんだ。

とにかく、そんなバカだったにもかかわらず、大学を受験した。マークシート方式だったから適当に塗りつぶして、物思いにふけながらも、ひょっとしたら合格するかもしれないと奇跡を期待していたわけだけど、結果はやっぱり不合格だった。

でもそれくらい百も承知だったから、ぜんぜんショックじゃなかった。挫折感などまったくなかった。

何しようかなって、感じだった。

で、高校を卒業してからは、いわゆるプー太郎。親が買ったホンダのアコードで、郊外の祖父母の家から、神楽坂に住んでいた高校の同級生の家まで、一般道を片道一時間半かけて転がし、夜通し乗り回した後、朝方にまた一時間半かけて祖父母の家まで乗って帰り、電車で落合のアパートに戻るという日々を送っていた。

そんな生活をしていた1990年の夏、東中野の喫茶店に母親から呼び出された。彼女は「これどう? 挑戦してみなさいよ。いつまでもフラフラしていてもしょうがないでしょう?」と言いながら、バッグから折りたたまれた新聞の切り抜きを取り出し、僕に手渡した。それがこれだった。

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切り取られた新聞の全五段広告を食い入るように見ながら、挑戦もなにも、落ちこぼれの自分がどうしてアメリカの大学に行けるのかと、胃がきりきりと締めつけられるような感じがした。長い間忘れていた嫌な記憶が、よみがえってきた。

そう、あれは、小学校四年生の夏。担任のブルドックみたいな顔をした水沢が、おたくの息子さんは勉強ができません。どうしようもないバカです。もっと勉強させてください、みたいなことを連絡帳に書きやがってさ。それを親に見せて、このことについて話し合いましたという判子を、明日までに貰ってきなさいって言うから、その日はさすがにそれを親に見せることができなくて、次の日、登校すると、一時間目が始まった途端に水沢に教壇のほうに呼ばれて、「おい!自分の都合で見せないのはどういうことだ!」と叱られちゃってね。だから、その日の夜に母親に見せたわけだ。そしたら、まあ、とんでもないっていうくらい酷い目にあわされたんだ。こんなふうに。

「どうしてあなたは勉強しないの!あれほどしなさいってお母さんが言ってるでしょう!あなたは勉強するのが仕事なの!お母さんは遊んでるわけじゃないのよ!毎日仕事して帰ってきてるのに、こんなもの見せられたら、どうすればいいの!あなたにはもうお母さんうんざり、あなたを殺して私も死にます!いいわね!今日という今日は本当に許しませんから!」

でも、まだ殺されずに生き延びていた。

あとは、小学六年の夏休みになる前日、通信簿を配られた日。隣のクラスの堀之内という女教師が、大野は悪い子だからもう付き合わない方がいいわよと永井に助言をしたそうなんだ。

そして、夏休みが明けてから、永井が僕に小さく微笑みながら、「実は言ってなかったけど」と前置きした上で、「堀之内が俺に通信簿を渡した時、お前と遊ばないほうがいいって言ってたよ。大野は悪い子だから」

それを聞いて、男冥利に尽きるとは思わなかった。あの、クソババア、と思った。

そしたら別の奴が、少しまじめな声で言った。「大野、お前は夜中まで遊び回ってるから、みんなから白い目で見られてるよ」両親が働いていたので、うちには門限などというアホらしいものはなかった。

そのやりとりを聞いていたまた別の奴が「大野、お前は嫌われ者だよ。スネオみたいにな」今なら、それがどうした、ボケ!と言ってやるけど、僕はちょっとショックだった。またそれと同時に改めて見えてくるものがあった。

あ、こいつらは友達じゃないんだ。考えてもみてください。そもそも夕方5時になったら帰って行くってどういうことだよ。これからだろ!違いますか?

そして中学に入ると、悲劇が起きた。小学校の頃にはなかったテストの総合結果が配られてきたのである。すると、当然ビリだと思って見るとどういうわけかビリから二番目だった。そうなのだ、トップでもビリでも一番になるには多少の運も必要なのだ。なんだよ、どうせだったらビリでいいのに。そう思う余裕はその頃にはなかった。

人間失格だという感覚が、ようやく自分のものとして実感できるようになったわけです。

一方、悲劇はこれにとどまらなかった。なんと高校受験に失敗したのである。下手な鉄砲数撃ちゃ当たるとばかりに偏差値の低い高校に狙いを定め、弾を撃ち尽くす勢いで引き金を引いたけど、そもそも銃に弾が入っていなかったから、引き金を引いた瞬間に終わった。発砲しなかった。受ける学校受ける学校すべて落ちた。全滅だった。けど、ちっともこたえなかった。だって普通ならこれでドロップアウトするんだろうけど、大きな声では言えないけど、つまり、なんと言うか……四月になるとちゃんと高校に入学していた。

こうして、僕は飛び立ったのである。
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