第3話

文字数 1,992文字

数日後、朋美さんは午後になって出勤する時間になっても姿を現さなかった。女性パートさんの間で朋美さんの話をしているのが耳に入ってきた。僕はそれに聞き耳を立てる。

「鈴木さん、胃腸炎になったらしいよ」

「あらぁ、それじゃしばらく動けないだろうね…」

「鈴木さん、独り暮らしだから大変よねぇ…買い物とかも行けないだろうし…」

それを聞いて僕は不謹慎ながら胸が高鳴った。朋美さんは独り暮らし?独身?死別なのか何か事情があるのか…何はともあれこれはチャンス!すかさず僕はパートさんに声をかけた。

「鈴木さん!胃腸炎ですか?僕家が近いそうなのでお見舞いに行きます!住所わかりますか?」

そしてパートさんの一人が

「北村君、社員寮よね?そこから真っ直ぐ500メートルくらい行った所にコンビニがあるから、そこを越えた交差点を右に曲がったら二階建てのアパートが鈴木さん家よ」

「ありがとうございます。買い物とか不便だったら、ついでにそれも用を足して上げたいんですが…番号とかわかりますか?」

これ程のチャンスはないと、僕はどさくさに紛れて電話番号まで聞き出そうとした。しかし

「んー…番号までは知らないなぁ…でも、多分動けないだろうから凄く助かると思うよ!北村君は優しいね」

番号は聞き出せなかったが、上手いこと家は突き止められそうだぞ!僕は突然舞い込んで来たビッグチャンスに神様に感謝した。この日僕は早く仕事が終わらないかと時計にばかり目をやる。そして、他の社員の人に、用事があるのでいつもより早めに上がらせて欲しいと打診した。普段から真面目に勤務していることもあり、快く承諾してくれたので、僕は急いで帰り支度をして「お先に失礼します!」と言って職場を後にする。急いで自分の車に乗り込み真っ直ぐ朋美さんのアパートを探す。自分の社員寮を通りすぎ、コンビニを越えて交差点…そこを右折して言われたアパートの前…僕は道路に路駐して車を降り朋美さんの部屋を探す…しかしここで難題が…朋美さんはおそらく独り暮らしなので表札代わりの名前のプレートを付けていないようだ…どの部屋かわからない…僕はどうすれば部屋を割り出せるかしばらく思案した。先ず表札代わりのプレートが出ている部屋を確認しようと考えた。このアパートの部屋数は全部で十軒。そのうちプレートや表札が出ているのは七軒。そして次に入居状況を調べる為、ベランダ側に回りカーテンがある部屋、そして電気が付いている部屋を確認する。表札がなく、カーテンがある部屋は二軒。ということは二択ということになる。僕は意を決して二分の一の確率に賭けて一軒のチャイムを押す。が…しばらく反応がない…確かに電気は付いていた。誰か中に居ると思うのだが…すると…玄関の明かりが付くのが外からわかった。鍵が開けられる前に

「どちら様~?」

と朋美さんらしき声が聞こえてきた。僕は心臓をドキドキさせながら震える声で

「僕です。北村です!」

絞り出すようにそう言った。朋美さんは僕の声に安心したようで鍵をガチャっと開けて

「和ちゃん!どうしたの?」

朋美さんは驚いた様子で目を丸くしてそう言った。

「あの…鈴木さんが体調崩されてると聞いたもので…買い物とかも困ってると思い様子を見に来ました…」

僕は自分の気持ちを悟られないように、あくまで純粋に心配しているという表情でそう言った。朋美さんはその僕の言葉に何故か急に目に涙を溜めて

「和ちゃん…ありがとう…わざわざ家を探して来てくれたのね…優しいね、和ちゃん…」

朋美さんのうるうるしている顔を見て、思わず僕の方も目頭が熱くなった。

「鈴木さん、食事はちゃんととってますか?何か足りないものとかあったら僕買ってきます!」

朋美さんは優しい笑顔で

「ありがとう、でも大丈夫よ。和ちゃんにわざわざそんなことさせられないわ…」

僕はここまで来て何も支えになれないのが嫌だったので食い下がる。

「あの…何でも言ってください…僕はどうせ一人だし、時間はたっぷりありますから…それに…鈴木さんの為に何かお役に立てられたら…その…嬉しいって言うか…」

僕は照れて目を伏せていたので気付かなかったが、朋美さんは涙声になって

「和ちゃん…ありがとう…」

そう言って朋美さんは僕の手を取ってキュッと握ってきた。僕は凄く緊張して固まってしまった。

「鈴木…さん…」

そっと朋美さんの顔を上目遣いに見上げる。朋美さんは目から一粒涙をこぼした。どうして朋美さんは泣いてるんだろう…僕は不思議に思わずにはいられなかった。

「和ちゃん…私ね、もうずいぶん長いこと一人でいたから、こんなに人に優しくされるのは久しぶりなの…だから…ごめんね…つい和ちゃんの優しさにうるっと来ちゃって…」

朋美さんは指で涙を拭きながら笑顔を見せた。僕はそのすっぴんの可愛らしい朋美さんの笑顔に、自分の足が地に着いていないかのようなフワフワした感覚に襲われる。
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