4-2

文字数 1,455文字

慣れない法要で疲れていたため、遅めの夕食をとったあと、すぐに客間へと引き上げました。
電灯を消し、布団をかぶり、目蓋を閉じます。
ようやくやってきた眠気とダンスを踊り始めたころ、
ぎしり。
天井が悲鳴を上げました。

ぎし、


ぎし、


ぎし。

私は目を開けました。
歩いている。

きし、


きし、


きし。

音の質が変わりました。

足音が移動しています。

これは、階段を下りる音でしょうか。

私は寝返りを打ち、障子へと視線を向けました。
障子には、小さな穴がひとつだけ空いています。
私は、はっと息を呑みました。
穴の奥に、目があるのです。
誰かが部屋を覗き込んでいる。
件の長男でしょうか。
私は、ぎゅっと目を閉じました。

起きていることを悟られたくなかったのです。

──…………

さり。


さり。


さり。

なんの音でしょう。
引き絞っていた目蓋を、薄く開きました。

さり。


さり。


──ぺり。

障子の穴の下に、もうひとつ穴が空きました。
赤黒いものが穴から伸びています。
舌でした。
障子を舐めて穴を開けたのだと、どこか冷静な自分が囁きました。
長男の舌が引っ込むと、その穴から、もうひとつ目が覗きました。
もうひとり、いる?
次男くんでしょうか。

まさか。

あの爽やかな少年が、覗きなんて──

私は、心中でかぶりを振りました。

所詮はただの中学生です。

そういうことも、あるかもしれません。

私はすこしがっかりしました。
早く飽きてくれないでしょうか。

私なんかの寝姿を覗いたところで、なんの面白味もありません。

ぎり、と奥歯が悲鳴を上げました。
私は、自分でも不可解なほどに苛立っていました。
そして、

さり。


さり。


さり。

その苛立ちが、自分自身を誤魔化すためのものだったのだと、不意に気がついてしまいました。

さり。


さり。


──ぺり。

障子にもうひとつ穴が空き、そこから瞳が覗きます。
三人いる?
違う。
新しく空いた穴は、元の穴から10cmほど右上にありました。
みっつの穴から、みっつの目が、同時に私を覗いている。
でも、そんなことはあり得ません。
人間には、額と顎があります。
どれほど密着したところで、これほど緊密に目が覗くことなど、到底不可能なのです。
可能だとすれば、目と口しかない怪物くらいのものでしょう。
荒唐無稽な想像ですが、それに類するものが障子の向こうから私を見つめているのは確かなのです。
私は、金縛りに遭ったかのように動けなくなりました。

さり。


さり。


──ぺり。

障子に穴が空き、舌が伸び、また瞳が覗く。
暗闇に閉ざされているにも関わらず、その瞳と舌だけは、はっきりと捉えることができました。

さり。


ささり。


さり。


──ぺさり。

ぺり。


さりさり。


さり。


──ぺり。

増えていく。

障子の目が、増えていく。

動けない。

まばたきすらできない。

目を閉じた瞬間、障子の戸が開いてしまったら……。
──不意に、誰かの手が足首を掴みました。
声にならない悲鳴を上げながら反射的に引き抜こうとして、自分が本当に金縛りに遭っていることに気がつきました。

さり。


さり。


さり。


──ぺり。

冷たい手は、太腿を這い回り、背中を撫で、驚くほど強い力で私の口を塞ぎました。

さり。


さり。


さり。


──ぺり。

障子の目が増えていく。
動けない。
呼吸ができない。
──死?
こんな馬鹿げたことで、私は死ぬのだろうか。
私は、金縛りをなんとか振りほどき、その手に思い切り噛みつきました。
舌の上に血の味が広がります。
ですが、その手は、何事もなかったように私の口を塞ぎ続けました。
意識を手放す寸前、私は、その正体を目にしました。
それは、影でした。
黒く巨大な顔に、無数の目がでたらめに貼りついた──
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登場人物紹介

「私」

オカルト好きなだけの、ごく普通の女子大生

ヒナタ

少々天然の入った「私」の幼馴染

アヤセ

「私」の大学の友人で、現実主義者

キサラギ

「私」の大学の友人で、自称霊感持ち

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