満月のオオカミ少年

文字数 2,551文字

 嘘であふれるこの世の中に、もう一つ嘘が増えたところで誰も気づきはしないだろう。

   ※

 卯之原享也(うのはらきょうや)の半分は嘘でできている。
 と、そうオレを評するのは幼なじみの羽磨優実(はまゆみ)だ。

 優実を騙すのはちょろいといい気になっていた浅はかなオレは、小さいころからろくでもない嘘ばかりをついていたが、つい最近そういわれて、優実がオレの嘘を話し半分で聞き流していたことを知った。

 最初のころは本当に信じていたかもしれない。
 半信半疑に「嘘でしょ」といいながらも、オレがさらに説明を加えると、いちいちうなずき感心し、天才だねなんて持ち上げられて、オレの嘘スキルは日々アップしていったが、優実は優実で嘘を見抜く能力が鍛えられていって、騙されたふりをするのが一番面倒ではないことを悟っていったのだろう。

 噛み合っていたようで噛み合っていなかったオレたち。
 懲りもせずにというか、もはや日常となった嘘をつき続けていると、優実はあきれ顔でいった。

「もう高校生なんだし、虚言癖はヤバイって」

 学校からの帰り道、自転車を併走させて優実と家路へと向かっていた。
 新年度が始まり、生徒会とクラス役員の初会合ですっかり遅くなってしまった。
 オレはクラス会長で、優実は隣のクラスの副会長。
 申し合わせたわけじゃないが、なんとなく一緒に帰ることになったのだった。

 そしてオレはまたひとつの嘘を重ねる。

「虚言癖じゃないよ。オレには嘘神さまがついている」
「なにそれ。聞いたことないんだけど」
「八百万の神だよ。森羅万象に神は存在するんだ」
「なるほど貧乏神みたいなもんね」

 もはやオレの嘘に乗っかってるのか、馬鹿にしているのかわからないほどだが、今日の優実はちょっと違っていた。
 嘘神さまの存在は否定しないが、食ってかかってくる。

「ほんとにね、まさに、嘘神に取り憑かれてるよ。言霊っていうけど、嘘を百回いったところで真実にはならないから」

 フンとオレは鼻を鳴らす。
 自慢じゃないが、オレの嘘は破綻しない。
 なぜなら、月が満ちた夜、狼男ならぬ嘘つきのオオカミ少年となって嘘をつくと、その嘘が現実のものとなるからだった。

 ――っていうのも、嘘だけど。

 今晩は満月だった。
 やけに明るい月光が短いスカートで器用に自転車を乗りこなす優実を照らしている。
 屋根と屋根の隙間から見える月は、目の錯覚だけでそう見えているとは思えぬほど巨大だった。
 満月の夜は人の気を惑わせ、犯罪が増えるのだと教えてくれたのは、オカルト系の書籍だっただろうか。
 あながち嘘ともいいきれない魔性を秘めた月光が、オレの影を落とす。

「一ヶ月前の話し、したっけ?」
「一ヶ月前? それだけじゃ何の話しかわかんないよ」
 そっけなく優実は答えた。
「だから、卒業式の打ち上げでカラオケ行ったらいつの間にか寝てて、気づいたら自宅のベットの上だった、って話し」
「ああ、隣に見知らぬ女の子が寝ていてぶったまげたって話しね」

 確かにいつだっかたそんな話しをした覚えはあるが、他愛もない嘘だ。
 浮いた話しのないオレをからかうからそんな嘘が生まれたんだ。

「違うよ。なんかべたつくと思ったら、血まみれだったんだよ」
「え?」

 ちょっとびっくりしたように、だがいぶかしげに優実はオレの顔を見た。
 考えてみれば優実も相当な嘘つきだ。
 オレの嘘にのって騙されたふりをしてきたのだから。
 今だってオレの話しを本気にしているのか判断がつかない。

「ヨネザワアツコ、だったかな。ニュースで名前が出てたから」
「ヨネザワ……アツコ……」

 優実は消え入りそうな声でつぶやいた。
 記憶の中を探っているのだろうか。
 存在しない人間を探したところで出てくるはずもない。
 オレがでっち上げた人間なのだから。
 笑いそうになるのをこらえて続けた。

「首元を切り裂かれたっていうあの事件、まだ犯人捕まってないけど、あれやったの――」
「なんで知ってるの」
 優実はオレの言葉を遮り、鋭い目つきを投げかけてきた。
「え? なんでって……」
「なんでわたしがヨネザワアツコを殺したことを知ってるの?」
「は?」
「まだ犯人が捕まっていないあの事件。見てたんでしょ。わたしがやったの知ってて、どうにかヨネザワアツコを救おうとしたけど、できなくて血まみれになったんでしょ」

 どういうことだ。でっち上げた嘘が本当に真実になっていってるのか。
 満月の夜にオオカミ少年になるなんて嘘なのに。
 口から出任せの架空の事件が起こっていて、でっちあげの人間が本当に存在しているとでも?

「オオカミ少年のいうことは、真実になるんでしょ」
「オレ、そんな話し、したか?」
「そんなとんでもない嘘をつくのは享也しかいないじゃん。享也の嘘のせいで、わたし、殺人者になちゃったよ」
「嘘だろ?」
「でもしょうがない。わたしと享也を引き合わせたのはわたし自身だもん」

 優実は急ブレーキをかけて自転車を停めた。
 慌ててオレもブレーキをかけて自転車にまたがったままバックする。

「どういうことだ?」
「4歳のころ、ショッピングモールで享也のこと見かけたの。まだ出会ってないころだった」
「うちの近所に越してくる前のことか?」
「うん。その晩、あの子の家の近くに住みたいなって願ったら現実になったんだ」
「なにかの思い違いじゃないか?」
「そんなことないよ。あの日の晩はゲンゲツだったから」
「ゲンゲツ?」
「半月のこと。弓に張った弦のような形をしているから弦月っていうの。享也が満月のオオカミ少年なら、わたしは弓を射る弦月のキューピットね。残念ながら、恋はまだ成就してないけど」
「どんな嘘だよ」
「たまにはわたしも嘘をつきたいわ」
「嘘かよっ!」

 壮大につっこむと、優実はクスリと笑ってペダルをこいだ。
 なんだよ。やられた。
 嘘かよ。
 っていうか、嘘かよ。
 恋はまだ成就してないとか、嘘か本当か気になるじゃねぇか。

 舌打ちしたくなる気分で、明るく照らし出された優実の背中を追った。
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