第1話

文字数 3,491文字

これはこれは三十年ほど前の

実話をもとにした物語です。

鎮魂の思いを込めて書きました。

***************

スマホ向け、パソコン向けの順に

並んでいます。

スマホの方は、このままご覧ください。

パソコンの方は、スクロールしてください。

******************

ゲートが開くと僕はゆっくりと車を進めた。

駐車場はかなり広かった。

いったいテニスコート何十面分ぐらい

あるんだろう。

僕はその広さに圧倒されたが

どんなに探しても

空いているスペースはなかった。

巨大な駐車場にもかかわらず

車がびっしりと駐車してあって

車を停める場所が見つからなかったのだ。

一番奥のほうに

やっと一台分のスペースを見つけると

僕はその狭いスペースに慎重に車を入れた。

「さあ、行こうか」

僕は小学二年生の息子にそう言うと

病院に向かった。

五分ほど歩くと病院の入り口に着いた。

この病院は東京の郊外にある

日本でも有数の高度機能病院で

入り口の前に立つと

白亜の高層ビルは周囲を威圧するように

天に向かってそびえていた。

入り口を入って

患者でごったがえす外来の待合室を横切り

僕らは真っ直ぐ

病棟行きのエレベーターに向かった。

満員のエレベーターに乗り

六階のボタンを押すと

エレベーターの上昇する音を聞きながら

僕は不運な甥のことを考えた。

甥は数年前に急性骨髄性白血病と診断され

入退院を繰り返していたが

最終的にこの病院に転院してきたのだった。

小学六年生なので

あと四ヶ月もすれば卒業なのだが

このところ急速に病状が悪化してきていた。

六階に着きエレベーターの扉が開いた。

僕らは

すぐ目の前にあるナースステーションで

病室を訪ねた。

応対した看護師はてきぱきとした声で

「雄太くんの部屋ですね。

えーと、この廊下を真っ直ぐに行くと

右側にありますよ」

僕らは長い廊下を

重い足取りで病室に向かった。

部屋に入ると左右にベッドが並んでいて

彼のベッドは一番奥の窓際にあった。

晩秋の静かなひかりに包まれて

彼はぼんやりと窓の外を見ていた。

ベッドの脇には

僕の義理の妹にあたる彼の母親が座っており

目を閉じて壁にもたれていた。

「こんにちは」

と息子が言うと

二人ともびっくりしたように

こちらを振り向いた。

「まあまあ、

お忙しいのにどうもすみません」

「これ、いつも同じような花で

申し訳ないんですが……」

僕はここに来る途中で買った

お見舞い用の花束を母親に渡した。

「いつも本当にすみません。

さっそく生けますね」

彼女は花瓶と花束を持って

部屋を出て行った。

「キミは何年生だっけ」

彼は年長者が子供に話すような

落ち着いた口調でそう尋ねた。

「いま二年生」

と息子は答えた。

それをきっかけに

子供らしい軽やかな会話が始まった。

四才も年が離れているがやはり子供同士だ。

彼らの話題は

自然とテレビゲームの話になった。

僕はゲームのことは分からないので

窓のそばに行き眼下を眺めた。

窓は病院の裏手に面していたので

病院の敷地が一望できた。

巨大なビルはこの本館だけで

そのほかは古くて低層の建物ばかりだった。

真下の道路は銀杏並木で

午後の柔らかな日差しを受けて

樹々の葉が金色に輝いていた。

子供たちは話に夢中になっていた。

しばらくして母親が帰ってきた。

花瓶に生けた花を

ベッドの脇のテーブルに置くと

「こんなものですみませんが」

と息子にジュース缶

僕に温かいコーヒー缶をくれた。

「ご主人は相変わらずお忙しいんですか?」

「なんだか新しいプロジェクトが

始まったみたいで

寝る暇もないなんて

ぼやいているんですよ」

母親は疲れた笑顔を作ってそう言った。

「キミはグレートストーリー知ってる?」

とつぜん雄太くんが言った。

「うん、もちろん知ってるけど

そんなレアもの

ボクのクラスでは誰も持ってないよ。

たぶんボクの学校には

持ってる人なんていないと思う」

と息子が答えた。

僕にはよく分からないけど

それは男の子にとって

あこがれの存在に違いない

という気がした。

その時だった。

雄太君は一瞬ためらいの表情をみせたあと

「ねえママ。

一番上の引き出しから

ゲームソフトの箱出してくれる?」

母親がその箱を彼に渡すと

ふたを開けた彼はいとおしそうに

ゲームソフトをひとつ取り出して

「はい、グレートストーリー。

これをキミにあげよう」

そう言って息子に差し出した。

一瞬、時間が止まったような気がした。

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ここからは、パソコン向けです

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これは三十年ほど前の実話をもとにした物語です。鎮魂の思いを込めて書きました。



ゲートが開くと僕はゆっくりと車を進めた。

駐車場はかなり広かった。

いったいテニスコート何十面分ぐらいあるんだろう。

僕はその広さに圧倒されたが、どんなに探しても空いているスペースはなかった。

巨大な駐車場にもかかわらず、車がびっしりと駐車してあって

車を停める場所が見つからなかったのだ。

一番奥のほうにやっと一台分のスペースを見つけると、

僕はその狭いスペースに慎重に車を入れた。

「さあ、行こうか」

僕は小学二年生の息子にそう言うと病院に向かった。

五分ほど歩くと病院の入り口に着いた。

この病院は東京の郊外にある日本でも有数の高度機能病院で、

入り口の前に立つと、白亜の高層ビルは周囲を威圧するように

天に向かってそびえていた。

入り口を入って、患者でごったがえす外来の待合室を横切り、

僕らは真っ直ぐ病棟行きのエレベーターに向かった。

満員のエレベーターに乗り六階のボタンを押すと、

エレベーターの上昇する音を聞きながら僕は不運な甥のことを考えた。

甥は数年前に急性骨髄性白血病と診断され入退院を繰り返していたが、

最終的にこの病院に転院してきたのだった。

小学六年生なのであと四ヶ月もすれば卒業なのだが、

このところ急速に病状が悪化してきていた。

六階に着きエレベーターの扉が開いた。

僕らはすぐ目の前にあるナースステーションで病室を訪ねた。

応対した看護師はてきぱきとした声で

「雄太くんの部屋ですね。えーと、この廊下を真っ直ぐに行くと右側にありますよ」

僕らは長い廊下を重い足取りで病室に向かった。

部屋に入ると左右にベッドが並んでいて、彼のベッドは一番奥の窓際にあった。

晩秋の静かなひかりに包まれて彼はぼんやりと窓の外を見ていた。

ベッドの脇には僕の義理の妹にあたる彼の母親が座っており、目を閉じて壁にもたれていた。

「こんにちは」と息子が言うと、

二人ともびっくりしたようにこちらを振り向いた。

「まあまあ、お忙しいのにどうもすみません」

「これ、いつも同じような花で申し訳ないんですが…」

僕はここに来る途中で買ったお見舞い用の花束を母親に渡した。

「いつも本当にすみません。さっそく生けますね」

彼女は花瓶と花束を持って部屋を出て行った。

「キミは何年生だっけ」

彼は年長者が子供に話すような落ち着いた口調でそう尋ねた。

「いま二年生」

と息子は答えた。

それをきっかけに、子供らしい軽やかな会話が始まった。

四才も年が離れているがやはり子供同士だ。

彼らの話題は自然とテレビゲームの話になった。

僕はゲームのことは分からないので、窓のそばに行き眼下を眺めた。

窓は病院の裏手に面していたので、病院の敷地が一望できた。

巨大なビルはこの本館だけで、そのほかは古くて低層の建物ばかりだった。

真下の道路は銀杏並木で、午後の柔らかな日差しを受けて、樹々の葉が金色に輝いていた。

子供たちは話に夢中になっていた。

しばらくして母親が帰ってきた。

花瓶に生けた花をベッドの脇のテーブルに置くと

「こんなものですみませんが」

と息子にジュース缶、僕に温かいコーヒー缶をくれた。

「ご主人は相変わらずお忙しいんですか?」ときくと

「なんだか新しいプロジェクトが始まったみたいで、

このところ寝る暇もないなんてぼやいているんですよ」

母親は疲れた笑顔を作ってそう言った。

「キミはグレートストーリー知ってる?」と、とつぜん雄太くんが言った。

「うん、もちろん知ってるけど、そんなレアものボクのクラスでは誰も持ってないよ。

たぶんボクの学校には持ってる人なんていないと思う」

と息子が答えた。

僕にはよく分からないけど、それは男の子にとってあこがれの存在に違いないという気がした。

その時だった。雄太君は一瞬ためらいの表情をみせたあと、

「ねえママ。一番上の引き出しからゲームソフトの箱出してくれる?」

母親がその箱を彼に渡すと、ふたを開けた彼はいとおしそうにゲームソフトをひとつ取り出して

「はい、グレートストーリー。これをキミにあげよう」

そう言って息子に差し出した。

一瞬、時間が止まったような気がした。
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